第5話 帰郷のスケジュール
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香川上級大将と中澤大将との初対面を終えた翌日は、孝弘達にとって後方に来てから初の休日となった。
四人に与えられたのは基地内にある士官用営舎の個室で、空き室になっていたから最低限の家具しか無かったが、一時的な滞在としては十分だった。
孝弘達は前世からの癖で軍人らしく朝に起きると身体がなまらないようにと、ウィンドブレーカーに着替え運動靴――どちらも伊丹に行く前に物品要望で出したものが優先手配されて届いたもの――に履き替えると、ストレッチを行ってからランニングを行った。
朝食後はゆっくりと過ごし、昼食後は軍服に着替えたものの各々が基地の中で可能な範囲で趣味の事をしたり基地内の資料室に行ったりなどしていた。
夕食を摂ってからは基地内にある士官用歓談室でのんびりと談笑したり、この部屋にいた軍人達と交流をするなどしていた。
基地の中であることと話をしたのが軍人か軍属であることを除けばまるで平時のような過ごし方をした彼等。少しの期間とはいえ砲撃音も銃撃音も、そして法撃の音も聞かずに過ごせる日に喜びを感じつつ、前線に戻るまでの間はこの生活を十分に味わおうと改めて思うのだった。
翌日、一三日は日本に今季初の厳しい寒気が訪れた日だった。冬でも比較的暖かい大阪平野にある伊丹基地も朝晩はかなり冷え込み、京都や滋賀の方では雪が降っていそうな空模様。
孝弘達はこの日の午前中、璃佳に自身の臨時執務室に来るよう伝えられていた。
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12月13日
午前11時前
日本軍統合司令本部・基地内
統合司令本部が置かれている広大な面積を持つ伊丹基地とはいえ、四人が一時宿泊をしている士官用営舎から璃佳の臨時執務室がある本部棟までは徒歩一〇分程度で着く距離にあった。
孝弘達は軍服姿――新しい軍服は二日後に手配されるとのことで、四人が来てるのは前までの第二種軍服である――で一〇階建ての本部棟に入ると璃佳の臨時執務室が置かれている七階へ。この階は佐官級または准将クラスの執務室になっており、最上階ほどでは無いものの落ち着いた雰囲気となっていた。
「七条准将閣下、米原孝弘です。四人共、到着致しました」
「ご苦労さま。入っていいよ」
「はっ! 失礼致します」
孝弘は璃佳の許可を聞いてからドアを開ける。中にいたのは璃佳一人だけ。後で四人は知るのだが、熊川は諸々の調整に追われていて離席しているらしい。
「既に休暇中なのに悪いね」
「お互いさまです」
「ははっ、それもそっか。ま、座ってよ。コーヒーを用意しといたからさ」
「ありがとうございます」
孝弘達は執務室内に置かれているテーブルに腰かけると、璃佳もテーブルの方に席を移した。
「四人とも昨日は丸一日休みだったけど、どうだった?」
「久しぶりにゆっくり出来ました」
「軍人生活に慣れて朝は早起きでしたが、あとは平時の休日みたいな感じでしたね」
「この基地には映写室もあるんすね。近いうちにまた利用しようかと」
「資料室も結構充実してて驚きました」
孝弘、水帆、大輝、知花の順でめいめいに感想を言うと、璃佳はニコッと笑って、
「そっか。のんびり出来て良かったよ」
と返した。それから数分くらいは他愛もない話をしていたが、璃佳は本題を話し始めた。
「君達の帰郷スケジュールが概ね固まったよ。出発は明後日の一五日朝。伊丹に帰ってくるのは一八日の夜になるよ」
「ん? 一日長くなってませんか?」
「一日伸びた訳は今から話すよ。帰郷に関するスケジュールを賢者の瞳に送るから、目を通して」
「了解しました」
孝弘は温かいコーヒーを口につけながら、璃佳から送られたスケジュールをAR画面を通じて目を通す。公式なものではないからか、簡潔に書かれていたが、すぐに一日伸びた訳が分かった。
「なるほど、そういうことでしたか」
「そそ。君達が帰郷する前日にね、井口にある七条本家に寄ってもらいたくてさ。私のお父様が一度会ってみたいって言っててね。あと、伊丹に帰ってきたのなら顔を出しなさい。って。確かに色々と報告することはあるけどね」
「単純に子供の顔が見たいってやつっすかね?」
「大正解だよ、川島中佐。来月以降になったら次いつこっちに戻ってこれるか読めなくなるのもあるんじゃないかな。んで私の一時帰宅、って言っても一泊二日だけど、それと君達の帰郷がほぼ似たタイミングでさ。九条術士の一角たる七条、その主としてSランク能力者がどんな人となりなのか気になるんだと思うよ」
「自分は構いませんよ。七条家を通じてこの新式魔法銃の融通をしてもらってますし、お礼も言いたかったですから」
孝弘の発言に、三人は強く頷いた。水帆と知花は七条家の宝物庫から今の武器を譲ってもらっているし、大輝の武器や供給し続けられていた召喚符も七条本家宝物庫が出処だ。四人とも七条家には少なからず世話になっているのだから、礼を言いたいというのは本心だった。
「そう言ってもらえると助かるよ。七条本家に行く件は急に決まったもので、ぶっちゃけウチの家サイドのワガママみたいなもんだからさ」
璃佳はこう言うものの、孝弘は(能力者じゃなくても誰でも知ってる九条術士の、それもトップクラスの力を持つ七条家の誘いを断る人なんていないと思うけどなあ)と、内心苦笑いをしていた。
「んじゃ、父上には連絡を入れておくね。なんか準備がいるって言ってたからさ」
「準備ですか……?」
「うん。君達っていう客人を迎えるからじゃないかなあ。君らがオッケーを出してくれれば、ささやかながら歓迎したいって言ってたし」
「なるほど……」
そう返した孝弘、旧華族系のささやかな歓迎ってどんなのになるんだ……? アルストルムだと、七条家って下手すりゃ侯爵クラスだよな……。ドレスコードとかいるか……? いや、非公式だしなあ。と、アルストルム何度も経験したアレコレをもとに服装のことを気にかけていた。
璃佳は孝弘の心の中を察したのか、こう言う。
「ああ、服装は気にしないで。軍服姿じゃ目立つからずっと私服でいいし、そもそも非公式の場だからラフなのでも全然いいよ。私も私服だし」
「アッハイ」
思わず素で答えてしまう孝弘。璃佳は本当に気にするな。といった感じだった。
「話が脇道に逸れたね。ウチの家に寄るのは一泊二日。客間がいくつかあるからそこを使って貰うよ。で、そっからのスケジュールなんだけど――」
璃佳が説明したスケジュールは以下のようになっていた。
◾︎一六日朝、井口市の七条本家出発。車両及び警護人員は七条家より提供。井口から四人の自宅は車で一時間から一時間半圏内にあるため、午前中から昼前には各自宅に着。各家に事前の連絡は機密保持の観点から厳禁とする。
◾︎一六日到着後から一八日夕方まで、各位自宅にて休暇。ただし機密保持の観点から外出は不可。自宅の敷地内及び近所であれば行動可能とするが、自身を察知されないよう高度な
◾︎上記と同様の理由として、旧来の友人との連絡を取り合うことも禁止とする。
沢山不便をかけてごめんね。(璃佳のコメント)
◾︎一八日夜に伊丹へ到着予定。以後のスケジュールは休暇となるが、訓練に関する予定や幹部高級課程短期特別教育プログラムに関する予定は後日発表とする。
「ざっとこんなもんかな。伊丹に帰っても二〇日までは確実に休みだろうから、そこは安心して。何か質問は?」
璃佳の問いに、四人共質問はない意思を伝える。
「よし。んじゃ、明後日はよろしくね。それまでは休暇として思い思いに過ごすもよし。今日から帰郷の準備をするもよし。って感じで、好きなようにしてていいよ。話は以上。ご苦労さま」
璃佳との帰郷に関する話が終わると、四人は席を立って敬礼すると彼女の執務室を後にした。
機密保持に関する事項が多く帰郷しても不自由な面はいくつもあるが、四人は立場故に仕方がない。と割り切っていた。
それでも、六年半振りに家へ帰れるんだ。という喜ばしい現実を、四人はますます強く感じていたのだった。
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