第13話 セルトラとの会話

 ・・12・・

「まず、貴官の所属と名前を。出来れば、出生地も教えてもらえれば」


「こちらの世界でも捕虜に対してハそこから始めるんだネ。――元カルラネプラ王国第三方面軍司令官、現・神聖帝国属国軍第五五一師団師団長のセルトラ・ドゥ・ザルパ・ザボーグ。階級は小将官。出生地はカルラネプラ王国北東部カルンプララ。これで良いカイ?」


「はい。事前の情報と一致しました。大丈夫です。続けて、貴官が指揮する部隊の上級司令部を言ってください」


「神聖帝国軍第八方面攻略軍第一二軍団だネ。本拠地はどこか見当がついてるだろウ?」


「仙台ですね」


「正解ダヨ。ところで、キミ達の名前を教えてくれてもいいんじゃないカナ。もしかして、軍機かい?」


「これは失礼しました。話すからには名を名乗れというわけですね」


 セルトラの発言に一理あると思った璃佳は慇懃な所作をしてから彼に言う。セルトラは少しだけ発言の間を置いてから、


「まぁネ。呼んだのはワタシだシ。で、だ。これだけ丁重に扱ってもらえてるから尋問担当官から暫くは酷い扱いは受けないだろうけど、キミ達は尋問担当官じゃないだろう? 君達とは尋問とは違う話をしたいンだ。だから、名前を知りタイ」


「分かりました。名前くらいは良いでしょう。私は七条璃佳。日本魔法軍准将です。貴官の軍に准将位は無いそうですから、小将官の下で大官の上だと思って頂ければ。一応将官級です」


「へェ、私と同じ将官位カネ。淑女に年齢を聞くのは失礼だから言わないけれど、君の若さで将官位とはね。キミは?」


 セルトラは孝弘に視線を移して言う。


「自分は米原孝弘。日本魔法軍中佐です」


「キミもその若さで官位とはネ。まだ齢三〇に届いていないだろう?」


「ええ。三〇にはなってません。二六です」


「コレは驚いた。なんだね、君達の軍はこれが常識なのかネ?」


「まさか。私も彼も通常の出世コースとは少々特殊ですから。ただ、魔法軍は他軍より実力主義の風潮が強いですから出世の早い者もいます」


「そうかイ。羨ましい限りだヨ。やはり我々は硬直化が過ぎている。おっト、失礼」


「存じてますから構いませんよ。その程度はこれまでの聴取で掴んでます」


「半年前まで我々が押していた相手の軍とは思えないネ。こちらが首都を陥落させたはずなんだけド。それとも、半年前から何かあったカイ? 例えば、君達の暦でいう一〇月か一一月頃に反転攻勢に移れる要素が出来たトカ? もしくハ、首都を捨ててでも我々の補給線を伸びきらせて然るべき機会に強力な一撃を加えるつもりだったトカ? 別の方面軍はやたら広い大地を進む事に苦慮して補給が大変だと言っていたガ、この国はそこまで縦深が取れんと思うケドね」


「貴官が知る事ではありませんよ」


 璃佳はそう言いつつも、セルトラの事を今までのような神聖帝国指揮官と思ってはいけないと改めて感じていた。ここまで思索が及ぶ指揮官がたかだか一方面の指揮官についていて良かったとも。

 もし彼が属国軍人ではなく帝国本国軍人で、日本方面全体の指揮官だったら。まだ僅かばかりの会話しかしていないが、彼が属国軍人で一方面の指揮官でしかなく、こうして捕虜に出来たことを大きな収穫だと思った。

 セルトラは璃佳の返答に肩をすくめると、


「だろうネ。話してくれれば嬉しかったけど、それは無理な話だろウサ」


「はい。当然です。捕虜とはいえ貴官は指揮官ですから。さて、話が逸れましたから本筋に戻しますよ。尋問とは違う話をしたいと仰ってましたが、ずっと別の話ばかりは出来ませんので」


「ウン」


「ただ」


「タダ?」


「少し風変わりな質問をします。捕虜尋問においてありきたりな事は尋問担当官がするでしょうから、私達は私達の聞きたいことを聞きます。私達が貴官の要望に応えた理由でもあります」


「答えられる範囲ならネ。私の全力の策をねじ伏せ、私の想定してた半分の期間で降伏させてみせた相手だ。内容によっては答えるのもやぶさかじゃないヨ」


 璃佳はなんだかんだ言いつつもポロポロと情報を落としてくれる相手だなと思いつつ、この尋問が決まった直後から聞き取ろうと思っていた話題へと移す。ここからは孝弘が聴取する番だ。

 それは、クェイラスに対してした質問と同じものだった。

 孝弘はメモ帳にすらすらと適当な日本語を書いていく。そして、その下にワタリビトと神聖帝国の言語――捕虜尋問記録にあったワタリビトを意味する単語。見よう見まねで書いているので決して綺麗ではない――を書いてみた。


「貴官はこの言語を知っていますか。貴官は王国の方面軍指揮官だった。であれば、最重要機密に近い情報までアクセスが可能なはず。見たことはありますか?」


「言語かイ? フゥん…………」


 孝弘が差し出したメモ帳をセルトラはじっと見つめる。


「…………残念だけド、この言葉は知らないネ。この国の言語だろウ? 色んな所で見かけタヨ」


「はい。日本語です。では、これは?」


 次に孝弘が書いたのは英語だった。


「分からないネ。あ、デモ、他方面軍の情報でこの文字はあったヨ。なんだい、この文字を公用語にしている国が多いのカイ?」


「公用語ではありませんが、どの国でもある程度は通じる世界で最も有名な言語です」


「なるほどネ。残念だけど、これも知らないヨ。それより気になるのはコレダ。ワタリ、ビト……、で合ってるカイ?」


「はい。合ってます。それは帝国言語を書き写したものですが」


「ワタリビト、ネ…………」


「何かご存知なのですか?」


 孝弘はセルトラが言い淀んだのを見逃さなかった。間違いなく何かを知っているのだろう。


「知ってるヨ。沢山じゃないケドネ」


「聞いてもよろしいですか?」


「もちろン。ただ、キミが望んだ答えかどうかは分からないヨ」


「構いません。ワタリビトという言葉がとある士官クラスから出てきた時点で聞き取らなければならないものでしたから」


「ソッカ。ううん、だとするとどこから話せばいいカナ……」


「どこからでも構いません」


「分かったヨ。キミ達にとって――の箱にならなければいいけれド」


 ――の部分が訳せなかった事を孝弘と璃佳は気にしたが、今はどうでも良くて後で聞けばいい事だと思っていた。彼からどんな話が出てくるのか、それに集中していたから。

 セルトラは数秒の間を置くと、口を開いた。


「我が国カルラネプラ王国はネ、ワタリビトによって作られたとされている王国なんだヨ」

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