第8話 『富士・富士宮の戦い』富士宮北部防衛戦(2)

 ・・8・・

【前線に通達されたCTの習性集】

 ※一部抜粋


「CTは基本的に映画におけるゾンビのように無統率に我々に向かって動くことが多い。故に、基本方針として火力で倒すことが最も効果的である。しかし、大型目標が存在する場合はこの原則からやや外れることがある。大型目標が存在する場合、大型目標が非常に簡易的ながら何らかの命令を発している可能性がある。よって若干ながら統率の取れた動きをし、こちらの火力が薄い点を狙うなどの行動があった」


「よって、大型目標が存在する場合には優先的に大型目標を討伐すること。これは戦線に与える影響が大きいこともあるが、数で劣る我々が弱点を狙われた場合すぐさま致命的になりかねないからである。大型目標を見つけ次第、重火力を投射するか魔法能力者は魔法火力を集中させること。いずれもない場合は、当該地点死守以外の場合は必ず撤退すること」



 ・・Φ・・

 孝弘は『二二式対物魔法ライフル』を装備すると、『賢者の瞳』と対物ライフルの大型電子スコープをリンクさせて、伏せ撃ちの体勢を取る。そこからは周辺をよく見渡せていた。


「『賢者の瞳』とのリンク良し。予備弾倉良し。知花、狙撃補助をよろしく」


「うん、分かった」


 孝弘がスコープを除くと、『賢者の瞳』とリンクされたことで知花が観測した精密射撃に必要なデータが次々と送られてくる。

 精密射撃には様々な要素が必要となり、それらを加味して射撃をしなければならない為に非常に高度な技術が必要とされる。今は目標を定めていないからまだ出されていないが、まずは目標との距離。風速、気温、湿度、重力、日光、重力、地球の自転など。

 距離一〇〇〇以下であれば狙撃手にとって難易度は下がると言われているが、今回孝弘が行うのは超大型目標とはいえ距離約三五〇〇から四〇〇〇からの超長距離狙撃で、かなりの高難易度だ。

 この世界における通常狙撃の世界記録は三七五五メートル。孝弘が扱う魔法狙撃で四二八八メートル。つまり世界記録水準の狙撃が要求される。的が大きかったとしても難しいものは難しい。それを今から孝弘は実行しようとしていた。


(集中。集中だ。世界と一体化しろ。自分は空気だ。全てを見渡せる。必ず射抜ける。戦車数発でやっと死ぬ相手とはいえ、頭は脆いとデータがある。やれる。俺はやれる。)


 孝弘は意識を集中して、感覚を極限まで研ぎ澄ます。自分の世界に入り、世界と一つになる感覚へ。

 途端、孝弘は周りに響く戦場の騒々しい音が消え去った。聞こえるのは観測してくれている知花の声だけ。最大限の信頼を寄せる水帆と大輝の詠唱の声も一切聞こえなくなった。


「目標、捕捉。距離四〇〇〇。まだ引きつけろ」


 孝弘はスコープの先に超大型目標を捉えた。巨大なバケモノはまるで勝者の如く振る舞い、悠然と歩いている。今からアレを殺す。地面から二度と立ち上がらなくしてやる。

 獲物を決めた孝弘は射撃までの操作に移行する。


(弾丸に貫通型風属性を付与。続けて外的要因影響減を目的とする風属性も付与。)


『二二式対物魔法ライフル』は緑白色に淡く光る。魔力が充填された証拠だ。

 孝弘が除くスコープの中も変化する。目標との距離は正確に図られ、風速など外的要因の影響を減らす為の風魔法も発動した事で、射線と最終到達地点の線と線を中心とした円の場所がわずかながら変わる。

 それでもなお、孝弘が向けている銃口の先と最終到達地点の線は若干ズレており、射線は直線では無いことを表していた。超長距離狙撃は魔法を使ってもなお外的要因に左右される証拠である。


「距離三七〇〇。最終到達地点の修正、最終段階へ。まだ、まだ、まだだ」


 孝弘は待つ。最終到達地点が敵の頭部を綺麗に捉えるまで待つ。まだだ。まだ。と。

 そして、捉えた瞬間。


「ショット」


 魔法対物ライフルの重い銃撃音が響いた。

 目標までの距離があるから、弾着は四秒後。

 三、二、一。


「ヒット。目標転倒、……沈黙。さすがだね孝弘くん」


(よし。次だ)


 距離三五五〇メートルでの命中。水帆は戦いながら、孝弘なら当たり前よね。と言いつつも口角を上げた。大輝は口笛を吹くが究極まで集中している孝弘の耳には届いておらず、ボルトアクション方式の『二二式』の排莢操作をして次弾装填。次の目標を探していた。無論、知花も含めて全員その事は察している。


(目標捕捉。今度は距離三八〇〇。もう少し引きつける。)


 孝弘は同じ操作を行っていく。

 次の目標が約三六〇〇に至ると。


「ショット」


「三、二、一。ヒット。目標、転倒。……目標沈黙」


「よし。次」


 知花のヒット報告も早々に、孝弘は再び同じ動作を行う。

 この時の孝弘は、アルストルムの時の狙撃に比べればずっと楽だと感じていた。

 アルストルムにはそもそもここまで大きな対物ライフルは無く、一般的なライフルの中でも精度のかなり良いものを使っていた。スコープの精度も技術力の差から当然今使っているものより倍率は低く、『賢者の瞳』の補助などあるはずも無い。スポッターの役目を果たせる知花に狙撃に必要な観測情報を貰い行っていたのだ。

 自ずと難易度は跳ね上がる。その中で孝弘は非常に高度な狙撃を行っていたのである。アルストルム世界での彼の記録は魔法込みで二二五〇メートルなのがその証だ。

 だからこそ、凡その観測どころか最終到達地点割出しを『賢者の瞳』が果たしてくれる上に銃もスコープもアルストルムに比べて格段に良い今は、距離がかなり遠くなったとて楽勝と言えるのであった。


「ショット」


「――ヒット。目標、沈黙。三体目撃破」


「ショット」


「――ヒット。目標、沈黙。四体目撃破。四連続撃破だよ」


「ショット」


「――ヒット。目標、沈黙。五体目も撃破。次の目標を発見。距離三〇〇〇まで接近。六体目も捕捉したよ。多分こっちに気づいたかも」


「大丈夫だ。すぐ殺れるし、どうせ奴らは死ぬ」


 さらに五体目と六体目も難なく撃破。胴体がかなり硬い超大型目標とて、どの生物でも脆い頭部を穿たれれば即死する。アルストルムの時のように頭部を守る為に腕で庇うようなバケモノからすれば高等技術をしないから余計に楽だったとは後の孝弘の談である。

 そうしてついに。


「ヒット。目標沈黙。八体目。担当分最終目標も撃破。完璧だったね、孝弘くん」


 装弾数八発の『二二式対物魔法ライフル』で、きっちり八体。全てを屠ってみせた。


「…………ふう。無事完遂だな。ほんの少し気疲れした。アルストルムよりずっとマシだけどさ」


「こっちも順調に薙ぎ払っているわ。孝弘、最高の射撃だったわ」


「ありがとう水帆」


「こいつぁ勲章モンじゃねえか?」


「かもね」


 孝弘が狙撃を終えて、地上にいる友軍達を見ると、彼等は銃撃と砲撃と法撃を行いながら孝弘を讃える大歓声を送っていた。


「喜んでいたいとこだけど、まずは目の前の大群を何とかしないと」


「ええ、そうね。数はそれなりに減ったし大型目標を倒したことでかなり敵の動きは無統率になったけど、まだまだいるわよ」


「敵残数は約一二五〇〇まで低下したけど、まだ一五〇〇先にいるからね……。ギリギリまで近付かれるのを想定していただろうから、かなり余裕はあるんだろうけど、弾薬とか大丈夫かな……」


 知花の心配も最もだ。全力攻撃は一時間が経過している。

 ところが、ここから三〇分が経過した辺りで異変が起きた。


「敵が停止……? いや、後退を始めてる……!!」


「なんだぁこりゃあ……。まるで一目散に下がってるみたいじゃねえか……」


「まあいいわ。射程外になるまで撃ちましょ」


「ああ。射程外まで攻撃続行だな」


 突然CTが後退し始めたのである。こんな動きは軍にとっても初めての経験だった。

 だが、戸惑ったのも少しの間だけ。すぐに射程外になるまで追撃と言わんばかりに攻撃を続行する。

 そして、さらに二〇分後。


「榴弾砲や誘導弾、航空兵器以外の射程外、か。ここまでだな」


「孝弘くん、最新報告だよ。富士でも同様の現象を確認。戦線を数キロ押し上げつつありだって。朝の地点からほんの少し先、防衛線構築に使える地点までで沼津まではいかないみたいだけど」


 どうやら富士でも同じ現象が起きたらしい。報告によれば約一五〇〇〇を撃破した辺りで敵の攻勢が停止。いきなり後退を始めたというのだ。前線はこれを好機と判断。CTは沼津よりさらに東の三島まで後退する素振りを見せたことから、沼津の手前に所在していた放棄した防衛拠点まで進むという。


「お、こっち側も数キロ戦線を押し上げるってよ。埋設した地雷や魔法地雷がほんの少しだけ残っているから気をつけねえといけねえけど、山と山の間で狭まってて防衛拠点の再構築に使える上井出まで動かすとよ」


「ってことは、ひとまず勝ち、だな」


 孝弘が一息ついて言った直後、戦線全体にも勝利の報告が続々と入り、あちこちから勝鬨かちどきの声が上がった。

 こうして、数日程度に長期化すると思われており、最悪富士・富士宮戦線の放棄すら考えられていた『富士・富士宮の戦い』は日本軍の勝利で終わった。しかも、たった数キロとはいえ戦線を押し上げる結果で。

 この戦勝報告が軍全体にとって大幅な士気向上とより一層の奮戦に繋がったのは言うまでもなかった。

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