2.2.4 遠出

――ザエラ六歳 夏 アニュゴンの街 郊外


「うひゃあー、揺れる、揺れる」

オルガ、カロル、キリル、イゴールは魔騎竜アリオラムスへ騎乗し、叫び声をあげる。


以前、群生地から捕獲したものを放牧場で飼い慣らしていた。放牧地にて騎乗訓練を続け、今日が初めての外出だ。


「いいわね、みんな。私たちも眷族が欲しいわね、サーシャ」

ミーシャは羨ましそうに彼らを見つめながらサーシャに話しかける。


二人は僕と共にラピスに騎乗している。ミーシャは来年、成人(八歳)なので眷族を見つける頃合いだ。二人はララの子供を自分たちの眷族にしようと話している。大蜘蛛デビルスパイダーの繁殖期は秋から冬前なので、そこでつがわせると春先には子供が卵からふ化するそうだ。


「ねえ、ザエラ知ってた?私たちも卵から生まれたのよ」

と言うと、ミーシャはサーシャと目を合わし、二人でくすくす笑う。


呆気に取られている僕にお構いなしに、ミーシャは話を続ける。母親は卵の殻を砕いて混ぜた母乳を赤ちゃんに飲ませる。そうすると、赤ちゃんが病気にならず元気に育つと信じられているそうだ。


街の東門から東に進み、揺れる橋を一気に駆けて川を渡る。川を渡ると男爵の領地だが、戸籍を取得したので問題ない。キリル、イゴールが従属の首輪を付けているのを念のため確認する。川沿いの道を北に進むと人族の畑が広がる。


「自分たちの畑よりも彩り豊かだね」

カロルは目の前に広がる畑を見ながらつぶやいた。確かに色とりどりの野菜や果物が植えられている。また、遠くには広大な葡萄畑が見える。葡萄酒の原料だろう。


「ザエラ、もうすぐ国境よ。そこで折り返しましょう」

しばらく走ると国境線を知らせる石碑が見えた。


古くは統一国家だったが、内乱が起きて三つに分裂したそうだ。そのうちの二国が自国と石碑の向こうの隣国だ。そのため、二国間の歴史は、戦争の歴史だ。今は小康状態だが、いつ戦争が起きてもおかしくないと師匠は話していた。


「隣国の国境線の領土は誰が納めてるんだろう?」

「ハフトブルク家という辺境伯の領地と聞いたわ」

ハフトブルク家といえば、オルガ、カロルの母親とその母親を間接的に殺害した実兄の家か……僕はそのことをまだ二人には伝えられずにいた。


ミハエラの親戚の女性が母親である可能性が高いが……オルガはあれから話題に触れようとしない。そういえば、師匠が二人の魔術紋様を持つ家柄を調べると話していたが、その後、何も知らされていないな。


◇ ◇ ◇ ◇


「大きな大蜘蛛デビルスパイダーだね、君の眷族かい?」

放牧地へ戻る途中、商会の支店長、トッツさんに呼びかけられた。


彼は数頭の白毛牛フォルワカウを部下に引かせている。街長オサから注文を受けて納めに向かう途中だそうだ。ちなみに、魔騎竜アリオラムス白毛牛フォルワカウの放牧地は隣接している。ゆっくりと並走しながら、ラピスが巨大化していることを説明した。


「いつも君の背中にいる蜘蛛なのか、これは驚いた。あと、魔騎竜アリオラムスも自分達で捕まえたのかい?その足の肉付きの良さは野生種特有だね」


「森を北東に抜けると群生地があり、そこで捕まえたんです」


「よく知っていたね、ただ、そこは隣国の領地だから気を付けたほうがいい」

トッツさんは僕に耳打ちする。僕は素直に頷く。


魔騎竜アリオラムスは、魔獣特有の存在進化と種族固有の環境に適応する能力があり、市場で人気が高い。何世代にわたり掛けあわせて品種改良を行う愛好家もいるそうだ。魔騎竜アリオラムスについて話ながら並走していると、トッツさんは赤い魔石の指輪に魔法を唱えて見つめている。


「トッツさん、何見ているんですか?」

「注文を受けた白毛牛フォルワカウの台数を確認していたんだよ」

トッツさんは指輪に軽く口付けして視線をこちらに向ける。


その後、赤い魔石の指輪について詳しく聞いたところ、以下のような内容だった。


この指輪は契約の魔法具で、雇い主と契約者(雇用契約を受ける者)の間における契約事項が魔石に書き込まれている。また、過去の契約内容や雇い主の支払い実績も記録されるそうだ。


そして、雇い主の指輪は、複数の契約者の指輪と紐づけできる。高級品ともなると、契約者の指輪が近くにあると雇い主の指輪が発光する機能まで備えているそうだ。


「君の最初の一頭を含めると合計で十頭か。この街の景気が良くて助かっているよ」

トッツさんは白い髭を撫でながら笑う。


「そういえば、骨片は貯まったかい?肥料として撒くと育ちがいいと評判なんだ。また買い取らせてもらうよ」


「少量ですが倉庫にありますので、今度引き取りをお願いします」

日程を決めたあと、トッツさんと別れた。


カロルが存在進化した後は、訓練場での武器の訓練が中心となり、地下迷宮へは足が遠のいていた。ちなみに、骸骨兵スケルトンの骨片と考えると、どうにも気が引けて自分たちの畑には撒いていない。


――ギルド二階 開かずの部屋


「ザエラ君、よく来たわね、汚いけど入って」

師匠の孫に出迎えられ、ギルドの二階の一室に案内された。


本が所せましと積み上げられていて、作業机の上には飲みかけのコップと計算用紙が散らばる。窓のわきにはベッドが二つあり、その一つに師匠が眠る。


「すごいでしょ、これ、お祖母ちゃんが研究中の魔力を駆動力に変換する魔道具よ」

師匠の孫が指さす先に大きな魔道具らしき装置が設置されいる。


僕は思わずその魔道具へと駆け寄る。それは、大筒の中央に主軸が軸受けに固定されていた。また、主軸には二軸の回転体ローターが取り付けられている。大筒はミスリルと魔石でできており、小さな魔法陣がびっしりと書き込まれている。


「大学の夏休みが終わるまで手伝うつもりが、まだ終わらないのよ。ザエラ君と話したアニュゴンの魔獣祭が随分と昔のように感じるわ」

師匠の孫は大きくため息をつく。僕は当時のことをようやく思い出した。地下迷宮のカネツグとの遭遇やミハエラとの訓練ですっかり忘れていた。


あくびをしながら師匠がベットから起きると、

「ザエラ、よく来たな、ちょっと待っておくれ」

と言い残し、肌着のまま部屋の外に出ていく。そして、手の水を払いながら部屋に戻ると、脱ぎ捨てている服を素早く身に付ける。


そして、早速、師匠は魔道具の説明を始めた。

「軸を回転させる場合は、一般的に軸に魔素を流して風魔法を発動させる。じゃが、これだと軸全体に魔素が流れ効率が悪い。ザエラが使う鞭の先端も軸に魔石を組み込んで回転力を強化しているはずじゃ。一方でこの魔道具は、回転体ローターに魔素伝導率の高い材料、例えばアルケノイドの糸やミスリルの金属糸を巻いて、そこに魔素を流すだけでいいんじゃ」


師匠は回転体ローターに巻きつけられた糸につながる魔石に魔力を流し込む。すると回転体ローターと軸が回転し始める。


「魔素がこの魔石に流れると振幅が波となり、回転体ローターに伝わる。筒と回転体ローターには吸着と反発の二つの魔方陣が書き込まれていて、魔素の振幅の波で両者の吸着と反発を制御して回転力に変えているのじゃ」


(なるほど、電気発動機モーターの仕組みと似ている)

僕の頭の中に過去の記憶がよみがえる。


「ここまで動かせたのはザエラのおかげじゃ。ボールベアリングを軸受けに使うことで回転力の保持が可能になり、拡大鏡により細かな魔法陣を書き込めるようになった。特注の材料で費用はかさんだがな……」

師匠は感慨深そうに魔道具を見つめながら呟く。


「私も毎日、毎日魔法陣を書き込んだわ。もう、目が痛くってね」

師匠の孫は目をこすりながら苦笑する。


三人の目の前で軸が高速で回転している。歯車で回転力を切り替えれば、石臼を使いライ麦の粉ひきができそうだ。


「どうじゃ、ザエラ、なんか感想はあるかの?」

師匠の問いかけに、僕は頭の中に何か思い浮かぶを待つ……


「うん、すごいと思う。世の中が変わる気がするよ。でも、回転体ローターは三軸にして、魔素の振幅の波も短くしたら回転力があがるんじゃないかな?」


「そ、そうか、早速設計し直しじゃ」

師匠は僕の話を聞いて、早速、図面を開く。


「お、お祖母ちゃん、大学始まっているから明日には帰るわよ!」

師匠の孫は思わず叫ぶ。


(火魔法で爆発を起こして駆動力に変える内燃機関でも作ってみようかな)

そんなことを考えながら、騒がしく話す二人を背に部屋を後にした。

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