第11話 四人への、璃佳の提案

 ・・11・・

 同日16時半過ぎ

 第一特務連隊・連隊前線本部連隊長室


 日の入りを迎えた東京の冬空は夕焼けが暗くなり始めていた。

 連隊本部になっている建物の一角、連隊長室には随分と弱くなった光が少しだけ差し込んでいる。部屋には璃佳と熊川、孝弘達の六人がいた。話す内容が機密に触れるからだろうか、防音魔法が施されていた。

 部屋の真ん中にはテーブルと椅子がある。テーブルにはマグカップが六つ。輸入はまだ少量続いているものの貴重品になりつつあるコーヒーが入っていた。

 連隊長室に置かれているテーブルの右サイドに璃佳と熊川。左サイドに孝弘達四人が椅子に掛けている。

 璃佳はコーヒーを口につけて、ほぅっと一息ついてからこう言った。


「連隊全体が休暇を取れることになった時点で、君達四人にずっと言わないといけないことを思い出してね。以前言ってた約束。故郷に帰らない? 伊丹に戻ってアレコレしてからじゃないといけないから、すぐにとはいかないけど」


 璃佳は以前、四人に約束をした。家族の無事を確認したのは彼女で、自身の部下にした時点で戦況が一旦落ち着き次第、帰郷の話をしようと思っていたのだ。

 いくら彼等がSランクの能力者だからといって、必ず死なない保証なんてどこにもない。いつ死ぬかも分からない戦場で、いつまでも家族に合わせないのは、上官として、いや人として劣ると思ったからでもある。


「実家……。そう、そうでしたね。だいぶ前に生存確認して頂いてましたね」


「実家かぁ……。もう何年ぶりになるのかしら」


「実感が湧かないよなあ……」


「うん……。一度戸籍が消えてるし……」


「あれ? もしかしてあんまり嬉しく、ない……?」


 四人の反応が思ったより薄かったのを目にして、璃佳は少し慌てる素振りをみせる。四人は璃佳の問いに対して「そんなまさか」と返したことで、璃佳はすぐにホッとした表情を見せた。


「君達の感想も理解は出来る。六年前に死ぬはずだったのが実は生きていて異世界にいて。帰還して家に帰ろうと思ったら地球世界はこのザマで、しかも相手はまた別の異世界連中。魔法能力者として力あるものはその力を祖国の防人としての責務を果たすべし。この世界の能力者の常識を君らは十二分に果たしてくれた。故に、日常から遠くなりすぎていて、だから実感が無い。といったとこかな」


「大体、合ってます。情報統制を頂いていたおかげで、家族は未だに俺達のことは死んだまま、いや正確には行方不明のままと思っていますし。となると、どうやって、会えばいいか……」


「今更、どうやって顔を合わせればいいんだろう。とは思うわね……」


「水帆の言う通りだなぁ。オレはもう六年前のオレじゃないし」


「家族が覚えてる私達じゃ、ないよね」


 四人の心配は最もだった。

 彼等は公式には六年前に行方不明者となり、戸籍は一度抹消されている。第一特務連隊に所属してからは戸籍を復活させたが、それはあくまで軍内だけで正式に元に戻したわけではない。

 軍の中であの事故を知っている者はとっくに勘づいているだろうが、四人の身分は軍の厳しい情報統制下にあり、彼等の存在は機密として扱われているから市井に情報が出ないようにしている。

 噂レベルではもう伝わっているかもしれないが、七条本家からの報告ではそのような話が漏れ出た様子はないという。小さなものまでは分からないが、真相の全てが漏洩しているわけでは無さそうだった。戦時の為ネットに強い情報統制が敷かれており、東京が陥落したことでマスコミ自体のネットワークと会社そのものがいくつか吹っ飛んでいて、マトモに機能しなくなったのもあるだろう。ジャーナリストも関東には入れないようになっているし。と璃佳は思っていた。

 四人の発言を聞いて、何かを言おうとした璃佳だったが、先に喋り始めたのは熊川だった。


「きっと、家族は貴官達が生きているのなら会いたいと思うぞ。もうほとんど諦めていた我が子が生きているんだ。奇跡が起きたと思うだろう。貴官達とて、家族には会いたいだろう?」


「もちろん、会いたいです」


「だろう、米原少佐。だったら、帰った方がいい。自分も実家に帰るつもりだ。我等は、第一特務連隊。精鋭だ。その精鋭がいつまでも後方にいられるとは思えない。この期を逃すと、次はいつになるか分からんぞ」


「………………」


 ずっと戦場にいた孝弘達でさえ、次はいつになるか分からない。という言葉は重たく響いた。確かにそうだ。第一特務連隊は特殊部隊。戦時において良くいえば引く手数多。悪く言うと使い倒される立場にある。

 それに東京を奪還した今、戦場は北に北にと移っていく。故郷からは益々遠ざかるばかりだ。

 どんな顔をして会えばいいか、と思っていたが、次いつ会えるか分からない。と言われれば、答えは自ずと一つに導かれていった。


「俺は家に、帰ろうと思います」


 孝弘は璃佳と熊川の目を真っ直ぐ見て言い、水帆や大輝、知花も同じ返答をした。


「うんうん。そうしなさい。君達には帰る家があるんだもの」


「ああ、それがいい」


 璃佳と熊川は微笑んで言った。

 ただ、璃佳はこう続けなければいかなかった。


「私からこれだけ言っといて申し訳ないけど、君達については帰る際に条件があるんだ。さっき私が言った、帰れるタイミング以外にもね」


 璃佳のいう条件は以下の通りだった。

 一つ、実家への一時帰宅は伊丹に到着し諸々の軍務やスケジュールを果たしてから。

 二つ、一時帰宅の際は七条家の私設警護部隊と同行とする。これは君達が情報統制下にある対象人物だから。

 三つ、一時帰宅の滞在時間は二日とする。

 四つ、機密対象人物であるから外出は禁じる。ただし私設警護部隊車両から街並みを眺めるなど一部行動はその限りではない。

 五つ、伊丹から向かい帰るまでは変装に加え高度な存在希薄魔法を君達に付与する。これは家族以外に君達の存在を気付かれないようにする為である。


「ざっとこんなもんかな。色々制限が多くてごめんよ。機密ってのが一番の理由だけど、マスコミに嗅ぎつかれると色々と厄介だからさ、対策はしないといけないんだ」


「機密であれば仕方の無いことです。でも、七条大佐。七条家の私設SPを動かしてもらってもいいんですか?」


「これくらいはさせてほしいから。かな。私のお父様、七条真之から許可は貰ってる。奇跡の再会を誰にも邪魔させない為に、一人あたり車両一台と三人をつけさせなさい。って言ってたよ」


「ご配慮、痛み入ります」


「それだけ君達が、大事な存在だからだよ。私にとっても七条本家にとっても、国家にとっても。そして、君達の家族にとってもね」


 璃佳の言うことは全て本音だった。今後の戦況と作戦行動を踏まえれば奇跡の再会はたったの二日しか上げられない。だというのに、大挙してジャーナリストや記者あたりに彼等の自宅付近をウロウロされて家族水入らずの時間をどうこうされるのは癪だったからだ。

 璃佳とてマスコミが嫌いというわけではない。ただ、今回ばかりは邪魔されたくなかったのである。


「君達の帰宅スケジュールは伊丹に到着後調整をするから、正式な日時を伝えられるまでもうちょっと待ってて。ウチの部下達もいくつかに分けて一時帰宅させたいからさ」


「了解しました。十分特別扱いしてもらってますから、いつになるかを楽しみに待つことにします」


「理解が良くて助かるよ。じゃあ、この話はこれで終わりかな。あ、ごめん。もう一つだけあった」


「なんでしょう?」


「米原少佐と高崎少佐。川島少佐に関少佐。婚約報告はしときなよ? 戦争が終わったらやるんでしょ? 結婚式」


 璃佳は先程の真面目な口調と表情からうってかわって、おどけた話し方とニヤニヤとした顔つきで四人に言う。

 その様子が直前までと全然違ったものだから、四人はそれが面白くてつい笑ってしまった。


「ぷふ、ははっ! 確かに七条大佐の仰る通りですね。婚約報告は絶対しないと」


「そうねえ。伝えなかったら後悔するもの」


「だな。まあ、どうやって説明するかが難しいところだけどよ」


「昨日までの大群との戦いを思えば、楽チンじゃないかな?」


 二組四人はそれぞれどうやって話をするかを言っていた。璃佳と熊川はその光景を見て、微笑する。Sランク能力者とて一人の人間だ。昨日までの激戦のご褒美に、これくらい話し合ってもあってもいいだろうし、楽しみにすることくらい、いいだろうと。

『反撃の剣』作戦は終わった。第一特務連隊は一度伊丹まで後方配置転換となり、貴重な心と身体の休息期間に入る。

 つかの間とはいえ久方ぶりの平穏は、もうすぐだ。








※ここまでお読み頂きありがとうございます。

作品を読んで面白いと感じたり良い物語だと思って頂けましたら、いいね(♡)や評価(☆)を頂けると、とても嬉しいです。

引き続き作品をお楽しみくださいませ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る