第72話 距離感
「あら、話が分かるじゃないの、ジェーン! そうなのよ、聖女の国はパイが最高に美味しいのよ! ブルーベリーやチェリー、変わり種だとイワシのパイとかもあったわね。どれもペロリといけたわ!」
「い、いえ、私は書物で齧った程度の、拙い知識しかありませんので…… それよりも、アーク様こそ情報通にして食通です。彼の国のイワシパイは店によって当たり外れが大変大きく、旅行者はなかなか手が出せないんだとか。定番のフルーツ類だけでなく、憶する事なく挑戦されるその姿勢、とても憧れてしまいます。恥ずかしながら、私は好き嫌いが多いものでして……」
「へー、そうだったの? 全部美味しいと思ったのだけれど」
「それも才能だと思います。アーク様は幸せになれる達人です」
「そ、そう? うん、そうかしらね! いえ、きっとそうね!」
あれから三十分ほどが経過した。最初こそ危なっかしい会話をしていた二人であったが、共通の話題を見つけたアークとジェーンは、そこから急速に仲が良くなった。アークが旅をしていた頃の話をすると、ジェーンはその国の名産について話題を振る。そうそう、あるある! などと、俺には一切分からぬお喋りが続きに続き、今もなおその勢いは持続しているのだ。ここまで距離が接近すれば、もう俺の仲介役としての職務はお役御免も同然だろう。
……まあ、背もたれを盾として標準装備している姿勢は、二人ともそのままなんだけど。
「なあ、盛り上がっているところ悪いんだけどさ、そろそろ普通に椅子に座って歓談してくれないかな? お喋りの内容と体の姿勢に、著しい違和感があると思うんだ」
「ウィル、何言ってるのよ。長年付き合ってきたトラウマが、そう簡単に治る訳ないじゃないの」
「わ、私もまだ、ここから出るのはちょっと躊躇いが……」
「ええっ……」
あれだけ仲良さ気に会話してたのに? い、いや、否定的に捉えるのは止めておこう。人見知りやトラウマが、解消に向けてこれだけ前進したと考えれば大したもんだ。もんなのだ。
「そ、そうじゃあ、この機会にお互いのステータスを見せ合いっこするのはどうだ? 具体的な指標があれば、相手の事をもっと理解できるだろ? ジェーンのステータスは、俺もまだ知らないし…… あ、もちろん個人情報だから、二人が了承すればの話だけどな」
「むっ、それは良い案ね! 私は構わないわよー」
「私もしたい、と、思います……! この姿になって、以前よりもできる事が増えたんです。その中で何か、ウィル様やアーク様の…… その、お役に立てる事があるかも、しれませんので……!」
ジェーンが勇気を出して、背もたれ盾から気持ーちだけ顔も出してくれる。
「ウィル、この子ったら普通に良い子よ?」
「だから来る前から言ってんじゃん。良い子だって」
アークの中で意識改革が進んだところで、ステータス交換を行う。俺も興味があったので、ジェーンとステータスを交換させてもらった。
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ジェーン 18歳 女 エーデルガイスト 司書
HP :30/30
MP :80/80
筋力 :F-
耐久 :F-
魔力 :B
魔防 :E--
知力 :B-
敏捷 :D-
幸運 :D
スキル:地縛霊C
スキル:光魔法C
スキル:多感肌A
装備 :ファントムドレス
幻影の髪留め
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「お、おおっ!?」
ジェーンのステータスが予想以上に高くて、思わず変な声を出してしまった。魔力と知力がBをキープしているのは相当だ。耐久面に不安があるものの、単純な物理攻撃なら『地縛霊』のスキルで無効化される。魔法にさえ注意すれば、クリスに次ぐ魔法使いになるんじゃなかろうか? それに、他のスキルだって───
「───ああああ、あの、あのあの…… ウィル様とアーク様、ステータス値がとんでもない事になっているのですががががが……!? と、特にアーク様の、え、Sが二つにAも!?」
おっと、驚いているのはジェーンも同様だった。
「大丈夫よ、今はこの鉄球のせいで大分落ちてるから!」
「アークさんや、それ何が大丈夫なん? まあでも、気持ちは分からなくもない。俺も最初にアークのを見た時は、自分の目を疑ったもんだったよ。別に表示が間違ってる訳じゃないから、安心してその事実を受け入れてくれ。努力すれば、まあ何とか受け入れられるもんさ!」
「ど、努力します…… ですが、これは本当に凄まじいですね……」
アークの能力について一頻り説明し、これまた一頻り驚いてもらったところで、今度はジェーンに対しての質問タイムへ移行。そして、早速椅子の陰より挙手するアーク。
「はいはい、私から! 職業の司書って?」
「ええと、本の管理者と申しますか……」
「へえ、図書館で働いていたとか?」
「い、いえ、図書館だなんて大それた施設には…… 私、生前は病弱だったもので、あまり外に出る事がなかったんです。家にいる間は書物ばかりを読んでいまして、気が付けば部屋が埋まり出し、職業の記載もこのようなものに……」
「な、なるほど。それで本の管理者か。グレゴールさんがジェーンは色々な学問に精通してるって言っていたけど、その知識は本から得たものだったんだな」
「恥ずかしながら、お父様もお母様も私を甘やかしてくださいまして…… 本当に沢山の書物を買い与えて頂きました」
「うへぇ、私には絶対真似できないわね。文字を読んでると眠くなっちゃうもの。でも、本って高価なものだと馬鹿みたいに高いのもあるわよね? そんなものを沢山買うだなんて、ジェーンの家ってもしかして、すっごくお金持ち?」
「お金持ち、と言えるかどうかは分かりませんが、お父様が薬草からポーションや解毒剤を調合する薬師をしていまして、生活に余裕はあったと思います。簡単な診断もできましたので、お父様は町医者として常に外を駆け回っていました。あの通り温かく真面目なお父様でしたから、街の方々からの評判はとても良かったんですよ。お父様は私の誇りなんです」
「へ~、良い話ね!」
「昨日の宴でグレゴールさんも言ってたっけな、その話。薬の事なら任せてください! って、酔いながら豪語してたよ」
「ま、まあ、お父様ったら……」
やたらと張り切る父親を恥ずかしがっているのか、ジェーンの頬が少し赤くなる。実際のところ、診断と薬の調合ができる人の存在は、途轍もなくありがたい。誰かしらが病気にでもなったら、これまではショップ頼りにならざるを得ない状況だったんだ。それに誰だって、素人よりもプロに薬を処方してもらいたいに決まっている。
「そういえば、さっき生前は病弱だったって言っていたわよね? もう体は大丈夫なの?」
「あ、はい。不治の病と伝えられる難病だったのですが、すっかり治っています。この体になって苦労も色々ありましたが、その点はとても感謝致しました。幽霊ですけれど、血色はむしろ良いくらいになったんですよ」
幽霊だけど、血色は良くなった。うーむ、また不思議ワードが出てきてしまった。でも確かに、ジェーンは色白で肌が透明だけど、病的には感じられない。健康そのものだ。
「これからは外にも積極的に出ようと思っています。えと、この人見知りの癖と相談しながら、なのですが…… 他の皆様とは、まだちょっと恥ずかしいと言いますか……」
「いや、もうジェーンは一番の難所を乗り越えたんだから、クリス達ともすぐに仲良くなれると思うけど?」
「ウィ~ル~、それどういう意味なのかしら?」
「あ、俺スキルについて質問したいな!」
強引に会話の流れを引き寄せ、アークの魔の手を振り切る。やべぇ、危ない危ない。寝不足のせいなのか、つい不注意な発言をしてしまった。
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