第37話 36.露の世のすべて俳句よ拾ひもの
ワード36『拾い物』だ。
『拾い物』には二通りの意味があって、①拾ったもの。②めっけもの。僥倖。だそうだ。ワードを出したとき、②の意味はまったく失念していた。
井泉水さんだったかが、俳句をよむ、俳句を作る、といった作為ではなく俳句を得る、俳句を拾う、という姿勢がよいというのを書いたものを読んだことがあるようなないような記憶があり、僕は俳句を「拾う」が気に入っているのだが、本当は俳句が成る、というような感覚が近いのではないかと思う。
虚子さんに
秋風や眼中のもの皆俳句
があるが、眼中だけでは当然もったいない。眼耳鼻舌触と感の全てが俳句になるのだという気概だけは持ち続けた上で、僕はどうにも最近すこし弱ってきているらしい。あまり「ギロリ」とした俳句はどうにも食傷気味になってしまう。
僕はやはり「タダゴト」が好きなのだろう。
昨日読んだ、今井千鶴子さんの、
一本の焼酎置いてある畳
が、とにかくガーンと響いてゐる。 こういうのが好きだ。西洋絵画でも、ごみ置き場とか、馬鈴薯とか、玄関脇の箒とか、そういったものが油絵で作品になっていたりすると「おうおう」と泣けてくる。そんな年齢になったということなのかもしれないが、エドワード・ホッパーさんや、アンドリュー・ワイエスさんの絵から仮に卓越した技巧を省いたとしてもやはり、僕は引かれるであろうとかんじる。画題がいいからだ。ありふれた情景を抑制した筆致で描いてそれが作品となる。そういうのが好きだ。このところギトギトした話が多すぎるせいかもしれない。
さて、俳句か。
拾ひ物蜘蛛の巣掃ひ届け出る
拾ひ物きんぽうげ咲く管理棟
拾ひ物コスモス畑駆け戻る
拾い物届ける道の小火騒ぎ
拾ひ物迂回の道の照紅葉
垣裏に無花果の樹や拾ひ物
草雲雀寝られぬ夜の拾ひ物
菊人形簪などは拾ひ物
虫籠に鳴く虫すべて拾ひ物
秋祭ゆづり受けたる拾ひ物
そして表題句は
露の世のすべて俳句よ拾ひもの
今回はこれで。
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