3.2.12 襲撃

――王国歴 300年 晩夏 ヒュミリッツ峠付近 ガルミット王国軍夜営地


グロスター伯爵家三男、アレス公の天幕に伝令兵の報告が響き渡る。

「諜報員より連絡です。今夜、我らの偽装補給部隊に狙いを絞り、敵が襲撃します」

「各少佐に伝達。今夜、敵襲有り。合図があるまで息を殺し身を隠せ。敵に気取られた部隊は厳罰に処すとな」

「畏まりました」

伝令兵はアレス公の命令を受けると直ちに天幕を抜け闇の中へと消えた。


「このような罠に掛かるとは、敵将は余程の自信家か、戦功に飢えておりますな」

副官は呆れた表情でアレス公に話しかける。


「兄上を倒すほどの実力の持ち主だ、油断はできぬ。あれは準備できているか?」

「配置は完了済みです。ご命令があればすぐに起動できます」

アレス公は顔を強張らせたまま副官の報告を聞いて頷く。


アレス公はベルナール公とは異母兄弟の関係だ。彼は常に義兄の評判の影に隠れ、目立たない存在でいた。そのため、突然舞い込んだ次期当主の座に喜びだけでなく戸惑いを感じていた。当主代行として戦争参加と初めての部隊指揮、眼に見えない重圧に歯を食いしばり耐えていた。


――義兄の仇を討ち、グロスター伯爵家の面子を保つこと


これが父上現当主からの命令だ。母上の実家に協力を取り付け、叔父の特殊魔獣部隊を派遣してもらい、一人ブルード少将を討ち取ることができた。しかし、もう一人ザエラに叔父の部隊が壊滅されてしまう。全くの誤算だ。


残りは手持ちの三千の軽装歩兵しかいない。兵数では上回るが、攻めても逃げられてしまうだけだ。そこで、西の戦場の側背を突くために進軍する王国直轄軍の後方に随行し、補給部隊エサに偽装して誘き寄せる作戦にした。しかし、百名程度の敵兵が、最後尾の補給部隊とはいえ二万五千の軍隊に攻撃を仕掛けるとは考え難く、まさに彼は賭けていたのだ。


(義兄を殺した本命を打ち損ねたとあれば、俺の次期当主の座は危うくなる。この好機を逃してなるものか)


アレス公は伝令兵から報告を受けると椅子に腰を深くかけ目をつぶる。この数日は準備でほとんど睡眠が取れていない。目をつぶると意識が飛びそうになる。


「敵が来きたら指示通り動いてくれ。今夜は忙しくなるから少し仮眠を取る」

副官の答えを聞く前に彼は眠りに落ちた。


◇ ◇ ◇ ◇


「アレス様、敵襲です、お目覚めください」

副官が呼びかけでアレス公は目を覚ました。中途半端な睡眠で調子が悪い。


「部隊の展開は完了したか?」

「いえ、敵は我々ではなく、王国直轄軍の補給部隊を急襲しています」

「なんだと!?」

急いで天幕の外に出ると王国直轄軍から火の手が上がる。補給物資に火が放たれ燃えているようだ。複数の場所から炎は上がり夜空を赤く染める。


「王国直轄軍の補給部隊を強襲するとは……偽の情報をつかまされたな」

アレス公は悔しそうに呟いた。王国直轄軍に敵襲のことは伝えていない。


「我々に攻撃は行わずに撤退しそうですね」

副官は炎を見つめながら呟く。身を潜めていた三千の兵も緊張が解け姿を現す。


「油断するな、王国直轄軍の混乱に乗じて攻めて来る可能性があるぞ」

「ヒュン」、一本の矢が副官の兜を貫通する。ぐらりと頭が傾き倒れ込む。

「敵襲だ、各隊戦闘隊形へ移れ」

アレス公は副将の遺体から通信弾を剥ぎ取り合図を送る。


兵士たちは我に返り戦闘隊形に移行を始めるが、それよりも早く、巨大な岩石が前方へと投げ込まれる。前方に控えていた一千の兵の半分が岩石に押しつぶされ、王国直轄軍とアレス公の軍隊は岩で隔離された。炎に照らされた夜空で辺りは明るく、街道脇から二匹の巨大な大牙が石を投げているのが見える。


そして、大蜘蛛に騎乗した青年が現れた。彼の髪の毛は夜空を照らす炎よりも赤く輝く――諜報員の報告書通りだ、彼が義兄を殺した本命だ。


「全軍、攻撃開始」

赤髪の青年が攻撃指示を出すと街道脇から敵が現れ、こちらに向かい突撃を始めた。

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