第61話 …やはり相性が悪いかもしれぬの


 朝の稽古でヨコヅナはハイネと手合わせをしていた。


「仕事が増えて、忙しくなっても鍛錬を怠らないとは、関心なこと、だなっ!」


 剣が増えたように見えるほどの連続の斬撃を繰り出すハイネ。


「そう言う割に、手合わせの、激しさが、増してる気がするん、だべが?」


 ヨコヅナはハイネの攻撃を、両腕の素早くかつ最小限の動きで反らすなり、防ぐなりする


「そろそろ、勝負に決着をと、思ってな!」


 今日はヨコヅナがすり足等の基礎鍛錬をしていた時から、自分も体を動かして温めるほど気合が入っているハイネ。

 それにはこんな理由があった、


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 昨日さくじつ、ちゃんこ鍋をコフィーリア達が食べに来たおり、


「そういえばハイネ、祭りのときにヨコから聞いたのだけど…」

「何だ?ひょっとしてちゃんこ鍋を作るのを手伝おうとしたら台所を追い出されたことか」

「……それはそれで聞きたいけど違うわ、あたな何度もヨコと手合わせしているそうね」

「ああ、朝稽古の時にな」

「ヨコがハイネを捕まえるか、ハイネがヨコに膝をつかせれるかの勝負だと聞いたわ」

「それが問題でもあるのか?」

「勝負自体は何も問題ないわ、問題なのはヨコが一度も膝をつかせれていないということよ」

「ぐっ…それは、だな」

「その反応だと、本当のことのようね…ハァ~、将軍ともあろう者が素人相手に情けない」

「いや、ヨコヅナは素人と呼ばれるような実力では…」

「素人よ。ニーコ村に居たときはただの農民だったのだから」

「……コフィーもヨコヅナに膝をつかせる事など出来ないだろ」

「そんなことないわよ。さっきもヨコは私の前で膝をついていたわ」

「それは正座させてただけだろ」

「私は軍人ではなく王女だから良いのよ。でもハイネは軍人よね、それも『閃光』の二つ名を持つ将軍」

「しかし…模擬剣だし」

「稽古なのだから当然でしょ。寧ろ褌一丁のヨコヅナの方が不利なぐらいよ」

「……それはそうなのだが…」

「私から言うことは一つよ。勝ちなさい」


 ここまで言われて現状を甘んじるほどハイネのプライドは低くない、ヨコヅナにとってはとばっちりでしかないが。


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 連続の斬撃で意識を上に向けさせたところで、太ももに強烈な下段蹴りを放つハイネ。

 常人では膝をつくどころか、しばらく歩けなくなるほどの威力だが、ヨコヅナには通じない。

 蹴りを喰らっても揺らぐ事もないヨコヅナは、動きが止まったハイネを捕まえに手を伸ばす。

 だが、ハイネも蹴り一発で崩せるとは思っていない。

 回転するようにヨコヅナの手を躱し、その勢いのまま斬撃を放つ、延髄に向かって。


「危ないだなっ!?」


 ヨコヅナは斬撃を擦れ擦れでしゃがんで躱す。

 そして体の向きを変え、立ち上がる勢いでハイネの胴を両腕を大きく拡げ抱え込みにいく。

 ハイネはそれを高く飛び上がることで躱す。

 好機と思うヨコヅナ。

 空中では自由に動けないのが常識だ。

 しかし、常識が通じないのがハイネだ。

 破裂音と共に空中で横に跳ぶ。

 

「ハイネ様もそれ出来るだか!?」


 闘技大会でのトーカのようにではない、明らかに空中でさらに飛んだのだ。

 少し離れたところに着地したハイネは間髪入れず、攻撃に出る。

 先ほどまでと違い足を使ってのヒット&アウェイ、それもヨコヅナの周り360°を『閃光』の速さで動き回る。

 普通に考えて体の向きを変えるだけのヨコヅナの方が、速いはずなのに反応が遅れる。


「速いにもほどあるべ!?」

「決着をつけると言っただろ。今日は本気で倒させてもらう」


 今日もヨコヅナの体には無数の痣が出来ることとなる。




「そろそろ朝飯の時間じゃぞ」


 ハイネが手合わせに来るときはいつもカルレインも同行しており、この言葉が手合わせ終了の合図となっていた。


「はぁ、やっとだべか。今日は長く感じただな」


 ハイネの全方向からの攻撃を耐え続けたヨコヅナ。


「ハァ、ハァ。今日も膝をつかせる事が出来なかったか」


 さすがのハイネも息が上がっていた。

 今日同行しているのはカルレインだけでなく、


「ヨコヅナ様、タオルをどうぞ」


 ヨコヅナを補佐することになったメイド、ラビスも一緒に来て稽古を観ていた。


「ありがとうだべ。でもラビスは仕事の補佐だから稽古に付き合う必要は無いだよ」

「…バカですね~ヨコヅナ様は。デブでバカとか女の子にモテませんよ」

「そこまで貶すなら様付する必要ないんじゃないだか」


 ヨコヅナは様付けする必要はないと言ったのだがラビスはやめない。


「こちらの方がバカにしている感じが際立つでしょ」

「ひどいだな」

「先ほどのおっしゃったことですが、正しい生活無くして仕事で良い結果を出すことは出来ません。もちろん仕事で無理をしなければいけない時もありますが、それも普段から正しい生活を送っているからこそ出来るのです。ならば生活が乱れていないか確認するのも私の仕事です」

「オラにはひどい事言うけど、仕事に対しては真っ当なこと言うだな」


 ちゃんこ鍋を食べた後、大まかに現在の清髪剤の件の状況を説明したおり、ラビスが仕事に対しては真面目なのは既に分かっていた。

 その際にも散々貶されたので、既にヨコヅナはラビスの口の悪さに慣れてきていた。


「おい、ラビス私にはタオルは無いのか」

「私はヨコヅナ様の補佐なので、ハイネ様が風邪をひこうがどうでもいいです」


 ハイネの方を見もせず答えるラビス。


「…信じられないメイドだな」

「信じられないはこちらの台詞です」


 そこでやっとハイネの方を見るラビス。


「ヨコヅナ様を大事な客人と言っておきながらこの手合わせ、正気とは思えませんね」


 ラビスから観ても二人の手合わせの激しさは異常だった。


「これは正々堂々とした勝負だ。不意打ちでナイフを投げる貴様には言われたくない」

「武器も防具も持たず、殴りもしない相手に正々堂々とは、笑える騎士道ですね」

「私は全て許可している、何も知らない貴様が口を出すな」

「分かった上で武器で攻撃していれば一緒です。そんなだから『閃光の馬鹿ハイネ』なんて呼ばれるのですよ」

「そんな呼ばれ方などしていない!」

「喧嘩はやめるだよ」


 どんどん悪化していく二人の会話に、見てられなくなったヨコヅナが間に入って止める。


「ヨコヅナ様、稽古は構いませんがハイネ様との手合わせはやめるべきです。怪我をされては仕事に支障がでます」

「だから貴様が口出しをするな。私とヨコヅナの勝負だ」

「ヨコヅナ様が相手をしなければ、さすがのハイネ様も襲いかかるような狂人ではないと思いますよ」


 ラビスはハイネの言葉を完全に無視してヨコヅナに言う。そんな言われ方をされてはハイネも否定出来ない。

 最初の時は襲われたようなものだった気がするヨコヅナだが、


「今辞めたら逃げるみたいだから、勝負の決着がつくまでは続けるだよ」


 ヨコヅナもまた、捕まえることすら出来ないことを許容できるほど、積み上げてきたものは低くない。


「フフッ、さすがヨコヅナだな…私は先に帰られせてもらうぞ。このままでは本当に風邪をひきそうだ」


 ハイネはそう言って背を向けるが足を止め、


「ヨコヅナ、補佐が必要なら私が用意するしコフィーが文句を言ってきたら私が相手をする。……クビにするなら早い方が良いぞ」

 

 誰を、とは言わず帰路への歩みを再開するハイネ。

 その背中を見ながら、


「…狭量な人ですね」

「喧嘩は困ると言っただよ」

「私も言いましたよ。喧嘩なんてしていませんと」


 そんなことよりと、クビにされる可能性など全く気にしないラビス。


「何故攻撃をされないのですか?」


 ラビスはハイネを捕まえようとするだけで、攻撃しないヨコヅナの考えが理解できない。


「オラは女性を殴りたくないだよ」

「…あれだけ剣を打ち込まれているのにですか?」

「真剣じゃないから死なないだよ」

「そんな言葉を言えるのはヨコヅナ様だけです」


 常人ならとうに死んでいるを思うラビス。


「女性を軽視してるとラビスも思うだか?」


 ヨコヅナ自身はそんなつもりは全くなくても、そう思う女性がいることはわかっている、有能な女性は特に。


「いいえ。ヨコヅナ様のような体格の大きい男性が女性に暴力を振るえば、イメージが悪くなるのは確かなので、そのままでお願いします」


 予想に反して賛同するラビス。


「ハイネ様を女性扱いする必要はないとは思いますがね」

「そんなこと言ったらまた喧嘩になるだよ」


 ラビスからすれば思ったことを素直に言っているだけで、本当に喧嘩を売っているつもりはなかった。


「もう一つ聞きたいのですが…」

「なんだべ?」

「勝負と言ってましたが、決着がついたら何かあるのですか?」

「勝ったら負けた方に何でも命令して良いそうじゃぞ」


 ラビスの質問に答えたのはヨコヅナの肩に飛び乗ったカルレイン。


「ヨコが負けた場合は軍に入隊させられるのじゃ」

「それはこちらとしても困りますね」

「オラは軍になんて入りたくないって何度も言ってるんだべが、聞いてくれないだよ」

「ヨコヅナ様が勝った場合は?」

「まだ決めてないだ」

「…なるほど、納得がいきました」


 ヨコヅナが勝負を続ける事に納得出来てなかったラビスだが、何かに気がついたように言う。


「勝負に勝ってハイネ様にエロい事を要求したいと」

「そんなこと考えてないだよ!?」

「男の人は好きですよね~、美人で強気な女騎士を屈服させてエロい事するとか…」

「だから本当に考えてないだよ!」

「ハイネ様は似合いそうですものね~とか」

「意味が分からないだよ!」

「クククッ……」


 貼り付けた笑みではなく、本当に笑っていたラビスだが、何かに気がついたようにヨコヅナを見つめる。


「どうしただ?」

「血が出ています」


 正確には二の腕の小さな切り傷から出てる血を見つめていた。


「刃を潰しているのに何故か切り傷が出来るんだべ」

「ハイネ程の剣速と剣技があれば可能じゃ」

「……」


傷口を見つめ、手を伸ばそうとするラビス。その手をやんわりと遮ぎるヨコヅナ。


「この程度大丈夫だべ、血で汚れるだよ」

「…そうですか」

「……さっさと帰るぞ、腹が減った」

「そうだべな」


 帰路へと歩みを進めるヨコヅナの一歩下がった後ろをついてくるラビス。


 ラビスの視線はまだ傷口から外れていない。


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