第3話 軍トップとの対話で語られるは

 ・・3・・

 扉を開けた先にいたのは二人の男性だった。

 大きく広い執務机の向こう、座り心地が良さそうな椅子に腰掛けていたのは六〇代初頭くらいの男。日本人男性の平均より小柄の一六〇センチくらいで、頭髪は白髪混じり。しかし纏う覇気は本物で、彼を見た孝弘達は自然と背筋が伸びたし気迫を強く感じた。彼が日本軍を束ねる統合参謀総長、香川高信上級大将だった。

 隣に立つ男は孝弘達や璃佳達と同じ魔法軍の軍服姿で、年齢は四〇代後半くらいだろうか。孝弘達は彼を見て抱いた第一印象は狼だった。魔力を極力隠蔽しているから感じにくいが内に秘めるそれは相当なもので、六年の経験を経た四人にとってそこにいる彼は噂通りのSランク能力者だと思っていた。香川上級大将の隣にいるその男は、魔法軍のトップである中澤雅紀大将だった。


「香川上級大将閣下、中澤大将閣下。第一特務連隊、ただいま伊丹に帰還致しました」


 璃佳達と共に孝弘達も二人に向かって敬礼をする。四人の振る舞いをみて、香川上級大将と中澤大将は少し意外そうな素振りをほんの少しだけ見せていたが、すぐにそれは消えていた。


「うむ。貴官等の活躍はこの地からもよう聞いておった。数々の連戦、ご苦労であった」


「はっ! お言葉頂きまして誠にありがとうございます」


「七条大佐。有り体に言えば無茶な作戦をよくこなし、完遂してくれた。魔法軍の長として礼を言おう。熊川少佐もよくやってくれた」


「はっ! ありがとうございます!」


「ありがとうございます、中澤大将閣下。無茶をこなせるのが第一特務連隊です。それでもCT大群との決戦はギリギリではありましたが」


「あれは苦肉の策だったからな……。七条大佐、君の第一特務と西特大でなければ果たせなかっただろう。苦難を乗り越えた分、君も含め部下達にはよく休んで欲しいと思う」


「はっ。休暇は中澤大将閣下のお墨付きと部下にも伝えておきます」


「ああ、それがいい」


 中澤大将と璃佳は面識があるからか、階級の差が開いた上官と部下という間柄にしてはフランクなやり取りをしていた。それが証拠に中澤大将の雰囲気は、孝弘達が入ってきた頃に比べるとやや和らいでいるように思えた。


「それで、七条大佐の隣にいるのが例の帰還者達だな。貴官お墨付きの四人と聞いているが」


「はっ。自分達は確かに帰還者であります、香川上級大将閣下、中澤大将閣下。四人を代表し、私が挨拶致します。第一特務連隊本部中隊付特務班班長、米原孝弘。階級は少佐です。隣にいるのが順に、高崎水帆、川島大輝、関知花です」


 孝弘が三人の名前を一人ずつ言っていくと、三人は改めて敬礼し自己紹介をしていく。

 口を開いた香川上級大将だった。


「紹介感謝する、米原少佐。ようやく顔を合わせる事が出来て嬉しく思うぞ。また、帰還直後から戦場で戦ってくれたこと、儂からも最大の感謝を伝えたい。ここまで本当に、よう戦ってくれた。貴官等のことは報告で幾つか聞いてはおったが、最初Sランクが四人もと聞いた時は大層驚いたのじゃが、すぐ後に七条大佐が第一特務への推薦状を書いてきてのう。滅多にこんなことをせん七条大佐が人事をねじ込んで来た時にはひっくり返りそうになったものじゃ」


「推薦文にも書かさせて頂いた通りSランクの帰還者、それも正規軍人と変わらない立ち振る舞いが可能な者は稀有ですから。力を持つ者が果たす義務についてもよく心得ています」


 香川上級大将がおどけた様子で柔和に笑うと、璃佳はニコニコとした顔つきで返す。


「確かに、で六年もの激戦をくぐり抜けた軍人だけはあるようじゃの。帰還してからの戦功は申し分なく、素行についても全く問題無し。振る舞いもよう出来ておる。七条大佐が稀有というのも納得じゃて。のう、中澤大将?」


「はい。正直七条大佐から推薦状が来た時は半信半疑でありましたが、彼女の人を見る目は間違いないようです」


「うむ。真にその通り。米原少佐、挨拶に来て早々このような話をしてすまんのじゃが、我々軍にも色々あるのだよ。まあ、この後の話もあるしそこのソファにかけたまえ」


「はっ。それでは失礼致します」


 孝弘達は香川上級大将や中澤大将が言うことについて概ね察してはいたが、こちらから触れるのはやめておいた方が良さそうだと思い、向こうから話題の中身が出るまで何も言わないでおくことにした。

 孝弘達四人に璃佳と熊川が執務室にあるソファに座ると、香川は再び話を始めた。


「せっかくこうやって顔を付き合わせたのじゃから、貴官等四人にはこの話をしておこう。九月末以来の功績を認め、それだけ貴官等を信頼していると思って欲しい」


「ありがとうございます」


「うむ。結論から言うとじゃな、帰還者は一部の例外を除いて戦力となる者が多いのだが、非常に扱いづらいのじゃよ。貴官等とて、最初は例外では無かった。政府帰還組調査チームの事は聞いたことがあるかの?」


「はっ。はい、七条大佐からそれとなくは」


「ならば話が早い。この世界には貴官等と同じく異なる世界より帰還を果たした者が複数おる。詳しい人数や個人情報は機密も機密がゆえに話せぬが、いることだけは頭に入れておいてくれ」


「承知致しました。その、失礼ながら香川上級大将閣下。自分は前線にいたこともあり、あまり帰還者の話は耳にしたことがございません。九十九里に同じ帰還者と同行組がいたことは聞いておりますが」


「九十九里の三人のことじゃの。彼等も貴官等とほぼ同じタイプじゃな。我々日本軍や政府にとって貴重な類でもある。ここまで言えば、米原少佐。貴官は何となく察したろう?」


「ええ、まあ。どう口にすれば良いか迷っておりますが」


「構わぬ。申してみよ」


「戦闘力や魔法の使用に長けていたとしても、軍人としては難がありすぎる。もしくは力を持ちすぎた者が陥りがちな、そもそも人格面からしても問題があった。でしょうか。あとは、PTSDを患い戦うことが不可能。だとか」


「大体合っておるの。まあそんな所じゃ。ゆえに、日本軍に所属して戦っておる帰還組、いわゆる前線組に属する者達は少ない。貴官等と九十九里の三人、あとは東北に一人いるくらいかの」


 孝弘にせよ水帆達にせよ、自分達を含めて八人が前線組という事実に数が多いか少ないかの判断は出来なかったがそんなものかと感じた。

 力を持ちすぎた者の末路はアルストルムでも見たことがあるし、戦場で戦い抜いたがゆえにもう二度と戦いたくないと思う者の気持ちも分からないでは無い。戦場帰りの精神的病状については言うまでもなく、なっても致し方無いものだと思っていた。自分達はその辺の苦しみは六年のうち前半で乗り越えてきたからいいが、そうそう割り切れるものでもないのだ。

 だから、四人の反応は香川上級大将や中澤大将から見ると随分と淡白だとか冷静なものに見えたらしい。

 反応を示したのは中澤大将だった。


「貴官達は、あまり驚かないんだな」


「六年の経験で自分達は慣れすぎたのかもしれません。精神を患った方は、戦場に立てなくても仕方ないかと。向こうで沢山見てきました。分不相応な力を持った結果、暴走した者が他者に危害を加えるなど言語道断です。私達も気をつけねばならないと日々己を戒めておりますが、己を律することが出来るものばかりでないことも、向こうで学びました。失礼を承知でありますが、飛ばされた先で将官に近い立場にもなったことがありますから、軍にとって、国にとって危険だと判断すれば切り捨てることもやむ無しと判断したこともあります」


「なるほど、な。大変失礼した。向こうで貴官等は、俺と同じような立場だったか。なら、俺からことさらこの件についてアレコレ言うつもりはない。むしろ、少佐にしておくのが勿体ないと思うぞ」


 中澤は孝弘の瞳を見て、水帆達の眼差しを見て、そして孝弘の発言を聞いて、四人に対する評価を随分と変えないといけないと思った。

 帰還者には正直なところ、いい評価をしていない面があった。

 精神を患ってしまった者や後方から支えてくれる者は別として、素行不良者や人格破綻者もいた。己の力を驕り、東京陥落の際に忠告にも耳を貸さず化け物の大群に突っ込んで死んだ者すらいる。作戦初期に引っ掻き回されたことすらあった。

 だが、彼等はどうだろうか。決して驕らず、己を律することを覚え、戦う本当の理由はどうかまで知らないが、軍人としての勤めを果たしている。おまけに異世界では、佐官や将官クラスが時には決断しなければならない判断も成してきたという。その言葉に嘘はなかったように思えたし、凄みもあった。

 だからだろうか、中澤は心の中で四人に対して敬意を表していた。

 どうやらそれは、香川も同じらしかった。


「中澤大将の言う通りじゃな。貴官等は立派な軍人じゃよ。本当に、少佐にしておくのが勿体ない。いい者達を部下にしたのう、七条大佐。よう引き入れてくれた」


「ありがとうございます、香川上級大将閣下」


 璃佳は引き締めた顔つきで頭を下げる。

 その璃佳も、内心では孝弘達のことを再評価していた。失ってはいけない、大切な部下だとも。

 熊川も似たような様子らしく、今までどこか帰還者としての枠組みで見ていた己の考えはキッパリ捨てた方がいいと思っていた。


「さて、米原少佐達のことも少し分かってことであるし、この話も程々にしておこうかの。次の話に移ろうとしようか。こちらが本題じゃしのう」


 香川上級大将に中澤大将との話は、もう少し続きそうだった。

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