第54話 さすがじゃの
「姫さんもお祭見て回ってるだべか?」
「式典会場までの行く道にあったから寄ったのよ……いい匂いね」
コフィーリアはヨコヅナか売っているちゃんこ鍋を観る。本人は公言したことはないが周りの者の認識ではかなり味にうるさい美食家だ。
だが、色々な料理を食べてきたコフィーリアでも、ちゃんこ鍋と言う料理は聞いたこともない。
馬車を降りた甲斐があったと楽しい気分になってきたコフィーリアだったが、
「おい貴様!コフィーリア王女に向かってなんだその口の聞き方は!」
メガロの怒鳴り声で台無しになる。
「止めなさいメガロ」
「しかし、姫さんなどと気安く」
「私が誰になんと呼ばれようとあなたには関係無いわ、さがりなさい」
コフィーリアに睨まれるように言われ、おとなしくさがるメガロ。
「……姫さんって呼ぶの止めた方がいいだか?」
「そのままで構わないわ。それより私にもちゃんこ鍋を貰えるかしら」
「はいですだ、あ、でも今並んでる人達の後になるだよ」
「コフィーリア王女に並べというのか!?ふざけ」
「さがってなさいと言ったはずよ!」
「うぅっ」
先程よりも強く言われしぶしぶさがるメガロ。
「…先に待っていた客が優先なのは当然、でも私はこの後用事があるのよね」
コフィーリアは並んでいる客達の方を向いて、
「先に買わせてもらいたいのだけれども、良いかしら」
笑顔でお願いをする。
言われた方には命令にしか思えないお願い。
「「「「「「どうぞ、どうぞ」」」」」」
練習したかのような一矢乱れぬ動きで先を譲る並んでいた客達。
「ありがと、優しい方達ばかりで嬉しいわ。これで文句ないわねヨコ」
「ははは、さすがだべな。何人分ですだ?」
連れが多いようなので他の人も食べるのかと思ってそう聞くヨコヅナ。
「ヤズミとユナはどうする?」
「はい、頂きます」
「食べます~」
「モルとメガロは?」
「僕も食べます」
「私はけっこうです」
「では4人分お願いするわ」
執事とメイド、モルドライトの分も含めての4人分。
「分かりましただ。ちょっと待ってだべ」
話が途切れたところで、タイミングを見計らっていたモルドライトが前でる。
「姉上…」
「初対面だったわね、紹介するは私の弟よ」
「はじめまして、モルドライトと申します」
「オラはヨコヅナ、はじめましてだべ……姫さんの弟ということは王子様だべか」
「ええ、一応、ですが姉上とも気軽に呼び合っているようですし、僕のことも
「良いんだべか?」
その問にまた要らぬ口を出すくだらない男。
「良いわけないだろ、常識がないのか!!」
「三度目よメガロ」
再々度口を出してきたメガロを見て、冷たい目になるコフィーリア。
「さがらせなさいヤズミ」
「はい」
コフィーリアの側近執事ヤズミが命令を受け、メガロに腕を向けて指を動かす。
「おぅ!?…うがっ!?」
触れてもいないのにメガロの両腕が後ろに回され、首を仰け反らされる。
よく見るとメガロの首に細い食い込みが出来ていた。
「動かないでください、もがく程苦しくなりますよ」
「わ、私にこん、なこと、をして」
「私にとって姫様の命令が絶対です。命令が出ればこのまま締め殺すことさえ躊躇しない」
感情の籠らない声からその忠告が本気なのが分かる。
「良いですよ、僕もヨコヅナ君と呼ばせてもらいます」
そして後ろで呻いているメガロを完全に無視して話を続けるモルドライト。
「……そうだべか、分かっただ」
ヨコヅナは後ろの様子に目を見開きつつも、関わらない方がよさそうだから無視することにした。
「姉上から話を聞いて、一度会ってみたいと思っていたのですよ」
「オラの話?……説教された上に腹を殴られた時の話だべかな」
「…それは聞いてませんね、姉上ならやりそうですが…」
「じゃあ……断って良いって言うから断ったら、足を蹴られた時の話だべかな」
「…それも違いますね。姉上でしたらやりかねないですが…」
「それじゃあ……感謝の礼を述べたと思ったらやっぱり腹を殴られた時の話だべかな」
「…暴力的な姉ですみません。弟として代わりに謝罪します」
二人の会話を聞いて頬を引きつらせるコフィーリア。
「貴方達、私に文句があるなら面と向かって言いなさい、聞いてあげるから」
「いえいえ、そんな」
「姫さんに文句だなんて」
「「あっても言ったら腹を殴られます」だ」
完全にハモるヨコヅナとモルドライト。
「「はははははは!!」」
「何で初対面なのに仲良いのよ」
「……何故かヨコヅナ君とは近い物を感じますね」
「共通点なんてないのに不思議だべな」
見た目、家柄、生活環境、全てにおいて違う二人だが、目に見えないは共通点はあった。
モルドライトの趣味は絵とガーデニング。
休日は庭師に自分の好みに造園してもらった庭で絵を描いてのんびり過ごすことが好きだった。
「二人共のんびりしているものね」
「よしと、出来ただよ」
ちゃんこの入った器をコフィーリア達に渡す。
「この出汁は何から取っているの?」
「鶏ガラだべ」
コフィーリアが知っている鳥の出汁より透き通っており、食材の彩が生きて食欲を沸かせる。
まずは出汁を、その後いくつかの具を口に運ぶ。
皆がコフィーリアの注目する中…
「美味しいわ」
「おぉぉ~」とただ一言感想を言っただけなのに周りから響めきが起こる。
中でも驚いているのは普段のコフィーリアをよく知る三人。素人の料理を食べて褒めるなどありえないとさえ思えた。
「口にあったようでよかっただ」
コフィーリアが食したのを見て他の三人もちゃんこを口にする。
「あぁホントだ、美味しいですよヨコヅナ君」
「……優しい味ですね」
「モグモグモグモグ、ゴクンっお替りくださ~い」
三者三様の反応で好評し、コフィーリアの側近メイド ユナに至っては既にお替りを頼んでいる。
「喜んでもらえて嬉しいだよ」
「評判が良ければ本格的に店を出そうと考えているのだったわね」
祭で人が多くなっているとはいえ屋台で客が並ぶぐらいなのだから、すでに結果は出ていると言っても良い。
しかし店を持つとするなら問題は、
「特に高級な食材は使っていないようだけれど種類は多い、何より手間がかかっているでしょ」
「そうだべな………はいお替りだべ」
「わ~い!モグモグモグ」
ヨコヅナは大体の仕込みにかかった時間を話す。
「…それでこの価格は安すぎるわね、ほとんど儲けは無いのではないかしら」
「どうなんだべカル?」
「全て売り切れたとして、もろもろの費用を引いて残るのは三人が三日間働いた平均的な日給分ぐらいじゃな」
つまり仕込みにかかっている時間を含めると日給分にすら足りない。
本格的に店を出すなら費用も屋台の比ではない。
それに売り切れたらとはリスクも高い。
「手間を減らして質を落とすか、数量を限定して価格を上げるなどしなければ店の経営は難しいわね」
カルレインが言っていたのとほぼ同様の結論に達するコフィーリア。
「う~ん……美味しくない料理を売る気にはならないだよ。でも出来れば安くてみんなに喜んで貰える方が良いですだな」
「…他に腕のいい料理人が後二人程いれば話は変わってくるでしょうけど…」
「お替りくださ~い」
「早いわね」
安く美味しいちゃんこ鍋を目玉に、他の料理を割高にする方法もある。
だが、明らかにヨコヅナ一人では手が回らない。
「料理人に知り合いはいないだな」
婆やはあくまで今回だけの臨時の手伝いなので数に入れるわけにはいかない。
「でしょうね。だとすると今のようにたまに屋台を出すしかないけれど……でもまぁ急いで決める必要はないわね」
「そうだべな……はいお替りだべ」
「よく食べるわね」
「美味しいからいくらでも食べれます~」
「気に入って貰えたようで何よりだべ。…お代はカルの方にお願いしますだ」
今までの対応もそうだが、ヨコヅナは王女だからと特別扱いする気がなかった。
「き、さま!、王女か、ら金、ぐえっ」
懲りもせず口を出そうとしたメガロの首がさらに締まる。
常識的に考えて王女が客となれば奢るのが当たり前だ。
恐れ多いというのもあるが、奢ることで後にそれ以上の見返りを期待するからだ。
だがヨコヅナは良くも悪くも何も考えてない。
「屋台で物を買えば代金を払うのは当然ね」
「では私が…」
お金を払う為に前に出ようとしたヤズミだが、コフィーリアが手ぶりだけで止める。
「ヨコ、あなた私の依頼をすっぽかしてニーコ村に帰ろうとしていたそうね」
ヨコヅナはその言葉を聞いて目に見えて
依頼とは言うまでもなく清髪剤のことである。
「べ、別にすっぽかそうとしたわけじゃ…」
「私が催促するまで全く手をつけてなかったようだけど」
ここで忘れていたなんて言えば、どんな目に合わされるか分かったものではない。
「で、でも、今は頑張ってるだよ」
「へ~そう…だったら私のところに回ってきた報告書に載っている進捗状況が、予想の三割以下なのは、何かの間違いかしら?」
今までとは違う冷たい汗がとまらない。
「あ、いや、それは……」
「それは、何かしら?」
コフィーリアは笑顔なのだが目は決して笑ってはいない。
ド素人のヨコヅナが責任者をやって進捗が遅れるのは当然なのだが、そんな言い訳が通じる相手ではない。
「……ここ奢りにしますから、許して欲しいですだ」
「フフフ、そう言うなら仕方ないわね~。屋台を出すことは許可したわけだし、美味しいちゃんこ鍋に免じて許してあげましょうか」
「はぁ~姉上、あなたという人は…」
自分で価格が安いと言っておきながら、その代金すら踏み倒すこの御方は、
ワンタジア王国第一王女、コフィーリア・ヴィ・ダリス・ワンタジアである。
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