第三話 摂血族
「せ、せっけつぞく……?」
「はい。血を摂るって書いて、摂血族です」
民族みたいなものか?
俺の頭の中は疑問符でまみれた。
「人の血を吸って栄養にして生きてる種類の人間なんですけど……」
吸血鬼ということか?
「し、知らない……」
「ほ、ほんとですかっ」
彼女は表情をぱっと明るくした。どうやら知らなくてよかったみたいだ。
とん、という音を立てて、美少女は席を立った。
「私、ラミって言いますっ。その、摂血族ってやつなんです」
「えっ」
それじゃあ。
「君は、人の血を吸って生きてるの?」
「はいっ」
ラミは高い位置で結んだ髪のしっぽがぴょんと跳ねるほど頷いた。
「いや、はい、じゃなくてさ……」
だとしても、理解が追い付かない。ラミっていう名前はなんだかそれっぽいけど、人の血を吸って生きるだなんてそんな作り話みたいなことあるわけない……。
「あ……」
もしかして。
「俺の親指咥えてたのって」
彼女は、はっと口を開いて頬をほんのり染めた。
「あっ、えっと……ごちそうさまでしたっ」
「……吸血してたの?」
「はい。おいしかったですっ!」
おぉ、それはお粗末様でした……じゃなくてっ!!
俺はラミが咥えていた親指に目をやった。
「血を……」
「摂血の時にできる傷口は、唾液で瞬間完治するので、痛みとかはなかったと思うんですけど……もしかして、跡残ってますか……?」
ちょっと待て、さらっとすごいこと言ってるな。
「いや、大丈夫なんだけどさ……」
彼女はほっと胸を撫でおろした。非現実を当たり前のように流す彼女だが、その
「あ、そういえば、お兄さんの名前は何ていうんですか?」
「え、俺?」
まだまだ聞きたいことがあるのに、完全に相手のペースに持ってかれてしまっている。
「翔太……。凪崎、翔太」
「翔太さんですかっ。優しいお名前ですねっ」
彼女は胸の前で手を組んで首をこてんとさせた。
「や、優しい、か……?」
名前を優しいと言われたことはないのだが。
っていうか、この子なんでこんなに心開いてるの? 急に?
俺、別に大してことしてないし、彼女のこと全然知らないのに。
「ちょ、ちょっと状況があんまり理解できないから、色々聞いても、いい?」
「え、はい……い、いいですよっ」
彼女は少し恥ずかしそうにして、もう一度食卓の椅子に腰かけた。話しやすいように、俺も反対側に座る。
「まずさ、ラミは、何歳?」
「えっ」
彼女はぴくりと跳ねて、恥ずかしそうに目を泳がせた。
「え、あ。ごめんっ。女性に
どう考えてもそれは今する心配ではないのだが。
「いや、あの……お父さん以外に名前で呼ばれたことなくてっ……」
あー……ね。でも、そう呼ぶしかないやんね?
ラミは人差し指で唇をなぞると、両手を広げて指を折り始めた。
「えっと……今、16です」
はい、
「未成年じゃん。やっぱ警察届けないと……」
「だ、だめですっ」
「なーんで?」
俺は取り出したスマホを食卓に置く。
「摂血族は、ばれちゃいけないんです……」
「え?」
存在を、ということか。
「そもそも戸籍がないので個人情報を全く持ってないんです。別にどこも保護してくれません。だからこうやって、一般の人に手を借りて生きるしかないんです。それにもし公になって広く知られてしまったら、私たちは生きていけなくなるんです……」
「生きていけなくなる……」
それは彼女の命を奪おうとしていた奴らも関係があることなのか。
「でも、俺にばらしちゃっていいの? 今の時代ネットがあるから、一般人だったとしても情報がありえないほど広まることもあるよ?」
そんなファンタジーな話、
「それはっ、賭けです……」
「賭け……?」
「私はもう、一回見つかってしまいました。一人で生きるために持ってた荷物も全部奪われちゃって……。逃げきれたけど、もう誰かに頼るしかないんです。だからその……」
美少女は瞳で俺を捕まえる。
「もしかして、俺に助けてもらおうとしてる?」
「お願いしますっ」
彼女は食卓に小さな手をそろえて、勢いよく頭を下げた。
「もし翔太さんが、私のことを周りにばらしてしまうような人だったら、私の賭けは失敗です。でもそもそも翔太さんが助けてくれなかったら、なかった命なので……」
だから俺に、命を賭けたのか。
咄嗟とはいえ助けてくれた俺を信じて。助かったことが奇跡なんだとしたら、その奥の奇跡を信じてみてもいいかも、と。もともと死ぬような運命だったから、俺が原因で死ぬことになっても結果は何も変わらないのか。
俺が摂血族のことを知らないと言って、彼女が俺に心を開いたのは、何も知らない俺にすべてを賭けるため。
「本当は一度見つかったら、逃げきれないんです。そうやって奪われてきた仲間がいるって聞きました」
彼女の一存を、俺が決めるのか……。
「迷惑かけませんっ。一日ちょこっとだけ血をいただければ生きていけます。それも貧血になるような量じゃないです。休日に遊んでくださいとか言いません。なんでもするので、この家に置いてくれませんか……?」
出た。なんでもする。
あんまり女の子から聞きたくない言葉なんだけど、まあ16歳だからそっち系にはいかないか。だとしても裁かれそうで怖い。
「あ、あのさ……」
「はい?」
彼女はぱっと
「なんで、ラミは死にそうになってたの? あの追いかけてたやつらは何? あいつらがラミの命を狙ってたってことなんでしょ?」
「それは、えっと……」
彼女は顎に指を立てて、困ったような顔をする。
「い、言えません……」
「え」
言えない……?
「でも君を守る以上は知らないとやばいんじゃないの? あいつらがいるってことはラミは俺の家から一歩も出れないんじゃん? 顔も把握されちゃってるんでしょ?」
別に可愛い女の子に指を咥えられるくらい嫌だとは思わないし、彼女を
「い、色々あるんですっ、摂血族には……。あの人たちは私たちを悪用するために、私たちを探して捕まえに来るんです」
「悪用、か……」
まあ女の子を捕まえてあれこれする時点でなんとなく察するものはある。この子たち戸籍ないみたいだから、それも考えると……。
殺されるって言ってるからそれ以上の何かがあることは確かだけど、どっちみち悪い奴らであることに変わりはないのか。でも摂血族の存在は世の中で公認されてないから、別に犯罪になるわけじゃないし、警察も逮捕してくれないわけで。
「うん……まあ、俺は大丈夫だから、とりあえず今日はうちに泊まっていきな。ラミのことも晒したりしないから、安心して」
「ほ、ほんとですかっ!?」
「うん」
いまいち彼女がなんなのかわからない部分はたくさんあるけど、直感的に悪さをするような子ではなさそうだから、家に置くくらい大丈夫だろう。
「ただ、まだ気になることはたくさんある」
「っは、はい……」
ここにいれることが分かって声も顔も明るくした彼女は、またしゅんと小さくなって俺を意識深く見つめた。
「わけのわからない子をうちに置くのは危険どうこうより少し気持ちが悪いからさ、できるだけいろんなことを教えてほしい。もちろん情報は外には出さないし、教えたくないことは拒否権使っていいからさ。ね? ラミをここに居候させるかどうかは、それからちゃんと決めるよ」
「わ、わかりました……」
俺は時計を見た。四半周あまりを
「とりあえず、日曜で俺もずっと家にいるから、詳しい話は明日しよう。俺、もうねみぃわ……」
「そ、そうですねっ。ほんとにごめんなさい、迷惑かけて……」
彼女は立ち上がって、ペコリと頭を下げた。
身寄りのない不安定な境遇にいるにしては人間としてかなり出来ている子だ。野生感が全くなくて、気分も悪くならない。不思議な女の子だなぁ。
って、何を上から。俺は人の出来を査定できるほど優れた人間じゃねーんだった。
「全然大丈夫だよ。ラミも疲れたでしょ? 俺、こっちのソファで寝るから、ベッド使って」
「えっ」
顔を上げて何やら俯いていた彼女は、俺の言葉に視線を上げた。何か言いたげな彼女を遮って、机の上のスマホが鳴る。
「あ、ごめん」
俺はスマホをひっくり返して画面を見た。
[明日、合コンすんだけど来ねぇ?]
こいつはまったく年何回合コンしてんだよ。もう持ち帰りしきれねんじゃねーか?
「あ、あのっ……」
目の前の女の子が声を発する。
今は合コンなんかよりこの子のことを考えてあげなくちゃいけないな。
「一緒、じゃダメですか……?」
「んぇ?」
◆次回予告
第四話 身の上 2020年10月21日午後10時公開
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