3.1.9 要塞戦 上申

――王国歴 300年 夏 ザルトビア要塞前 第十三旅団野営地


(まったく、なぜ私がこんなことをしなければならないのだ!)

ヒュードル大尉は思わず叫びそうになるのを喉元でグッと堪えて、天幕に置かれたランプを頼りに歩みを進める。特殊魔導独立小隊の小隊長であるザエラと副隊長のサーシャが後に続く。


「この度は第十三旅団長への上申の機会をお与えくださりありがとうごいます」

ザエラとサーシャは上申の審議に参加するため、ヒュードル大尉と共に第十三旅団軍事戦略室へ向かうところだ。


「中尉以上における上申の権利は、軍務既定の定めるところだ。気にすることはない。ただ、部下から上申の申し出を受けたのはこれが初めてだがね……」


「我が旅団が要塞を突破できる神の閃きをいただきました。神の恩恵を皆様と分かち会いたく上申いたしました」


「そうか、神の気まぐれとならぬように急ぐとしよう」

ヒュードル大尉は俯き加減に歩みを速めた。


(若者は功を焦り過ぎる。このまま冬を迎えて停戦で良いではないか。せっかく予備兵となり喜んでいたのに……)


「ヒュードル大尉、お顔の色がすぐれませんが、お加減が悪いのですか?」

ザエラはランプの光に浮かび上がるヒュードル大尉の顔色を見て心配する。彼の顔は青ざめ、唇が微かに震えている。


(旅団長に加えて少佐以上の面々が待ち構えているのだ、想像しただけで血の気が引いていく。それにあのような指示を出すとは……旅団長は何を考えているのだ)


「いや、特に問題ない……、そうだな、君ももう三十年経てばわかるようになる」

(そういえば、入隊してからもう三十年以上経つのか……月日が経つのは早いな)


その後は会話もなく黙々と歩き続ける。

「ヒュードル中隊長?」

「な、なんだ?」

ヒュードル大尉は驚て振り返る。

「軍事戦略室はこちらではないでしょうか?」

と言いながらザエラが後方の天幕を指さす。


彼は通り過ぎた天幕に駆け戻り、小さく咳をした後、衛兵に声を掛ける。

「第五大隊第一中隊長 ヒュードルです。アルビオン中尉の上申の件で参りました」


衛兵が階級章を確認した後に扉が開き、天幕の中へと案内された。

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