第7話 救出作戦と遭遇戦を終えて

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【(乙級極秘事項)六条千有莉救出作戦報告書】

 ※本項は概要である。詳細は本報告書各項を参照されたし。


 報告者:魔法軍『第一特務連隊』連隊長・七条璃佳魔法大佐


 1,六条千有莉救出作戦は当初予定より若干早く一一月一八日二二五〇時から実施された。作戦は不測の事態が度々発生するも、最優先救出対象である六条千有莉の救出は成功。ただし、同行者四名(民間人三名、陸軍曹長・小川原健)は救出前に死亡。完全なる成功とはならなかった。


 2,本作戦参加人員は全員無事帰還するも、想定外の戦闘が重なった。想定外の戦闘とは下記の通り。


 3,一点目は六条千有莉拉致部隊との戦闘。恐らく他四名を殺害した実行部隊とされる。当該部隊との戦闘は救出部隊人員によって速やかに終了した。ただしエンザリアCTによる妨害が確認されている。エンザリアCTは高崎少佐が排除した。


 4,二点目は甲府城址地下で初接触した通称白ローブ一号(以下白一号)である。白一号は拉致部隊を排除後に出現した。これの対処は米原少佐、高崎少佐、本官召喚体茜があたった。


 5,白一号は三名と戦闘。その際の様子は甲府城址地下における短時間戦闘で得た推測値A+ランク能力者以上の法撃と極めて高い練度者の立ち回りを行っていた。Sランク二名とSランク相当一名の計三名を一人で三分以上の継戦を行えた事から推定Sランク能力者と思われる。現在『賢者の頭脳』にて分析中であるが、速報値はSランクである。


 6,三名の善戦により白一号を負傷判定に持ち込んだものの、続けて新たな白ローブが出現。白一号より小柄である当該人物を白ローブ二号(白二号)とする。三名からの聞き取りによると、白二号は極短縮詠唱を可能とする魔法能力者であり、法撃威力もかなりのものだったとのことである。なお三名とも白二号を推定Sランク能力者としており、こちらも『賢者の頭脳』にて分析中。速報値は限りなくSランクに近いA+ランクとしているが、戦術分析官佐渡によれば、確定値はSランクになるとのこと。


 7,上記の分析からBランク以下の能力者では太刀打ち出来ず、Aランク以上能力者での対処が必要である事から白一号、白二号共に最警戒対象人物への登録を強く進言する。



 以上。



 ・・Φ・・

 要人救出作戦から白ローブとの激戦と化した夜が明けた。作戦そのものは六条千有莉の救出が成功した事で最悪の事態は免れたものの、東京都心内部を知る貴重な四名を失い、上層部にとっては推定Sランク能力者の出現という、今後の作戦に影響を与えかねない頭を抱える状況となってしまっていた。

 だが、六条千有莉は生きている。最も生きて帰さねばならない人物の生存は誰もが胸を撫で下ろしたし、久しぶりの、それも要人クラスの救出成功は現場組にとっては喜ばしいニュースだった。

 明けて、一一月一九日の朝。救出作戦を実施した事により一部の部隊が休息必要として出られなくなったものの、全体に大きな影響はなく作戦は進んでいく。

 奪還せねばならない地点の一つである横田基地は、前日までにかなり進出を果たしていたこともあり午前中には横田を奪還。その日の夕方までに最低限の機能を回復させた。

 南部方面は前日から引き続き東進と南進を実行。二日後には南北両方面軍の連絡線接続も視野に入るようになっており、三日後には町田付近まで進出出来るのではという所まで来ていた。

 立川方面も順調に雑多なCTの掃除が進んでいた。エンザリアCTも数体確認されたが散発的であり、対処方針は有効に働いていた。首都に近づきつつある事から南部方面に比べれば進軍速度は遅いものの、この日の夕方までには国立駅付近まで迫ることが出来たのだった。

 さて、このように各部隊の奮戦によって少しずつ、だが着実に都心に近づきつつあったがこの日孝弘達は前線にはいなかった。ただでさえ前日まで何度も戦闘を行っていたにも関わらずほぼ休息無しで救出作戦に参加。その上、白ローブとの戦闘もあって多少なりとも消耗していたからである。

 本来なら救出作戦があった時間はまとまった休息のはずで、ここで魔力を回復させる予定だったのに戦闘で余計に体力も魔力も消費したとなれば、いかにSランク能力者とはいえ魔力の回復は必要だった。

 それだけではない。二人は白ローブと戦闘した際の貴重な経験を有していることから、孝弘と水帆は八王子に置かれている前線司令部へ璃佳と共に出向くことになったのだ。

 時刻は午後五時。孝弘や水帆は朝方からようやく数時間の睡眠を取って起床。身だしなみを整えた後、璃佳も同乗している軍用車に乗って司令部の置かれているビルに到着。司令官である美濃部中将の執務室にいた。もちろん、防音魔法は施した上で。


「七条大佐、米原少佐、高崎少佐。まず、三人ともよくやってくれたわ。私からも礼を言うわ。本当にありがとう」


「ありがとうございます。しかし、到着前までに四人は殺害されておりました。助ける事が出来ず申し訳ございません」


「米原少佐、申し訳なさそうにしないでちょうだい。貴方達がいたから、貴方達だったから再度拉致された六条のお嬢様を助ける事が出来たのだもの。白ローブについてもそう。救出部隊がもし一般的な能力者で構成されていたら、今頃ヘリ共々バラバラになっていたでしょう。そしたらお嬢様は死んでたか、また敵の手におちていた。考えるだけでもゾッとするわ」


 美濃部中将は身を少しだけ震わせて言う。

 確かにゾッとする話だ。発覚してすぐ六条本家から魔法省や国防省に半ば圧力がかかった形の今回の作戦。現場組からすれば緊急性が高くなりがちな救出作戦とはいえ、今回はあまりにも急だった。しかも場所は立川から約二〇キロ向こうの敵地真っ只中。難易度は極めて高い。だが、要人の救出ともなれば尚更成功させなければいけなかったのである。


「とにかく、貴方達は六条千有莉お嬢様の救出を成功させた。六条本家のご当主様も娘が助かって喜ばれていて、恩を感じているみたいよ。それだけでも十分だわ」


「あの、美濃部中将閣下」


「何かしら、高崎少佐」


「六条千有莉はどうなりましたか? 救出当初は錯乱とまではいきませんが、かなり精神的に不安定でしたから」


「救出直後に少々錯乱状態だったそうよ。すぐに鎮静魔法を行使して、鎮静剤も投与。それからは今に至るまで目を覚ましていないわ。無理もないわね。彼女の身に何があったかは分からないけれど、診断機器でスキャンしたら『極度の睡眠不足』『体力及び魔力の消耗』『極めて精神的に負荷がかかっている状態』と判断されたわ」


「そうでしたか……。軍人でもPTSDになりかねない環境だった可能性もありますね」


「でしょうね。一般市民でしかもまだ未成年。無理もない話だわ。目を覚ましてからの状況にもよるけれど、状況聴取も難しいかもしれないわね。物理的に難しくなるのもあるけれど」


「物理的に……? あぁ、そういうことですか」


 水帆は首を傾げるが、すぐに美濃部中将の言葉の真意に気付く。それを説明したのは璃佳だった。


「六条本家から要請があってね。前線に近い上野原でもいいから、あの子を迎えに行きたいって」


「いくら前線からやや離れたとはいえ、上野原にですか」


「そ。これが高尾と言われてたら軍も危ないからって大義名分が出せるんだけど、上野原となると制空権を確保していて地上も掃除済みで安全だから断りにくくってね。親だから死んだと思ってた娘が生きてりゃ駆けつけたいのは分かるんだけど」


 璃佳はため息をついて思わず苦笑いだ。軍人ならともかく、魔法能力者でもあるとはいえ六条の主たる六条実裕(ろくじょうさねひろ)が来るのだから軍も準備はせねばならない。


「上野原ならまだいいんだけどねえ……。だとしても、いつ起きるか分からない千有莉お嬢様の護送と彼女の護衛に車両手配と人員確保。はぁ……」


 美濃部中将は愚痴をぽそり。さらには遠い目をしているあたり、上の上は要請を受け入れ既に決定事項のようだった。


「お疲れ様です……」


「ありがとう、米原少佐。さて、あなた達を呼び出した本題に移りましょうか」


 美濃部中将が雰囲気を変える為に話題を移すと、孝弘達は頷く。


「救出直後に現れた白ローブと、さらにもう一人で計二人だったわね。『帰還組』の豊富な戦歴と、Sランク能力者としての見識。今後の作戦の為にも、余すことなく教えてちょうだい」


「分かりました。まずは――」


 孝弘はあの時の戦闘を思い出しながら、アルストルムでの経験も交えて話を始めた。

 それは美濃部中将と璃佳の報告書を通じて、上層部にも白ローブの脅威が知られることとなるのだった。

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