第104話 とある執事の下働き 5
「いや~、今日忙しかったね」
一生懸命に働いていたワコは疲れて、テーブルにぐったりしている。
私も少し疲れた。体力的にはそれほどではないが、
「クククっ。ヤズッチさんもお疲れのようですね」
「どこぞの暗黒メイドがコソコソ監視してるせいで、神経が磨り減っているのです」
昨日からラビスも夕食時にテーブルについている。
ヨコヅナが店にいる日は基本、二人も一緒に晩御飯を食べるようだ。
「おやおや、他人のせいにするのはよくありませんね~」
どう考えてもお前のせいだろ!
「俺も疲れたぜ、いくら洗っても洗い物が無くならねぇ」
シィベルトの手は皿を洗いすぎてかプルプル震えている。
「予約客の方は昨日からフル予約だったわ~。ひょっとしてラビスさん、貴族には事前にヨコさんが来ることを宣伝していたので?」
ビャクランが担当している、個室は昨日から常に満席。それも予約で全て埋まっているとなると、当然ラビスの根回しがあったのだろう。
「常連客には告知していますよ。ここまで増えたのは、告知した相手が他にも伝えてくれたでしょう」
「確かに、ヘルシング様の紹介で出来たと言っていた人が多かったわ~」
ヘルシング元帥が大のお得意様だというのは聞いている。公式に宣伝として使っているし、というか昨日来てたしな。
この店は別に一見さんお断りのような規則はないので、わざわざ紹介だと伝える必要ないのだが、まぁ貴族であればそうするのは当たり前か。
「でも、予約客は基本コースメニューだし、事前に人数も分かってるから、普段より少し忙しいだけじゃないか」
「ん~、一般客ほどバタバタしないのは確かよ~、でも面倒なのよね」
ビャクランにしては珍しい反応だ。何時もは我侭な貴族客の相手でも、難なくこなす彼女がこのようなことを言うなんて、
「限定ちゃんこ鍋を食べた客が、ほぼ必ず言うのよ。この料理を常に食べれるように出来ないのか?って」
限定ちゃんこ鍋はヨコヅナが普通のちゃんこ鍋とは別に作っている、違う味のちゃんこ鍋のことだな。
私は食べたことないが、そこまで美味しいのだろうか?
「料金は、2倍でも3倍でも払うという客までいてね。だたの我侭じゃなくて、本当にちゃんこ鍋を美味しいと思ったからこその言葉だから気を使うのよ。ヨルダックさんはあのちゃんこ鍋作れないの?」
ビャクランの質問にヨルダックは、
「………すまない」
背景が暗くなったかのように見える程、落ち込むヨルダック。
「え、あ、そんなに落ち込むことないわ。ごめんなさい勝手なことを言って」
「いや、ビャクランの言っていることは間違っていない。人気の料理はどんどん売り出すのが普通だ。私が未熟なばかりに迷惑をかける」
「ヨルダックさんで未熟ならこの国に未熟じゃない料理人なんていませんよ」
シィベルトの言うとおりだな。元宮廷料理人が何を言っているのだか…
「そんなに限定ちゃんこは、作るの難しいのですか?」
「限定とは言え、ちゃんこ鍋なのだから、具材と味付けが違うだけではないのか?」
エイトの言葉に私も疑問に思ったことを付け加える。
「ああ、具材と味付けが違うだけで、特殊な作り方をしているわけじゃねぇ」
「それなら作れるのでは?」
「作るだけなら出来る。が、師匠のちゃんこと比べたら明らかに味が劣る。それを客に出してしまっては、紛い物を出す他店と同じになってしまうのだ」
この店以外にも、ちゃんこ鍋をメニューとして出している料理店はある。
もちろん、『コフィーリア王女が好評』などの宣伝文句は使えない。勝手に使った店は、最悪営業停止になっている。
「確かに他の店のちゃんこ鍋は美味しくないよね」
「同じ食材を使った別のナニカとしか思えなかったな」
興味本位でワコと一緒に、他の店のちゃんこ鍋を食べに行ったことあるが、まさに紛い物だ。
もし、あんな料理で『コフィーリア王女が好評』など宣伝していたら、私自ら物理的に潰してやりたくなるほどだ。
しかし、ヨルダックの腕であれば、
「ヨコさんに及ばなくとも、ヨルダックさんなら美味しい限定ちゃんこが作れると思うのですが」
同じ事を思ったようで、エイトがそう聞くが、
「………すまない。もうしばらく時間をくれ」
またも暗くなるヨルダック。
「いえ、そんな、謝る必要はないです」
「ある程度美味くても納得出来ない料理は客に出したくないんだよ…料理人じゃねぇと、ここら辺の感覚は分かりづらいかもだがな」
……そういうものか。いや、そういう料理人だからこそ、姫様も認めていたのだろう。
「お待たせだべ」
そう言ってヨコヅナが丼ぶりをみんなの前に置く。今日の晩御飯はヨコヅナが作ってくれていた。
これは……
「米にちゃんこを掛けた料理…ですか」
「少し濃い目のトロみを付けたちゃんこを米に掛けてるだよ」
俗に言う賄い飯と言う奴だな、…ふむ、美味しそうだ。
「「「「「「「いただきます」」」」」」」
多少のアレンジをしているとはいえ、毎日のように食べているちゃんこを米に掛けただけの料理、それなのに……
「あ!美味しいですねこれ!」
「ホントっ!美味しいよ!ヨコさん」
「いつも食べてるちゃんこなのに、少しの工夫で全然違うわね~」
ビャクランの言う通りだ、ただ米に掛けただけと思ったがこれは、
「美味しい」
自然とその言葉が口から出てしまう。
「みんな、ちゃんこは飽きてるかと思っただが、喜んでもらって良かっただよ」
そうだ、そのはずだ。なのに今日のは違うように思える…
「これは店で出しているちゃんこの材料を流用して作ってるのですか?」
「そうだべ…あ、でも米だけは違うだよ。店で出してる米より少し固い米を用意しだた」
ヨコヅナの言葉を聞いて米だけを食べてみる。……なるほど確かに少し固い、それに風味もあまりない、安い米か。
「こっちのほうがちゃんこを掛けたとき良い感じになるだよ」
確かに店で常備している高級な米よりこちらのほうが合いそうだ、しかし、わざわざ別に米を用意したということは…
「…………師匠、ひょっとしてこれを新メニューとして出すのですか?」
皆が賞賛する中、沈黙して料理を吟味していたヨルダックがヨコヅナにそう聞く。
沈黙しているのはシィベルトもだ。
私と違って料理人の二人は、すぐにその考えに行き着いたのだろう。
「ラビスに新メニューの候補にしたいからと言われて今日作っただよ。普段は有り合わせで作るんだべが、ヨルダックはどう思うだ」
「私も美味しいと思います。あえて固い米を使っているのもいい発想です、さすが師匠」
「シィベルトはどうだべ?」
「……俺も美味しいと思います」
そう言うものの、シィベルトの表情は少し暗い。
……新メニューの候補と言うことはおそらく、ラビスがしたいのは。
「では皆さん、一通り食されたようなので一人一人意見を聞いていきたいと思います」
「意見?」
「ここにいる人は、シィベルトさんが作った新メニューの候補の料理を食べてますので、それとこのヨコヅナ様が作った料理、どちらを店で出した方が良いと思うかを言ってほしいのです」
シィベルトが作った料理とは以前食べた海鮮餡掛け炒飯のことだろう。
あの後、ヨルダックとラビスも食して候補にすると言っていた。
どちらも米を使った料理だ、選別するのは当然か。
「え!?オラはシィベルトの料理食べてないだよ?」
「製作者の意見は今は除外しますので、問題ありません」
「でも、オラもその料理食べたいだよ」
「それはまた後日、シィベルトさんに作ってもらってください」
「シィベルト、今からは作れないだか?」
「店にない材料が必要なので…」
「そうだべか、じゃあ都合がいい時に頼むだよ」
「はい、分かりました」
「オラの意見はいらないなら、座ってる必要ないだな」
ヨコヅナは席を立ち、
「お替りいる人いるだか?」
……私ももう一杯ぐらい食べるか。
ラビス以外が手を上げる。……何か違和感を感じるな。
「分かっただ」
笑顔で厨房へ向かうヨコヅナ。
「……あ、待ってください。俺も手伝います」
そう言ってシィベルトも席を立つ……製作者がいない方が皆意見が言いやすいと思ったのだろう。
「ではヨコ丼とシィ丼、どちらを新メニューにしたいか、ワコさんから意見をお願いします」
ヨコ丼とシィ丼って、いや、意味は分かるが…
「ん~、どっちも美味しいから、両方新メニューにしたらどうかな?」
ワコがそう言うのも分かる、シィ丼も味は文句なく美味しい料理だ。
「いずれは両方メニューにするかもしれませんが、今は一つを選んでください」
「だったら……シィ丼、かな」
「理由もお願いします」
「ちゃんことシィ丼を頼む人はいても、ちゃんことヨコ丼を頼む人はいないと思うから」
同じ味だからな。
ちゃんことシィ丼が注文されれば、売上が上がるという考えからだろう。しかしその考えには欠点がある。
「分かりました。では次エイトさんお願いします」
「料理の値段にもよりますが、ヨコ丼ですかね……理由はここに来る客はちゃんこを目的に来てるからです」
そう、ワコの意見の欠点は、ここが
基本ここの客はちゃんこを食べに来る、そんな客でもちゃんこを米に掛けるヨコ丼が新メニューであれば注文する可能性は高いだろうが、シィ丼が新メニューとしてあっても注文する可能性高いとは言えない。
「ヨコ丼が出る分ちゃんこ鍋の注文数は減ると思いますけど、それを踏まえた上で値段を考えれば利益は見込めると思います」
「なるほど。次はビャクランさんお願いします」
「その前に聞きたいのだけれど、このお米の値段は分かりますか?」
ビャクランはそこに注目するか…
「分かりますよ」
ラビスが言った米の値段は今店で使っている米の3割は安い。
「……私もヨコ丼が良いと思いますわ。理由はコストが最小限で利益を見込めるからです」
シィ丼には店においていない高級な食材が使われている、しかしヨコ丼は米以外は今店においている食材で作れる。しかもその米は安い、売れ残る場合どちらが損失が少ないかは計算するまでもない。
「分かりました。ではヨルダックさんの意見は」
「私の意見は公平とは言えないだろう。私が師匠の料理を否定出来るわけがない」
「料理に関してヨルダックさんは嘘は言わないと、私は思っているから聞いているのです」
「……新メニューとして推すのはヨコ丼だ。理由はエイトとビャクランが言っていたことと同じ。ただ誰が作るかという問題が出てくるがな」
「私もヨルダックさんと全く同じ意見です」
ラビスにいちいち問われるのが面倒なので、ヨルダックの意見に合わせて、私も意見を言ってしまう。
「では、新メニューはヨコ丼で決まりですね」
「ヨコヅナ様がいないときはどうする、のですか?ヨルダックさんだけでは手が回らない可能性がある」
「ええ、ですので…」
ラビスの言葉の途中で、
「お替り持ってきただよ」
ヨコヅナとシィベルトが戻ってきた。
「もうどっちを新メニューにするか、決まったので?」
「新メニューはヨコヅナ様の料理です」
「……やっぱりそうなるか」
自分の料理が選ばれなかったことに落ち込むシィベルト。
いや、ヨコ丼を食べた時の表情を思うに予想していたのだろう。
「落ち込むことはない、シィベルトの料理も美味しいのは確かだ」
「はははっ、ヨルダックがそう言うならオラも早く食べたいだな」
「…ありがとうございます」
ヨルダックとヨコヅナの言葉に少し表情が明るくなるシィベルト。
励ます為のお世辞ではない、コストパフォーマンスの考えからヨコ丼が選ばれたが、味については誰もシィ丼が劣っているとは言わなかったのだから。
「今丁度、言おうとしていたのですが、ヨコヅナ様がいない時は、シィベルトさんにヨコ丼を作ってもらおうかと」
「え!?俺がですか?」
……ふむ、妥当な人選だな。
「もちろん基本となるちゃんこは、ヨルダックさんが作りますが、そこからの味の調整やトロみをつけたり、完成までをシィベルトさんが行ってください」
「賛成だな、私だけではどうしても手が回らない。それにシィ丼の餡が作れるシィベルトなら任せられる」
「でも、俺は……」
「作りたくないですか?」
………ラビスのあの目、答えによっては、
「いえ、作ります!客が望む美味い料理を出すのが仕事だからな」
「……ではお願いします」
シィベルトの答え満足した様子のラビス……危ないところだったな。
新メニューの話に区切りがつき、皆がお替りのヨコ丼を食べる。二杯目なのに匙を口に運ぶペースが落ちてない。
「クククッ気をつけてください、ちゃんこを食べ過ぎるとヨコヅナ様のようなお腹になりますよ」
だが、ラビスの言葉で女性陣の匙が止まる。
「オラのちゃんこが体に悪いみたいに言わないで欲しいだよ」
「いえ、そういう意味では言っていません。野菜も多く入っているので、寧ろ健康には良いはずですよ」
家族連れの客が、野菜嫌いの子供でもちゃんこは美味しいって食べると言っていたことがあったな。
「そ、そうだよね。油ギトギトの料理でもないし、大丈夫だよね」
「食べ過ぎなければ大丈夫よ~」
そういえば昨日は誰もちゃんこをお替りなんてしていない、では何故同じ味のヨコ丼を皆はお替りした、米に掛かってるからか……いや、寧ろお腹は膨れるはず…。
「ヨコヅナ様が作ったちゃんこは、美味しいからたくさん食べれるのではなく、たくさん食べる為の美味しさを追求した料理ですから、気をつけないとついつい食べて過ぎてしまうのですよ」
「さすが、師匠ですね」
「…昨日と今日で、ちゃんこに違いはあるのですか?」
「ああ、今日のちゃんこは仕込みから師匠がしている」
そうか!ちゃんこの仕込みは前日に行う、昨日のはヨルダックが仕込みをした分。つまり今日からのちゃんこが本当の意味でヨコヅナの作ったちゃんこと言えるわけか。
では今までの違和感は、
ちゃんこを米に掛けただけの料理を美味しそうだと感じた。
飲んだくれで夕食の時には常に酒が片手にあるビャクレンが酒を飲んでいない!?
最近太るのを気にしているワコが迷わずお替りをした。
食べ飽きてるはずの味なのに、匙が止まらない。
全てヨコヅナが作ったちゃんこだからなのか。
「姫様に目をかけられるだけはあるな」
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