第43話 海賊旗

 イカダからスタートした我らウィル海賊団(仮名)、その初となる本格的海戦から三日が経った。先の戦いの相手は十三隻もの大艦隊で、終わった後の処理の方がある意味で厄介だった。敵の本丸であったあの巨大船を残して、他の船はほとんど撃沈或いは航海不能状態。時間が許す限り物品は確保したし、生き残りは巨大船に移して返してやったが、正直戦った船の数に対して実りはあまりなかったと言わざるを得ない。今度からは船を沈めない、傷付けない戦い方をせねばと、電卓(900DP)を叩きながら教訓を得るこの頃である。


=====================================

ウィルのダンジョン(小型帆船) 残りDP:278960


ユニークモンスター(残り枠:0)

・クリス(悪魔の使用人)


通常モンスター(残り枠:0)

・ゴブリンクルー(漁装備)×15

・ゴブリンクルー×10

・スカルシーウルフ×3


村人(残り枠:0)

・アーク(戦闘指導員)

・トマ(砲撃手)

・リン(航海士)


フロア構成

①上甲板(クリス、ゴブリンクルー(漁装備)×15、ゴブリンクルー×5)

②中甲板(ゴブリンクルー×2、スカルシーウルフ×2)

③下甲板農園(ゴブリンクルー×1、スカルシーウルフ×1)

④下甲板牢屋(ゴブリンクルー×2)


ダンジョン装備(周辺10キロまで効果範囲の拡大可能)

・穏やかな海(黒塗装)

・晴天の空

・ダンジョン周辺出現モンスターF

・ダンジョン周辺オブジェクト捕捉

=====================================


 表記を少しだけ弄ってはいるが、見方に問題はないと思う。現在の俺らの状況はこんな感じ。何よりも先に目がいくのは、たぶんDPの残高だろう。アークが倒して気絶させてくれていたでっかい蛇を、クリスが捌いてくれた時に生じた約5000DP。そのポイントが大きいくらいで、あの海戦でDPを稼ぐ事はそれほどできなかった。が、俺らの主収入はあくまでも水産業、釣りだ。事業の拡大というか、作業に当たるゴブリンクルーの数を増やした今なら、多い日で2万DP、不漁な時でも1万DP前後は稼げるまでになった。もっと頭数を増やしたいところだが、今の船の規模じゃこれ以上増やすと、甲板が一杯一杯になってしまう。嬉しい悲鳴とは、こういう事を言うんだろうな。本当にフィッシング万々歳である。ちなみに蛇は皆で美味しく頂いた。


 それ以外に特段変わった事といえば、ゴブリンクルーを装備別にグループを分けた事だろうか。通常モンスターの装備はその種族毎に適用され、均一化されるのが俺の能力のルールだった。しかし、船を動かす要員と釣り要員が同じ装備というのは、作業上あまりよろしくない。どうにか装備を分ける事ができないかクリスに相談してみたところ、装備のセット項目を増やすという案が浮上した。


 1万DPを支払う事で、その種族に対するこの機能は解放される。そう、1万DPも払って一種族のみだ。なかなかに高価な買い物である。が、背に腹は代えられない。何かと色々な役割が回ってくるゴブリンクルーを、これからも一つの装備セットだけで運用するのは辛いところがあるからだ。今回解放したのはもちろんゴブリンクルー、これにより彼らは二セットまで装備を分ける事ができるようになった。例の釣り道具一式を持つのがゴブリンクルー(漁装備)、剣などで武装しているのが通常のゴブリンクルーという訳だ。


「そしてそのゴブリンクルーが、今海賊旗を描いていると…… 感慨深いなぁ」

「マスター? 如何されました?」

「いや、何でもない。絵が上手いと感心してたとこだよ」


 ダンジョン装備のお蔭で今日も晴天、そしてそんな素晴らしき空の下、俺達は甲板に集まっていた。


「むー、絶対こっちの方が良いのにー」

「まだ言ってんのか、アーク。多数決で決まった事だろ、お姉さんらしく観念しろって」

「でーもー!」

「ア、アークさん、落ち着いてください……」


 甲板に広げられたのは白地の旗。一体のゴブリンクルーがその前に立って、器用にペイントを施している。案を出し合って見事に多数決を勝ち取った、トマのデザインが原案だ。チラッとさっき俺も口にしたけど、そこに描かれているのは髑髏マーク、所謂海賊旗である。海賊として行動していくのなら、これは外せないのは言うまでもない話。そのデザインが今決まったところだ。


「アークさん、こちら新作料理なのですが、少し味見してみますか?」

「っ! 食べる!」


 自分の案が採用されなくて不貞腐れていたアークであったが、クリスが料理を運んでくると瞬時に機嫌を直してしまう。ザ・現金な子。ちなみにアークが提出した絵は…… 何と言うか、独創的過ぎて俺にはよく理解できなかった。美術的な観点で見れば、もしかすれば途轍もない価値があったのかもしれない。しれないが、残念な事に票を投じる理解者は得られなかった形だ。


 逆にリンはとても分かりやすかった。分かりやすく、実にファンシー。鮮やかな花々に囲まれたデフォルメ髑髏も大変可愛らしい、女の子としては満点な絵だ。だからこそ、海賊旗としては首を捻ってしまう。女の子のみの海賊だったらアリだったかもしれないが、今回は落選した。


 予想外だったのが、結構本格的なものを描いてくるんじゃないかと思っていたクリスのデザインだ。満面の笑顔を俺に向けるクリスが発表したのは、何と俺の肖像画。頬に魔王の紋章があるから、たぶん間違いない。それもどこか少女漫画タッチな画風で、何の補正が働いているのか、実物より数段美形として描かれていたのだ。冗談かとも思ったが、クリスとしては至極真面目に考えて提出したらしい。けど、投票前にこれだけは勘弁してくださいと、俺がクリスに直談判。直後に候補を取り下げてもらった。流石にこれが海賊旗になったら、恥ずかしくて死んでしまう。


 とまあ、結果としてトマの案に票が集まり、俺らの海賊旗はこのデザインに決定された。トマが考案した海賊旗は、真っ黒に塗られた旗に深紅の髑髏が描かれた、非常に海賊旗らしい海賊旗だ。髑髏の頬の部分には、魔王の紋章が記されている。この辺のアイデアはクリスと同じものだが、下地が海賊旗っぽいと印象もガラッと変わるものである。図案さえ決まってしまえば、後は器用なゴブリンクルーに清書してもらうだけだ。


 ……え、俺のデザイン? 俺のは、その…… 普通に落選したよ……


「ゴブー!」

「おっ、できたか?」


 ゴブイチ(仮名)がサムズアップをしてくれたので見てみる。おお、これは良い出来だ。プロに頼んで作った出来だ。


「わあ、お兄ちゃんお兄ちゃん! お兄ちゃんの絵が凄い事になってるよ!」

「そ、そんなにはしゃぐなって。恥ずかしいって! へへっ!」

「もぐんぐまぐ!」

「アーク、口の中のものを食べ終えてから喋ってくれ……」

「悔しいけど、やっぱ俺が描いたのよりも数段上手いよな~」

「マスター、この絵を基に帆にも同じものを描くんですね?」

「いや、実はもっと簡単な方法を見つけてさ」

「簡単な方法?」


 完成した海賊旗を宝箱に入れ、メニューを開いてダンジョン装備のカラーリング変更を設定する。本来、ダンジョンの色を変更する用途で使われるこの機能。実は宝箱に入れた絵など、二次元のものをコピーして貼り付ける事も可能だったりする。これをこう、ペタリと。


「わっ、一瞬で帆が海賊旗に!」

「凄い!」

「すげー!」

「もぐぱくんぐっ!」


 帆にゴブイチ渾身の髑髏マークが記されると、一斉に歓声が上がった。約一名何か違う気がしたけど、歓声は歓声に違いない。形から入る場合とは順序が逆になってしまったが、これでこのダンジョンも立派な海賊船だ。


「ゴーブー!」


 皆で帆を眺めながらうっとりしていると、見張り台のゴブリンクルーの叫び声が聞こえてきた。現状真上を見ている形だったので、そのままゴブリンがある方向を指差しているのが目に入る。何だ何だと、急いで単眼鏡を取り出す。


「……んー? あれ、島か?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る