第10話 激戦を終えて

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 一二月一日から始まった首都奪還オペレーション『反撃の剣』作戦は、一二月六日に日本軍勝利の形で作戦終了となった。現地将兵達は勝利に沸き、そして戦いに一旦区切りがついたことに深く安堵した。

 ただ、勝利の代償は小さくなかった。

 地龍の出現。ドラゴンの出現。白ローブ三人の襲撃。極めつけにCTの大群との交戦。元から不確定要素が複数あり想定外の事象が起こりうると構えていたとしても、だとしても想定外があまりにも多すぎた。

 地龍やドラゴンはまだいい。白ローブについても被害状況を鑑みれば無視してもいいものだった。だが、CT大群との交戦はとても無視出来るものでは無かった。

 長期的にみれば銚子転移門の消失は、流入地が無くなり本州においてこれ以上CTが増えないという非常に大きなメリットを生んだ。しかし転移門の消失後、南関東一帯にいたCTが大挙して戦線に押し寄せるという悪夢は、一歩間違えれば戦線を崩壊させていたかもしれなかったのである。

 それは人的被害と物的消耗にもよく現れていた。

 約半日に及ぶCT大群との戦闘だけでも死者は一三六五人。戦傷者三五四二人。行方不明者一七二人。総計死傷者及び行方不明者、五〇七九人。たった半日で約五〇〇〇人もの戦死傷者と行方不明者を出したのだ。ここにCT大群襲来前の戦死傷者を加えるとさらに多くなり、八八五二人。本作戦に投入された日本軍五軍の兵力が一一〇〇〇〇人なのだから、戦死傷率は約八パーセントになる。これは日本軍にとって今後の作戦に影響を与えるに十分な数字だった。

 それだけではない。人的資源の損失より激しかったのが物的資源の消耗だった。

 食糧などはともかく、砲弾薬・武器類の消耗は五軍全てにおいて当初想定を大きく上回っていた。やはり一番影響を及ぼしたのはCT大群との交戦だ。約八三〇〇〇〇という果てしないCTの大半を撃滅したかわりに、日本軍はギリギリまで砲弾薬を消費してしまったのである。

 人はクタクタ。魔法能力者の魔力はほとんどが空っぽ手前まで使い切り、物資弾薬は当面の攻勢停止をせざるを得ないほどに消費。

 勝ったからいいものの、統合参謀本部は今後の作戦見直しに忙殺されることになる。



 ・・Φ・・

 12月7日

 綾瀬駅周辺・第一特務連隊連隊前線本部近辺



 激戦の翌日。孝弘達は戦勝祝いのどんちゃん騒ぎに参加することなくすぐに眠りについていた。彼等が目を覚ましたのは正午前。孝弘が「太陽が高い……」と寝ぼけ眼で言うくらいには熟睡だった。

 数日ぶりにまとまった睡眠を取った孝弘達が魔法軍の冬用戦闘軍服に着替えたのが午後一時半。もそもそと昼食を取ったのが午後二時前。平時であれば怒られるどころの騒ぎではない生活リズムだが、誰も咎める者はいなかった。少なくとも第一特務連隊将兵のかなりが孝弘達と同じだったからである。

 午後二時半前。四人が休んでいた建物にある人物がやってきた。


「米原少佐。三時半から七条大佐が第一特務連隊大隊長と君達でミーティングを行う。準備をして、連隊前線本部の方に来てくれ」


「了解しました。色々整えて向かいます」


「そうだな。確かに全員酷い顔だ」


「熊川少佐も二日酔い明けみたいな感じですね」


「バレたか。流石に昨日までの疲労は一日では抜けなかったよ」


「でしょうね。自分もまだ魔力が回復しきってません。あとは魔力回復薬の飲みすぎですかね……」


「アレはなあ……。最終上限まで制限を緩めたから、皆似たようなものさ。ただ、ミーティングまでにはある程度しゃきっとしておいてくれ」


「分かりました」


 熊川といくつか会話を交わした孝弘は三人に声を掛け、身だしなみを改めて整えて眠気覚ましの魔法を自身に付与して連隊前線本部に向かった。

 途中、四人は長浜と合流する。


「はよっすー……。ダメな酒の飲み方した後みたいにキツいっす……。米原少佐達も、同じかな……?」


「そらまあ……。例えるなら、あるアクションモノでシリーズ映画のラストシーンでもちゃもちゃ飯食べてるあんな感じ」


「あぁー、二〇年くらい前のあのシリーズ物の映画っすね……。うん、あんな気分……」


 どうやら長浜は孝弘達よりも酷いみたいだった。

 連隊前線本部の建物に入ると、璃佳と熊川の他に高富や川崎もいた。璃佳もまだ疲労は取れておらず、高富や川崎は長浜と似たような様子だった。


「みんなひっどい顔してるねえ。こりゃ明日まではいつも通りは無理かな? ま、とりあえず座って」


 璃佳は全員に声をかけると、孝弘達は大きなテーブルの前に置かれていた椅子に座る。璃佳も座ると、全員を見渡してから口を開いた。


「改めて。皆、ご苦労だったね。よく頑張ってくれたよ。今ここにいるのは私達だけだから、ある程度は肩の力を抜いてもらっていいよ」


「助かります。まだ頭痛が酷くって……」


 川崎はこめかみを抑えながら苦笑いをすると、璃佳は肩をすくめつつもやむ無しといった感じだった。


「私も結構しんどくてね。咎めないからいいよ。――さて、とはいえ報告はしなくちゃいけないから大隊長の面々と米原少佐達を集めたけど。いい報告と悪い報告がそれぞれある。まずはいい報告からしよっか」


 璃佳が言うと、それぞれが姿勢を正す。


「魔法軍本部から私に通達があった。内容はこう。『第一特務連隊はこれまでの功績を讃えて各位の活躍に応じた勲章を授与する。また、第一特務連隊はこれまで激戦続きであり再編成と休息が必要であると判断し、別命あるまで長期の休暇を与えるものとする』。ま、ようするに君達が待ち望んだ長い休みが貰えたってとこだね」


 上からの通達に、孝弘達は心底ほっとする。大隊長の面々も口許を緩めていた。期間が読めないが、ある程度まとまった休みが貰えるのだ。いくら再編成も兼ねているとはいえ、この戦時に長い休みが手に入るのは何物にも替え難い本部からのプレゼントだった。


「休みの期間はハッキリしないけど、最低でも二週間。長ければ一ヶ月かな。というのもね、私達は三日後には一度東京を離れることになるんだ」


「ここを離れるんですか? 戦場から離れられるのはいいことですが、大丈夫なんすか?」


 川崎が最もな疑問を璃佳に投げかける。これについては璃佳も想定していたようで、彼にこう返答した。


「私達は中央高地戦線の前からずっと出ずっぱりでしょ? 武器類の消耗も激しいし、何よりお前達もそろそろリフレッシュが必要じゃない?」


「そりゃ、まあ」


「てわけで上は私達を本部、つまりは伊丹に戻すことに決めたってわけ。こんな事が出来るのは、作戦軍全体でCTの大群をあれだけ蹴散らしたから。あとは銚子転移門が消失したことで、本州ではこれ以上CTが増えることが無くなったからかな」


「他にも理由がある。CT大群はマジックジャミングが無くなって我々が取り戻したレーダー観測網の範囲外、つまり埼玉と群馬・栃木県境付近以北から綺麗さっぱりいなくなったからだ。残存したCTは昨日までの数を思えばたかが知れていたが、それもいなくなった。つまり、埼玉県の大部分はCTの空白地帯になったわけだ。他にも茨城県南部からもCTは消え、千葉県もごく少数のCTを除いてほぼいなくなった」


「ま、ようするに戦うべき相手がごっそりいなくなったわけ。私達の出番はしばらく無いってとこ」


 璃佳の話に熊川が補足すると、それを聞き終えた璃佳が締めくくる。この話を聞いて川崎だけでなく他の面々も納得した様子だった。


「だから久しぶりの休暇を味わおう。――次。勲章授与について。これは個別に連絡待ち。活躍に応じてだからね。何が授与されるかはまた話すから各自そのつもりで。沢山貰えると思うけどね。特に大隊長三人と米原少佐達四人は凄いんじゃない? 川崎、高富、長浜はまた略綬りゃくじゅの列が増えるし、米原少佐達四人は一気に増えると思うよ」


「であるのならば、七条大佐もかなり増えるのでは?」


 高富はごくごく真面目な顔つきで璃佳に言う。


「どうだろうね。ああでも、ごっそり略綬が増えると功績ポイントもあるし、そのうち昇進はあるかも。君達もだけどさ」


「となると、いよいよ准将。七条閣下になられるわけっすね」


「そうなるねえ。だったら部隊をちょっとでもいいから大きくしてほしいかな。増強連隊とか、それくらいに。ウチの性質上難しいけど」


「そうっすよねえ。入隊基準が高いから、補充も難しいっすもん」


 長浜は小さくため息をついて言う。

 こればかりは仕方がないことだ。第一特務連隊は一個連隊で二個師団相当の戦力と言われるような精鋭部隊だ。連隊戦闘員の能力者ランクは最低でもAマイナス。ただでさえ数が少ない魔法軍の中でも精鋭しか入れないのだ。入れないということはつまり、補充も難しいということ。現に中央高地戦線から今まで物資弾薬の補充は何度もあったのに将兵の補充はない。第一特務連隊の定数は九五〇だが、戦死及び戦線離脱者の穴は埋められておらず、今の第一特務連隊兵力は八四八人と一〇〇人も少なかった。璃佳としては自身の昇進より、連隊を再び定数に満たしたいというのが正直な感想だった。


「望みは薄いけど、連隊への補充は優先して話をつけておくよ。んじゃ、次に悪い方の話。これは連隊がっていうより、日本軍全体としての話かな」


 璃佳が先程までの気を楽にした顔から引き締まった顔つきになると、自ずとこの場にいる全員も同じ様子になった。


「皆は何となく察していると思うけど、『反撃の剣』作戦は成功し我々は勝利したけれど、引き換えにしたものが多すぎた。作戦開始から昨日に至るまでの戦死傷者は約九〇〇〇。さらに物資弾薬の消耗があまりに激しくてね。とてもじゃないけど、今の作戦軍約一〇〇〇〇〇に北関東を奪還する力は残っていない。空になった埼玉、千葉、茨城南部を確保するのが精一杯ってとこだね。だから、伊丹のICHQはこの後の作戦方針見直しを強いられた。よって今後の作戦方針は不明」


 こう話す璃佳自身も、これからどうなるかは分からなかったし読めなかった。しかし、とにかく色々なものを使いすぎた代償は小さくないことだけ分かっていた。


「質問よろしいでしょうか?」


「何かな、米原少佐」


「今後の作戦方針は不明ということは、第一特務連隊はしばらく伊丹もしくはその近傍にいるという認識でよろしいでしょうか?」


「そうだね。長いと休暇は一ヶ月になるってのもこれが理由。恐らくだけど、『反撃の剣』作戦レベルで軍をまた動かすとなると、一ヶ月はかかるんじゃないかな」


「了解しました。ありがとうございます」


(当然だよな。人が死にすぎたし、傷を負った人も多すぎる。兵士一人の命の価値が高くなった現代軍において作戦単一で死傷者約九〇〇〇は、はっきりいって深刻だ……)


 孝弘はここにきてアルストルムにいた頃と今の兵士の命の重さの違いを実感する。

 アルストルム世界の時代における兵士個人と、現代における兵士個人の価値は比較にならないほど現代軍の方が高い。訓練にかける時間、用いる武器、兵士そのものに要求される専門性。要するにかけられた時間と金額は志願兵で構成される現代軍の方が何倍も多いし高いのだ。

 そうなると、補充にも時間はかかるしすぐにというわけにはいかない。武器も弾薬も生産すればいい。だが、人だけはそうはいかなかった。


「とりあえず、今後の作戦方針については決まり次第また話をする。それまでは伊丹で傷を癒し心を落ち着かせ、ゆっくりすること。もちろん、訓練はするけどね。さ、ミーティングは以上だ。解散」


『はっ!!』


 ミーティングが終わると川崎、高富、長浜は退室していき、孝弘達も部屋を後にしようとする。

 部屋を出ようとした時だった。璃佳が四人を呼び止めた。


「ああそうだ。君達に話しておきたいことがあってね。連隊長室に来て貰えるかな?」


「はっ。分かりました」


 孝弘はそう返しつつも、なんの話しがあるのだろうと思う。水帆達と視線を合わせると、皆孝弘と同じことを思っていたようだった。

 どんな話をするのだろうと思いつつも、孝弘達は璃佳や熊川と共に連隊長室へと向かった。

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