第二章 亡霊渦巻く無人島
第45話 プロローグ
薄暗い部屋は散らかっていた。開封しては少し食べ、また新しい袋を開封しては少し食べを繰り返したと思われる、中身がまだ残っている菓子袋の山。放られた衣服は畳まれる事もなく、乱雑に床に放られている。炬燵の上も酷い有り様で、行動スペースと思われる一部以外の場所は無秩序を極めていた。そんなゴミ屋敷一歩手前の部屋の主は炬燵の布団に下半身を埋め、顔の上にちょっとだけ淫らな雑誌を乗せたまま眠っている。それはもうすやすやと、大変安らかに。
───ピンポーン。
静寂の中に響き渡ったのは、ありきたりなインターホンの音だった。その役割はご存知の通り、家の主を呼び出す為の合図を担っている。しかし、当の主は炬燵で横になったまま動こうとせず、Zzz…… という謎の記号を頭上に浮かべている始末だった。まったく微動だにしていない。
───ピンポーンピンポーン。
「ふへへっ…… 今日の私はホリデー、どこまでも怠惰でいるって決めているんですよ~っだ」
「いやいや、起きてるじゃないですか。『創造』さん、居留守はなしですよ」
「うおわっ!?」
突然の来訪者の声に、部屋の主『創造の神』が飛び起きる。淫らな雑誌が宙に舞い上がり、来訪者『秩序の神』の足元へと落下。それを目にした二人は、何と言うか苦笑いを浮かべるしかなかった。
「あ、あははは…… 『秩序』君、不法侵入とは感心しないなぁ。その名が泣くよ?」
「そう思うならちゃんと出てくださいよ。それに何ですか、この雑誌は? 神の名が泣きますよ?」
「え、泣かないよ? 神とは元来えっちぃもんだからね! 私が保証する!」
「そんな力強く言われても、僕が困ってしまいますよ…… ええと、何だか余裕そうですね?」
「そりゃあね~。最初の難関、そもそものサバイバルは無事に切り抜けてくれたみたいだし、『隷属』君の駒を倒すっていう大金星も上げてくれたんだもん。私としてはご機嫌そのものだよ~」
『創造の神』がどうだとばかりに胸を張る。かなり衣服を着込んでいるようだが、その強調具合は結構なものだった。実は大きいらしい。
「僕にはよく分かりませんね。確かに最悪の状況は脱したようですが、それでも出遅れた分を埋め切ったとはとても言えませんよ。近くには僕の駒、それにあの方の駒だっています。まだまだ油断できない状況、むしろ未だ切迫しているとも思えますが?」
「大丈夫だいじょーぶ、気を緩める時はどこまでも緩めるのが私の信条なのさ。それに君は騎士道精神に則って、フェアに戦ってくれるでしょ? 助かるわー、マジ助かる。パリボリパリボリ」
無造作に菓子袋に手を突っ込み、チップス系の菓子と煎餅を一度に口に放り込む『創造』。そんな彼女に、『秩序』はやれやれと首を振るしかなかった。
「……確かに僕のやり方はそうかもしれません。ですが、『海』さんはそうもいかないでしょ。前回の会合の時、『海』さんに随分な事をしちゃってたじゃないですか」
「んんっ? 私、何かしたっけ?」
「してましたよ、思いっ切り。『原初』さんからの敵意、途中で彼を使って身代わりにしていました。流石に気付いていると思いますけど、あれから会合の終わりまでずっと睨まれていましたよ?」
「あー…… まあ、うん。でも仕方なくない? 私みたいなか弱い女の子の盾になれて、優男な『海の神』はむしろ喜んでたと思うよ? 睨んでいたんじゃなくて、彼なりのアタックだったりして! 困るなー、そういうの」
「そ、そうきましたか。どうしたらそんな楽観的になれるのか、後学の為に聞きたいくらいですよ」
「それなら今日は泊まってく? 『秩序』君なら大歓迎だよ。万が一に何かあっても問題ないない!」
「身の危険を感じますので、遠慮します。それに貴女にだって、普段の職務があるでしょうに。まったく…… それじゃ、警告はしましたからね? 自らの駒をしっかりと労わり、正々堂々戦うように」
そう言い残して、『秩序の神』は普通に玄関口から帰って行く。ガチャリと扉を開けた先には、言葉では言い表せない不可思議な空間が広がっていた。
「……正々堂々、ねぇ? 『秩序』君は『慈愛』なんかより、よっぽど優しいんだから。でも、彼の駒の力はえぐいんだよな~。どうっすっかな~…… よし、寝よう!」
彼女はバタリと寝床に倒れ込み、次の瞬間には寝息を立てていた。
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