第7話 高円寺アースドラゴンバトル(上)

 ・・8・・

 突如として現れた巨体の体長は三〇メートルを優に越え、四〇メートルに届かんばかりであった。体表は何物をも寄せ付けないと言わんばかりの頑強な鱗に覆われ、一般的な拳銃弾では弾かれそうなのは一目瞭然。その姿はまさに怪物であり、地球側の創作に出てくるモノの呼称で称するのであれば、それは『地龍』であった。

 このような巨大な体躯を持つ生物を無人偵察機が約四キロに接近されるまで気付かないはずがない。すぐさま将兵達のAR画面には『推定・魔法召喚生命体』と表示され、同時に『推定脅威度A+』とも表示される。

 明らかな脅威。四キロ先からでも分かるほどの巨体。怪獣映画で兵士達が怪獣を前にして抱く感情をまさか自分達が味わう羽目になるとは。誰もが思っていた。

 だが、それだけで終わるはずもない。

 地龍は立ち止まるや否や口を開け始めた。


『警告。当該召喚生命体より高出力魔力反応を感知。推定、魔力光線系に類似する術式』


 賢者の瞳から聞こえる無機質な音声。その単語は孝弘達四人の危機感を最大限まで上げるに十分だった。


「まずい!! デカいのが来るぞ!! 総員左右に退避!! 射線から外れろ!!」


 孝弘はすぐさま無線で近くにいた将兵に向けて叫ぶ。将兵達も目の前に

 これとほぼ同時に孝弘は水帆達に向けて、


「協同魔法障壁展開!!」


『了解!!!!』


 彼の声に三人は即答し、すぐさま魔法障壁展開の詠唱を始める。


『警告。召喚生命体術式発動まで一五秒。カウントスタート。一五、一四――』


『左右に散開!! 左右に散開!!』


『緊急退避ィィ!!』


『九、八』


『敵口部周辺にロックオン!! 協調砲撃、撃てえ!!』


 孝弘達の背後にいる陸軍や海兵隊の部隊が回避行動を取る中で、逃げなかった者達がいた。三両の二八式戦車である。

 彼等は自分達を今にも殺さんとする地龍へ一二〇ミリ砲を向けて砲撃。高度な射撃管制装置によって正確無比を誇る攻撃は、地龍による攻撃の直前に命中。かなりの硬度と思われる鱗に阻まれダメージはあまり無さそうではあったが全く効いていないわけではなく、うめき声と共に地龍の口部はやや上向きとなる。


「魔法障壁展開完了!!」


『一、ゼロ。敵、発射』


 直後、孝弘達の協同魔法障壁展開は完了し、地龍の破壊光線のような攻撃が放たれた。

 地龍の光線術式は猛速度で孝弘達のいる場所へ到達。ただしそれは直撃ではなく、魔法障壁の最上部を掠める形で通り過ぎていった。不幸なことに光線の行く先にあり直撃を受けた高層マンションは蒸発していた。


「あ、あっぶねぇ……」


「あんなんの直撃したら、協同魔法障壁でも受け止めきれたか微妙なところだったわね……」


 光線の通過を目の当たりにした四人に冷や汗が伝う。賢者の瞳は先の攻撃を即分析しその威力を割りだす。


『推定威力、協同魔法障壁破壊率九八パーセント。推奨、退避行動』


「だろうな……」


「魔法障壁展開は正解だったけどスレスレだなんて、とんでもない破壊力だね……」


 孝弘と知花の発言には一歩間違えれば自分達が死んでいたかもしれない実感が込められていた。自分達が展開していなかったらどうなっていたかという意味もあったが。


「戦車隊、感謝します。命を救われました」


『とんでもない。貴方達がいなかったらこんな真似出来ませんでした。こちらこそ感謝します。いつも助けられっぱなしでしたから、役に立てて良かった』


 命の恩人とも言える二八式戦車隊に最大限の感謝の意を伝える孝弘と、上手くいってほっとした様子の戦車長。

 孝弘は通信を終えると、緩慢な前進をみせる地龍を睨む。都心部を目前にして現れた地龍を、四人は強敵と判定。すぐに感情を切り替え対処に移った。


「大輝、ゴーレムの召喚を切り替えよう。アレがいいと思う」


「だな。でもよ、少々時間を貰うことになるぜ?」


「俺が友軍と一緒に時間を稼ぐ」


「おうけい。任せた」


「ああ。水帆、俺の援護を。知花は大輝が召喚を終えるまで支援を。余裕があれば俺がアレに向かう時の援護をしてくれると助かる」


「了解したわ」


「了解だよ」


『セブンスよりキャスター1。無事みたいだね。流石にヒヤッとしたよ』


「キャスター1よりセブンス。戦車隊に助けられました。ただ解決にはなっておらず、地龍は前進中。大輝が召喚に移ります。自分達三人とこちらの友軍で時間を稼ぎ、交戦しようと思うのですが」


『セブンスよりキャスター1。了解。ちょっとならウチから手を回せるからキミのやり方で任せる。地龍を屠りなさい』


『キャスター1よりセブンス。了解しました。既に攻撃ヘリが向かっています。これらと協同します』


『セブンスよりキャスター1。分かった。健闘を祈るよ』


『キャスター1よりセブンス。了解。終わり』


 孝弘は璃佳と通信を終えると、退避行動を終えて態勢を立て直した各部隊に作戦を説明する。地龍の動きは相変わらず緩慢で、まだ彼我の距離は三五〇〇メートルであった。


『戦車隊、了解。最大限の火力で押しとどめる』


『装甲戦闘車隊了解。戦車隊と協同で動きます』


『砲兵隊了解。榴弾砲などをCTの面制圧とし周辺の雑魚共は吹き飛ばします。任せてください』


『海兵隊了解。有象無象は我々で対処する』


「急ごしらえで申し訳ないけど頼みます」


『了解!!』


 孝弘は周辺部隊に伝えると簡単に作戦方針を知花に話し、自身の武装を改めて確認する。ほとんど今までの装備と変わりはないが、彼がホルスターに入れている二丁拳銃は今まで持っていたのと違うものだった。

 その名は『三六式特殊魔法拳銃』。璃佳が手配していた孝弘専用の魔法拳銃だ。

 都心部突入を前に届いたシロモノで孝弘の魔力にも耐えられ、魔力伝導効率もこれまでと桁違い。彼が全力を出せる仕様に仕上がっている逸品である。

 孝弘はこれを早々に使うことになるとはと思いつつも、敵の大きさから通用するかは分からないとも感じていた。ただ、璃佳からは全力でぶっぱなしても問題と言われている。それならこの新しい相棒を信じようと気持ちを切り替える。

 地龍との距離は約三〇〇〇。孝弘が動き出す前にまず攻撃に出たのは攻撃ヘリ部隊だった。


『目標に接近。距離一五〇〇。目標に攻撃行動の予兆無し。エンザリア型の探知無し。――ロックオン。射撃開始』


 攻撃ヘリ三機による機関砲の攻撃が始まる。凄まじい連射音は全弾命中しているのだが、


『目標頭部に命中するも、効果はほぼ無し。相当な硬度の鱗を持つと認る。ヘルファイアによる攻撃へ移行』


 続けてヘルファイアによる攻撃が行われるが、やはり鱗に阻まれてしまう。明らかに通常弾による攻撃の効果は薄そうであった。


『目標命中するも効果は薄い。我の手段では彼に有効な攻撃は与えられず』


 戦車など大抵の兵器や目標に対して絶大な攻撃力を発揮する攻撃ヘリも地龍の前には有効打を与えられないようだった。その原因はすぐに無線を通して判明する。


『立川HQより地龍と遭遇の各隊へ。目標の簡易分析を完了。目標の外皮、鱗は魔法障壁に類似する薄い膜に覆われておりこれにより防御力がより向上している模様。推定される有効打は魔法もしくは魔法科学兵器による攻撃と思われる』


「そういうことか……」


 孝弘はただの鱗にしては随分と硬い理由を聞いて納得する。

 こうなると孝弘達や魔法兵科の出番だ。今の通信を聞いた魔法兵科の将兵達はすぐさま攻撃準備に移り、フェアル部隊も集まっていく。

 全ての準備を終えた孝弘は。


「大輝、何分いる?」


「三分半くれ。召喚するモノがモノだからよ、ちいとばかし時間を食う」


「三分半ならだな。分かった。水帆、頼んだよ」


「おっけー孝弘。いつでもいけるわ」


 水帆は既に詠唱準備を終え大量の魔法陣を顕現させながら笑顔で言う。

 孝弘はすぅ、と空気を吸い込むとゆっくりと吐き出して。


「突撃する」


 それが攻撃開始の合図にもなった。

 地龍と彼我の距離は約二五〇〇。孝弘はフェアルをいつでも起動出来る状態にして一気に駆ける。前方には地龍の前に存在する多数のCT。だが阻む値する相手では無かった。


『――氷の柱を数多放て、『氷柱刃アイシクルブレード百連射出ヘクタインジェクション』!!』


『――光弾からは誰も逃れず。全てを屠り、死へ送る。『光子乱舞フォトンダンス』!!』


 無線から大輝の長い詠唱が耳に入る中で水帆と知花の詠唱が聞こえ、終わると孝弘の視線の先に着弾したのは大量の氷の刃と光弾。それらは大型を含めCTを意図も容易く死体に変え、彼の行く道が出来上がる。

 地龍との距離は縮まり約一五〇〇。頭上には足止めとして放たれるミサイルが通過し、フェアル部隊も通り過ぎる。

 水帆と知花の法撃は続き、次から次へと死体の山が築かれていく。


(そろそろ飛ぶ頃合いか)


「フェアル起動」


『フェアル、起動します』


 孝弘はフェアルで飛行を始めると一気に加速。地龍の直上に到達する。

 地龍と彼の目線が合う。孝弘は二丁拳銃を地龍へと向けた。


「かかってこい。相手になってやるよ」


「グゴォォォォォォォォォォォ!!!!」

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