3.1.10 要塞戦 激怒

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞前 第十三旅団軍事戦略室


士官達はテーブルを取り囲み、広げられた地図を指さしながら議論していた。三名が天幕に入ると会話がピタリと止み、全員が両脇の椅子に座る。テーブルが片づけられ、中央には黒い髭を蓄えた人相の悪い男が椅子に座り、傍らには無表情の衛兵が直立している。


「第五大隊第一中隊長 ヒュードルです。この度、上申を申し入れたアルビオン中尉と参上しました」


「特殊魔導独立小隊長 アルビオンと副隊長 ブルーバーグ少尉です。よろしくお願いいたします」

三名は中央の男性の前に跪き、頭を下げて挨拶を行う。


「おお、‟王国の聖盾”と言われたヒュードルではないか、久しく見かけなかったが生きていたか」

「ははっ、もますますご健在で何よりでございます」


旅団長と呼ばれた男は鼻で笑いながら、視線をザエラとサーシャへ移す。

「ブルバーグ副隊長、少佐以上の士官が集まるこの場で眼帯を付けて顔を隠すとは不敬であるぞっ」


(な、何を突然……しかし、夜の照明で魔眼の魔方陣が浮かび上がるため眼帯を付けているとも言えないし……)

ザエラは下を俯いたまま思案していると、サーシャが静かに声を発する。


「申し訳ございません、閣下。ご無礼をお許しください」

サーシャは下を向いたまま静かに眼帯を取り外す。


師団長と呼ばれた男はランプを手に取りサーシャの元に歩み寄る。そして、彼女の顎を無造作に掴み顔を引き寄せる。


「銀髪赤眼か、朱色が混じった銀髪とは珍しい。そして、赤い瞳には魔法陣が見えるな、何の魔眼だ」

「魅了の魔眼でございます。閣下、どうかお手をお放しください」

ザエラは思わず、サーシャの顎を掴む男の手を掴む。


「その整った顔と魅了の魔眼で何名の男をかどわかしたのだ、この魔女め」

男は大声で叫ぶと鞭を手にとりザエラに突き出す。


「この魔女に鞭を打てっ。貴様がこやつに魅了されている疑いがある限り、上申は受理できない」

ザエラは手を震わせながら鞭を手に取る。


「ブルーバーグ副隊長、服を脱ぎ背中を見せろ」

サーシャは静かに上着と下着を脱ぐと、形の良い乳房を両腕で隠しながら白く艶やかな背中を彼に向ける。


「ザエラ、気にしないでいいのよ」

彼女は彼に聞こえるように小さくつぶやく。


(ふざけやがって……俺だけでなく彼女を招集したのはこのためか……)

副隊長ではあるが、上申の申請者ではないサーシャが招集されたことにザエラは疑問を抱いていたのだ。彼は怒りで目の前が真赤になった。


「さあ、アルビオン小隊長、身の潔白のため魔女の背中へと鞭を打つの……」

男は突然、気を失い地面へと卒倒した。駆け寄る衛兵達もバタバタと倒れて行く。周りの椅子に座る将兵達も気分が悪そうに頭を抱えてうなだれる。


異変を察したヒュードル中隊長は、ザエラの後ろ姿を見て愕然とした。怒りのためだろうか、彼の全身から魔力があふれ出しているのが目に見える。この魔力が天幕に充満し、皆は魔力酔いを起こしているのだろう。自分も気を抜くと意識を失いそうになる。しかし、ここには少佐以上の魔法に秀でた職業持ちばかりだ。彼らが魔力酔いを起こすような魔力濃度とはいったい……


「悪ふざけが過ぎたようじゃ。皆、目を覚ませ」

一番奥に控えていた眼光鋭い小柄な老人が声を張り上げて、天幕の入り口を開く。


ザエラは、直立不動のまま、その老人を睨みつけた。

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