閑話 とある部屋の朝

 ※やや直接的な性描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。





 朝になるとちょうどベランダにすずめがとまってチュンチュン鳴き出す。僕はその鳴き声を聞いて、薄く目を開けた。同時に、いつもより息苦しいのに気が付いた。


「んっ……」


 乾いた喉から出る、胡桃くるみの表面を爪でなぞったような音。


「葵……?」


 僕は息苦しさの正体に気が付いた。いつも添い寝をしている彼女が、僕をいつもよりもずっと強く抱き締めている。


 まったく、可愛いなぁ……。


 僕は彼女の腕を少し解いて、彼女の頭に手を当てた。小さい頃から一度も染めたことがないという黒褐色の髪に指をからめてゆっくり撫でおろす。


「みなとぉ……」


 緩まった僕らの間を、彼女は締め直した。


「起きてたの?」


 目を閉じたまま、彼女は頷く。


「変な夢見て、怖くなっちゃったから……」


「夢?」


 葵は薄く目を開いた。キラキラと輝く二つ銀河が、僕を見つめている。


「湊が、いなくなっちゃう夢」


「えっ」


 なにその物騒な夢。


「いきなり湊の声が聞こえなくなって、私の声も届かなくなって、どんどん見えなくなってくのっ……。寂しくて、寒くて、すごく怖かったっ」


 僕の身体にぎゅっと顔を押し付ける葵。柔らかい肌の感触の中に、涙の冷たさが響く。


「葵……」


「起きたらちゃんと湊が隣にいたから、夢だったんだって思って」


「僕はいなくならないよ、葵。ずっとそばにいるんだからさ」


「これからも……?」


「これからも」


 僕は彼女の瞳の向こうをしっかりと見つめた。同じように僕を見つめていた彼女は、ほだされを解いて甘い息を吐いた。


「……すきっ」


 口元を手の甲で隠して、恥ずかしそうに目を横に流す。彼女のそういう表情を見るたびに、僕は彼女のことが大好きなんだと何度も確認する。


 出会えてよかったと。


「僕も」


 僕は口元を隠す彼女の手首を摑んで、枕元に抑えつけた。それからあらわになった彼女の唇にそっと触れた。


 触れて、求めて、葵は僕の下唇を少しだけ噛む。


 僕は顔を離した。紅潮した互いの頬を見つめて、心の内を透かす言葉を探す。


「……する?」


 彼女は首をこてんと傾けてそう言った。僕は微笑みを頬の裏に含みながら彼女の首元へ唇を運ぶ。


「朝から? 昨日の夜もしたばかりなのに?」


 口ではそう言っておく。


「だ、だめっ?」


 彼女の匂いで肺を染める。


「……だめじゃないよ」


 僕は耳元に囁きを置いて、彼女の胸に優しく触れた。恍惚とした表情の可愛げな女の子は東雲しののめの紫に声を漏らす。


 お互いの温もりが確かにそこにある、部屋干しのTシャツのようにわかりやすく幸せがぶら下げられた部屋。官能夢とらうむの中に飛び込んだ二人の、唇を重ねる音が密かに広がっている。


 好きだよ、葵。


 彼女の中で、僕は幾度もそう伝える。

 いつもそこにある愛の、それが消えて無くなることのない保証を、お互いにどこまでも求めたかったから。





◆次回予告


 閑話 夏への好奇心  2020年11月12日午後10時公開

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