第29話 ちゃんこ鍋のためじゃと思うぞ


 老婆は倒れている三人に近づき、怪我をしている部分に手を当てる。

 魔法によって怪我が治癒されていく。

 老婆は戦うために来たのではなく、回復役として来ていたようだ。


「君の傷も治してあげますよ」

「必要ないだよ……今日はどうするだ?」

「もちろん食べていきますよ。それもここに来る理由の一つですから」


 老婆はそう言って懐から袋を取り出しヨコヅナに渡す。

 中に入っているのは金貨だ、それを見てヨコヅナは顔を歪める。


「多いだよ」

「多い分には問題ないでしょう、君の料理にはそれだけの価値があります。あと迷惑料も含んでいますから」

「迷惑だと分かっているなら来ないでほしいだよ」

「それは出来ません。我らの一族は戦士であることに誇りを持ってます。代を変えたとは言え負けたままでは終われません」


 ダークエルフ達の奇妙な関係はヨコヅナの父親から続くものであった。


「……できるまで時間が掛かるから、それまで壊した小屋の修理をしといてくれだ」

「ほほほっ、楽しみにして待ってますよ。ほらお前達さっさと取り掛かりなさい」


 老婆は倒れていた男達をペシペシとハタいて小屋の修繕をさせる。


「何を作るのじゃ?」


 家に向かうヨコヅナについてきたカルレインがそう聞く。


「ちゃんこ鍋だべ。あの連中が来たら戦って倒してから、お金貰ってちゃんこを作ってやる決まりになっているだよ」

「…変な決まりじゃな」

「オラもそう思うだが、親父のときからなんかそんな風に決まってるだよ」


 ヨコヅナは家に入る前に後ろを振り向き、


「なんでついて来てるだ?」


 これはカルレインに対して言ったことではない、何故かついて来たナランジャに対してだ。


「……料理を作るのを手伝ってやる」

「金貰ってるから待ってたらいいだよ」

「…どうすればあの美味い鍋料理が作れるのか知りたいんだ」

「普段から料理をするだか?」

「ああ、料理を作るのは好きだぞ」


 ヨコヅナは少し考える素ぶりをし、


「まぁ大丈夫だべかな。手伝って貰うだよ」

「ああ……え~と、その」

「なんだべ?」


 何か言いたげなナランジャ。


「……ヨコヅナ」

「?……だからなんだべ」

「ふふふっ」


 何故か名前を呼んで嬉しそうに笑う。


「なんでもない。……ヨコヅナの強さの秘密をあばかせてもらおう」

「はははっ、ちゃんこ食べたら強くなれる思ってるだか」


 体作りにおいて料理は重要である為、ナランジャの考えは見当違いではない。

 そんな楽しそうに見える二人を殺気のこもった視線をおくるダークエルフの男三人、正確には殺気はヨコヅナにのみ向けられているが…


「余所見している暇はありませんよ」


 三人はペシペシと老婆に頭叩かれなが小屋の修繕をせかされる。




 ダークエルフ達5人にちゃんこ鍋を振舞う。


「ほのほんながへふはっははらほうなふはほほおっはは、ふはふへふほ」

「カルが作るより全然マシだべな」

「はんひゃほ!!?」


 当然のようにカルレインも食べているのだが、それは予想済みで多めに他の料理も作っている。


「ヨコヅナも座れ」


 自分の横に座るように促すナランジャ。


「オラは先に片付けするから気にせず食べるだよ」

「そんなものは後でいいだろ」

「ほほほ、良いではありませんか、皆で食べましょう」

「……分かっただよ」


 ヨコヅナは渋々と座りみんなで鍋を囲むこととなる。

 いつもヨコヅナとカルレインだけなら広い家も七人もいれば手狭だ。


「ほほほっ、今日の鍋も美味しいですね。料理の腕はもう先代を超えたのではありませんか」

「そう言ってもらえると嬉しいだよ」

「手伝って分かったが、ヨコヅナは料理を作るときはとても丁寧で繊細だな」

「雑に作ると無駄多く出るだよ。それは食材に失礼だべ」

「出汁一つにしても手が込んでいる」

「美味しいちゃんこを作るには出汁は重要だべ」

「…その、私が作ったものはどうだ」


 並んでいる中にはナランジャが作った料理が一品ある。

 一つとって口にするヨコヅナ。


「……うまく出来てるだよ。ただ…」


 普段から料理をしていると言うだけあってそれは美味いと言える料理なのだが、


「殺気を飛ばすの辞めさせてくれないだか、美味しく食べれないだよ」


 ダークエルフ三人から常に殺気を向けれていては味も楽しめない。


「おい、お前達やめないか!」


 ナランジャに一括されて殺気を収める三人。

 先の決闘で怪我を負おうと、後の食事の場には持ち込まない決まりになっていた。

 それは三人とも分かっている。


「すまないな、ヨコヅナ」

「嫌なら食べなきゃいいだよ」

「こいつらも美味しい鍋を喜んでいるんだ、そうだろ」

「…美味しいです」

「右に同じです」

「左に同じです」


 仏頂面で答える三人ではあるがこの言葉に嘘はない。

 金を出しても食べたいと思える程、ちゃんこ鍋が美味しい事は認めているし、実際は箸は止まっていない。

 敵意をむき出しにする理由が他にあるというだけで。


「……奇妙な関係じゃの」

「ほほほっ、やはりあの約束は効果覿面ですね」




 なんやかんやとありながらも食事が終わり、ダークエルフ達はヨコヅナの家を出る。


「ではまたな、ヨコヅナ」

「ちゃんこを食べにだけなら、また来てもいいだよ」


 無駄だと思いながらも言ってみるヨコヅナ。


「ふふっ、それは出来ないな」


 ナランジャはヨコヅナに槍を向ける。



「覚えておけ、お前は私が倒す」



 そう言い残しダークエルフ一行は帰っていった。




「はぁ~、全く困った連中だべ」

「対武器の訓練相手と思えば良かろう」

「殺る気満々の訓練相手なんていらないだよ」

「男三人はそうじゃったが…」


 カルレインは考えるように手を顎にやり、


「ナランジャとかいう娘はヨコに好意があるのではないか」

「…まさか。好意のある男を槍で串刺しにしようとする女なんていないべ」


 刃は潰していたのかもしれないが、あの勢いで突かれればただでは済まない。


「周りにイケメンが大勢いるんだからオラなんて…」


 ダークエルフの男は皆整った顔をしており、人間基準ではイケメンということになる。

 ただそれはあくまで人間基準でありダークエルフの基準でイケメンはまた違ったものになる。


「なんじゃ、微妙に不機嫌だと思ったらそういうことか」


 ヨコヅナからすれば、恨まれる覚えも無い武器を持ったイケメンに集団で襲われたのだから不機嫌になるなと言う方が無理である。


「じゃが常にイケメンだけがモテるとは限らんぞ」

「そうだべか?」

「うむ、少なくとも我はあの三人よりヨコの方が良い男だと思っておる」

「ははは、ありがとうだべ」

「だから良い男のヨコよ、ちゃんこのお替りを頼むそ。我の取り分が少なくてな」


 金を出したダークエルフのために作ったのだから、カルレインの分は少ないのは当たり前なのだが…


「作ってくれなかったらヨコの良い男度、50%はダウンじゃぞ」

「ちゃんこの割合多いだよ!?」

「ダークエルフもちゃんこ鍋を作らないと言ったら来なくなるのではないかの」

「それはないべ……と、思うだよ」


 あの食べっぷりから絶対にないとは言い切れないヨコヅナ。

 だがヨコヅナが想像もしない形でダークエルフとのこの奇妙な関係はこれで最後となる。

 平穏でのんびりした生活の劇的な変化によって。

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