第56話 55.ガソリンの油滴に蝌蚪が手足出づ

 ワード55『ガソリン』だ。

 ガソリンは、仕事になくてはならないモノだが、だからといって特別な思い入れなどはない。仕事に用いるといっても、内燃機関の燃料として消費するのみで、それをかけたり、撒いたり、するわけではない。

 ガソリンと僕とが触れ合うのは、セルフ給油のガソリンスタンドでのノズルから、燃料タンクまでのほんの僅かな距離のみだ。

 整備工であったり、タンクローリーの運転手だったりするならば、もう少し違った触れ合い方もあるのだろうが、残念ながら俳句の材料を、僕の実体験から搾り出すのは難しいようだ。

 かといって、やってもいない「放火」や、立ち会ってもいない「事故」を俳句にするわけにもいかない。ただ、こう言うからといって、僕は俳句に虚構を認めないなどという主義は持たない。できあがった俳句が素晴らしければ、写生だろうが虚構だろうが、剽窃だろうがなんだっていい、という主義である。もちろん剽窃の場合には、それがバレないようにしなければならないことは言うまでもない。もしくは、パロディー、二次創作を最初から謳っておくことだ。

 実体験だろうが虚構だろうが、空想だろうがリアルな感情だろうが、それは些細な違いでしかない。問題は、作品がリアルであるか否かである。

 などと自ら上げてしまったハードルを呆然と見上げながら、今回も俳句を作らねばならない。

 だが、なぜ僕は俳句を作らねばならない、と考えるのだろう。ということは、考えない主義である。


 ガソリンの淑気ノズルを滴りぬ

 ガソリンの爆発幾度里帰り

 爆ぜ続くガソリン車列雪の中

 ガソリンを抜取る器具や雪庇

 かげろへるガソリン臭きガソリン臭

 ガソリンを入るゝあひだは夏の影

 藤棚にガソリン漏るゝバイク捨つ

 ガソリンを口で吸い出す雪坊主

 霜柱ガソリン臭き轍中

 ガソリンの皸深く臭ひけり


 そして表題句は、

 ガソリンの油滴に蝌蚪が手足出づ

 今回はこれで。

  

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