第59話 間違ってないじゃろな


 ちゃんこ鍋屋を開業する事に同意したものの、ヨコヅナには懸念点があった。


「清髪剤の方はどうするですだ?」

「もちろんそっちもヨコがやるのよ」

「…今より遅くな」

「遅くならないように頑張りなさい」

「いや、ですだが…」


 経営者というものがどう頑張れば良いのかさえ分からないヨコヅナには無理難題と言えた。


「派遣する人材には料理人だけでなく、経理や広報を担当する者も送るわ……そうね、二つを同時進行となるとそれでも厳しいでしょうから、補佐も付けることにしましょう」

「補佐?オラの?」

「当然でしょ。誰が良いかしら……」


 コフィーリアは顎に手を当て少し考えてから、面白いことを思いついたという笑みを浮かべる。


「ラビスに任せましょうか」

「ラビスにですか!?」

「本気ですか~!?」


 コフィーリアの人選に驚くヤズミとユナ、その人物のことを知らないヨコヅナは置いてきぼりだ。


「連れてきてヤズミ」

「…分かりました」


 コフィーリアの命令は絶対なヤズミがしぶしぶ呼びに行く。


「誰なんだべ?」

「私専属のメイドよ」

「ん?…それって」


 ヨコヅナはいつもコフィーリアの側にいるメイドのユナを見る。


「ユナとヤズミもそうだけれど、他に8人の専属使用人がいるのよ」

「たくさん使用人がいるんだべな、姫さんは忙しそうだべからな」

「間違ってはいないけれど、専属候補がその倍いるわ、何故かわかる?」

「……姫さんの我がままについて行けなくて、辞める人が多いからだべか?」

「違うわよ」

「姫様が我がままなのは間違ってませんけどね~」

「貴方達二人ちょっと正座しなさい」

「「ごめんなさいだ」です~」


『閃光』にも劣らない速度で謝るヨコヅナとユナ。


「全くあなた達は…」

「姫様つれて参りました」

「お呼びでしょうか、コフィーリア王女」


 ヤズミに続いて入ってきたその女性は確かにメイド服を着ていた。


「…黒いだな」


 ダークエルフのように肌が黒いわけではない、寧ろ肌は白い。

 黒いのは服だ。本来白であるエプロンやカチューシャまでも黒い。

 髪の色も黒いショート。

 最も特徴的なのは目、瞳ではなく眼球自体が黒かった。

 全てが相まって不気味な雰囲気を漂わせている。


「早かったわね」

「直ぐそこで盗み聞きをしていたようです」

「濡れ衣を着せるのはやめてくださいヤズミ、私は何時呼ばれても良いように待機していただけですよ」

「何故呼ばれることが分かる」


 ラビスを呼び出すのは今思いついたのことで、元々予定していたわけではない。


「私は有能ですから」


 理由になっていないが、ラビスはそれ以上説明する気は無いようだ。


「ならその有能なラビスに仕事を命ずるわ」

「どのような仕事でしょう?」

「そこにいるヨコヅナに仕事を依頼することになったから補佐をしなさい」


 そう言われ、ラビスはヨコヅナの方を見る。


「このデb…っかい人のですか?」

「そうよ(デブって言おうとしたわね)」

「……拒否権はありますか?」


 本来王女の部下であるラビスに拒否権などありはしないし、そんな質問をすること自体不敬とも言えるのだが…、


「嫌かしら?」

「私にメリットがありません。……こういうのはどうでしょう?、ヤズミかユナをこの人の補佐にして私がコフィーリア王女の側近になるというのは、まぁそうなれば元に戻ることはないでしょうが」


 ラビスが言いたいのはつまり、自分の方がヤズミやユナよりも有能だから、そんな仕事はどちらかに任せて自分を側近に任命してほしいという事だ。


「相変わらず自信過剰ですね~」

「過剰ではなく、事実です」

「姫様の側近には護衛としての能力も必要になる、貴様に務まるのか」

「それはつまり力づくで奪って構わないということですか?」


 今にも戦闘になりそうなほど険悪な二人。

 側近、専属以外に専属候補が20人もいる理由、それは競わせる為だ。

 コフィーリアは努力を怠らず、成長しようとする者を好む。

 側近、専属になっても、替りはいくらでもいる状態にすることで、地位に満足して専属達が怠慢にならないようにしているのだ。


「あなた達、今は客人がいるのよ、控えなさい」


 その言葉を聞いて(一応オラのこと客と思ってくれてるんだべな)とか思ったヨコヅナ。


「ラビス、この仕事を成功させたら側近にする事を考えましょう。断ったら降格よ」

「……仕事の内容が分からないことには了承しかねます」


 降格と言われても直ぐに首を縦に降らないラビス。


ずは私にもちゃんこ鍋を食べさせて頂けませんか?」

「貴様やっぱり盗み聞きしていたな」

「たまたま聞こえただけですよ」

「納得して仕事にあたる方が良いのは確かね……ヨコ、今からちゃんこ鍋を作ってくれるかしら?」

「師匠、ちゃんこ鍋を作るのでしたら自分も手伝います」


 寝不足でうつらうつらしていたヨルダックが、ちゃんこ鍋を作ると聞いて立ち上がる。


「仕込みが必要だから直ぐには無理だべ」

「そこに美味しさの秘密が!」

「まぁ仕込みは大事だべ。ハイネ様の屋敷には仕込みの作り置きがあるから、取りに行けば作れるだが…」

「だったら今からハイネのところに行きましょう」


 取りに行ってまた戻ってくるのも手間な為、皆でハイネの屋敷に行くことに決めるコフィーリア。


「しかしこの後のご予定が」

「全てキャンセルしなさい」

「ですが…」

「私もちゃんこ鍋が食べたいからキャンセルよ」


 そんな理由でキャンセルして良い仕事ではないのだが、言い出したら聞かないことをその場の皆が知っていた。


「やっぱり辞める人が多いからってのも間違ってないんじゃないだべか」

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