第41話 復活の魔女アルアミカ

「使わないのか? 魔法」

「…………」

「お前は当然、アリス姫の眷属になっていると思っていたが……?」

「…………?」


 互いに、体についた刃傷は多い。

 深々と斬られ、皮一枚で繋がっているような腕もあったりする。


 ガッッギィィィ!! と、金属が衝突し合う。


 元々の実力の差は、ディンゴの方に軍配が上がるが、以前の話だ。

 本物と偽物の覚悟がぶつかり合えば、差ができるのは歴然である。

 しかし、今においては本物と本物が、命を懸けて大切な人を守るために、負けられない戦いに挑んでいる。


 拮抗するのが当たり前だ。

 両者、共に、自分に危険が迫っているからと言って諦めるような軟弱者ではない。


 たとえ四肢が千切れようとも、数分後に死ぬと確定していようとも、止まらない。

 動けなくなるその時まで、彼らは剣を振り続ける。


 ……どうしてそこまでするのか、と問う者がいるかもしれない。

 騎士だから――もちろん、己の役目に高い誇りを持っている。


 それ以上に、なによりも、守りたいと……そう思ったからだ。

 誰かに言われたからではない、助けてと乞われたのであっても、始まりは内なる感情から沸き上がった衝動だ――助けてと言われたら、助けたいと思うのだ。


『一緒にいてほしいって、思ったんだ』


 下心だってある。

 気になる女の子の笑顔を見ていたいと思うことは、おかしいことなのか……?

 鍔迫り合いの中で、ディンゴが言う。


 今にも千切れそうな片腕は動かない。

 彼は剣を片手だけで握り、クロコの大きな剣に対抗している。


「……魔法、だと……?」


 両手で握り締め、上から押さえつけるような体勢であるにもかかわらず、クロコの力が押し負けていた。


「なっ……にぃ!?」

「男と、男の勝負だろ……どっちが有利不利でもない、平等な一騎打ちだ!」


 命を懸けた戦いに身を投じている魔女が聞けば甘えだと言うかもしれない、戦いを、戦争を知らない子供だと馬鹿にするかもしれない。

 だが、これが騎士だ。


 この国で育った、男の戦い方だ!


「真剣勝負に、魔法なんて茶々を入れるはず、ないだろうがァ!!」


 押し飛ばされたクロコが幹の上を滑るが、剣を突き刺して落下を防いだ。

 瞬間、がくんっ、と足場が一気に斜めから直立へ。

 ゆっくりと体を起き上がらせていた竜が元の体勢へ戻ったようだ。


 幹が足場でなくなる寸前に、咄嗟に、突き刺した剣を足場にする。


「ディンゴ、は……?」


 真下を見たクロコの顔面に、飛んできた拳が突き刺さった。

 だが、軽い。

 仰け反ったものの怯まなかったクロコがディンゴの腕をがっしりと掴み、


「次は俺の番……、な――ッ!?!?」


 掴んだ腕は、確かに軽い。

 それもそのはずだ……その先にあるはずの、体がなかったのだ。


「……皮一枚で繋ぎ止められていた腕を千切って――投げたのか!?」


 ディンゴも同じく、幹に剣を突き刺し足場にしていた。

 足場にしてしまえば武器は引き抜けない。だから拳を武器に変えた。


 二撃目を確実に当て、仕留めるために、身を削って一撃目を囮に使った。

 足場を移ったディンゴは、クロコが乗る剣の足場へ到達した。


「くっ――ディ、ン、ゴォォォォッ!!」

「やっぱり譲れない……喜ぶ人がいる、安心する人がいるんだ……――最強は、俺だァ!」


 重い一撃が拳に乗ってクロコの顔面へ突き刺さる。

 彼の体が、深い森の中へ、落下していった……。



 エナが剣を押し込んでも、肉を裂く手応えが感じられなかった。

 ……本当に刺さってるの……? 


 そう思ってしまうほど、不可解な現象だった。

 ……不可解な、現象?


「あの子に自覚はなかったみたいだけど、アタシも実は貰ってるのよ、魔法」


 アルアミカの背中には深い刺し傷があったはずだ。

 栓を抜いたように止まらない血が垂れ流しになっていたはずなのに……気付けば枯渇したように血が止まっている。

 当然、枯渇するわけがないのでなんらかの方法で止血をしているはずだが……包帯を巻いたりする時間はなかったはずだ。


 一体、どうやって……。


 目を凝らしていると、彼女の背中の傷を覆う、ツタが見えた。


「そ、そんなもので血が止められるはずがないッ!」


 力強く縛り、血流を止めでもしなければ……。

 そのツタは軽く巻いた程度だ、どう考えても血を止められるとは思えない。


「でも、こうして止まってる。魔法の存在を信じるのにできないものと決めつけるの?」

「っ! なら、剣は! どうして私の剣があなたに刺さらないのよ!?」


 アルアミカの体を巻くツタの上には、ぶ厚い木片があった。

 それが切っ先を受け止めてくれていたのだろう。


「……? なに……よ?」


 木片から剣を引き抜いたエナが眉をひそめた。

 両手で握り締めた剣から……手が離れない。


「なにをしたのよ!?」

「――うっ。……それは、言えない、ね……っ!」


 突然、アルアミカの顔色が悪くなった。

 止めていたはずの背中の血が、今になって流れ始めていたのだ。


「なによ……なんなのよ!? 

 血は止めていたはずでしょ、どうして自分から取り除く必要があるのよ!?」


「……好きで、取り除いたと、思うの……?」


 エナと同じように――そう、例外なく魔法には制約がある。


 指定した対象者に、物体をくっつける魔法……。

 ただし、同時に二つまでだ……。

 三つ目から先は、古い物体から順に、強制的に解除されていく。


「……別に、両手が剣から離れなくても、刃自体がなくなったわけじゃないわよ……! 

 この状況、私の方が優位だって分かってる……?」


 立っていられずに幹の上に座り込んだアルアミカは、嫌な脂汗を浮かべていた。


「なんの魔法か知らないけど……大した脅威にはならなかったみたいね」

「………………」


「強がりさえも言えないの?」

「アタシが、こうして座った、のは、確かに痛みのせいでもあるけど……」


 その時、斜めになっていた大樹の幹が、竜が体を起き上がらせたせいで、直立になった。


「え……ちょ――っ」

「座ってないと、直立した幹に二本の足だけでくっつくことになるから」


 足場を失ったエナが重力に従い落下していく。

 握る剣を幹に突き刺し、速度を緩めようとするが、彼女の力では深く差し込まれず切っ先が何度もはずれてしまう。


 これでは、緩んだ速度もすぐに元に戻ってしまう。


「このッ!!」


 力任せに叩きつけたおかげで切っ先が深く入り込んだ。

「やった!」と喜んだのも束の間、がくんっ、と剣が急停止し、落下の勢いが止まった。


 強い衝撃が彼女を揺さぶり、いつもであれば思わず剣から手を離してしまっていただろう。

 だが、幸いにも剣から手が離れない。


 ……と、気を抜いた。


「――――――――え?」


 ふわり、と彼女の体が浮き上がった。

 手を伸ばすが幹に突き刺さっている剣には届かず、そのまま森の中へと落下していく。


「……なんで……、離れる、のよ……ッッ」



 本当に。


 ……思い通りにいかないものだ。

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