3.2.13 吉凶

――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 ガルミット王国軍夜営地

——アレス公へ攻撃を開始する直前


街道脇にはジレン隊とオルガ隊で集めた巨大な岩石が積み上げられていた。


「街道を封鎖する岩石は準備したぜ。最後尾の補給部隊を守る敵兵は三千程度だな」

ジレンが街道から姿を現した敵兵を数えながらザエラに報告する。


「想定より多いわ。補給部隊の殲滅で戦功は十分よ。このまま撤退したら?」

サーシャは心配そうな表情でザエラに話しかける。


「俺はまったく出番がなかった。物足りないな」

オルガが不満そうに呟く。


王国直轄軍の補給部隊への強襲は損害なく大成功を収めた。機動力に優れるサーシャ隊とカロル隊が複数個所を同時に強襲し、補給物質に火を放つ。あちこちから燃え上がる炎を見て敵軍は大部隊の夜襲と勘違いし混乱した。その隙に、すばやく離脱したため、支援要員として待機していたオルガ隊とジレン隊に出番はなかった。


(ジレンとシルバに試練を与えるには格好の場面だが、敵数が気になるな)

ザエラ自身も攻めるべきか引くべきか悩んでいた。


「オルガ、お前の弓であそこの敵兵に矢を命中させたら攻めてもいいよ」

ザエラはふと思いついたように敵兵に指をさしながらオルガに提案する。

(先のことなんてわからない。運に身を任せてみるか)


「了解。私の弓の腕を甘く見るなよ」

オルガは弓を投影し、迷いなく矢を放つ――炎を見つめていた敵兵が倒れる。


「オルガの勝ちだな。キリルとイゴールで岩石で街道を封鎖し敵兵を分断しろ」

キリルとイゴールは岩石を街道に投げ込み始めた。


ザエラは心配そうなサーシャに声を掛ける。

「薄暗い闇の中であれだけ離れた敵に命中させる彼女の運を信じよう」

「わかったわ、でも、無理はしないでね」


岩石で道が封鎖されたのを確認し、全隊員へ念話で指示を伝える。

《カロル隊は岩石で分断されている五百の兵を排除し、前方の安全を確保》

《サーシャ隊、オルガ隊、ジレン隊で後方二千の兵を足止めだ》

サーシャ隊とカロル隊を先頭に街道の敵へなだれ込む。


カロルが神威‟影隠密”で敵の大尉、中尉を討ち取る。続いて、風魔法を身に纏う黒エルフが、指示系統が乱れ混乱する兵士たちを、両手に逆手持ちした忍刀シノビガタナで確実に倒していく。瞬く間に五百の兵が骸と化した。


後方では、サーシャ隊が多重詠唱による魔法と槍の攻撃を組み合わせ、敵左翼を効率良く殲滅していく。彼女たちはまるで集団で艶やかな舞踏を披露するかのように、一糸乱れず動きを合わせる。


「サーシャ隊に後れを取るな、敵右翼を叩くぞ」

そう叫ぶと、オルガの全身が漆黒の鎧に覆われ、兜から二つの赤い眼が光る。両腕は長剣のように鋭利に尖り、周りに漆黒の盾が浮遊する――彼女の神威‟狂戦士”だ。単騎で敵部隊に突撃し、手あたり次第、敵兵の首を跳ねる。彼女に遅れまいと、キリル、イゴールとホブゴブリンたちが後を追う。


あいつオルガはどうしたんだ、呪いの鎧を装備したのか?》

おまえジレンが見るのは始めてだな。彼女の魔術紋様による能力だ》

ザエラの話を聞くとジレンは黙り込む。オルガの変わり様に衝撃を受けたようだ。


《ジレン、考え込むのは戦いが終わってからにしろ。お前の部隊は出遅れてるぞ》

鬼人達は個々に敵と斬り合う。訓練を通じて個体の基礎能力は向上したが、集団行動が全くとれないのは問題だ。彼は何度もジレンに注意をしたが改善は見られない。


サーシャ隊とオルガ隊が敵の半数近くを倒したが、疲れが見えてきた。特にサーシャ隊は連戦なので厳しいようだ。ザエラはシルバ隊にサーシャ隊を援護するように指示する。


――アレス公本陣


「俺は賭けに勝ったのではないのか?」

アレス公は目の前に広がる惨劇を前に力なく呟く。


別の副官が彼を安全な場所へと非難させようとする。その手を振り払い目の前の惨状を目に焼き付ける。前方の一千は全滅、後方の二千は半数近く討ち取られた。


(私も義兄と同様に殺されてしまうのか……いや、私は彼とは違う)

アレス公は無力感に襲われながら、あることを思い出した。


「例の装置は岩石で潰されたか?」

「いえ、岩石が横をかすめましたが、装置と魔導士は生きております」

(そうか、運はまだ俺にある。奴は我々のエサに食いついて暴れているだけだ)


副官からの報告を聞くと、アレス公は通信弾を空に向かい打ち上げる。夜空にオレンジ色の光が放出される。


四方から「キーン」という音が聞こえ始め、戦場一面に広がる。

(魔人共め、人族の奴隷であることを思い出させてやる)


「なんだ……この音は……みんなに伝えないと……」

前方を防衛してた黒エルフ達が次々と倒れ始めた。

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