第40話 エナの魔法

 アルアミカが対峙する相手は騎士エナだ。


「あなた……フルッフの、眷属に……!?」


 彼女は魔女から魔法を授かっていた。

 彼女が起こす人間離れした不可思議な現象が、アルアミカを追い詰めている。


 どうしたって相手の射程圏内に入ってしまう。

 距離を取ろうが、予測されないように不規則に動こうが、大樹を壁に利用しようがどれもが回避され、剣先がアルアミカへ届く。


 まだかすめる程度で、横一線の傷が刻まれているだけだが、一度でも深く斬り込まれてしまえば致命傷だ。


 ただでさえ背中に刺された傷が動きの精彩を欠いていると言うのに……。


「どう、して……! あなたはアリス側でしょっ、どうしてフルッフの味方をするの!」


 眷属にされたのならこんな質問は無意味だろう、フルッフによって必ず味方になるように仕込まれているのであれば――、


 と思ったが、どうやら彼女は眷属として、言いなりになっているわけではないらしい。

 ただ、魔法だけを授かった、と言う方が近いようだ。


 眷属である以上、フルッフを裏切ることはできないが、そんな状況下でも彼女は己の欲望を優先させている。


 嫉妬。

 羨望。


 国の危機や姫の命よりも、彼女にとっては大事なことだ。


 ディンゴが知れば、くだらないと言い捨てるだろう。

 好意とは真逆の感情を抱かれる可能性の方がずっと高い。

 だけど、そんな危険を冒してでも、相手にされないよりはマシだとエナは飛び出したのだ。


 それに、単純に、だ。


「……そこに収まるのは私のはずだった……なのに!」


 もう止められない感情が、彼女自身を、制御させなかったのだ。


「なんで、あんたなのよぉッッ!!」


 アルアミカはエナの攻撃を避けるのではなく、逆に立ち向かって前へ進んだ。

 驚いて力を抜いた隙を突いて、アルアミカが剣の柄をがっしりと掴んで押さえる。


 その勢いで体当たりをし、エナを突き飛ばす。

 同時に剣を取りこぼし、大樹の幹から落ちそうになったところをアルアミカが拾い上げた。


 倒れるエナの喉元に切っ先を突きつける。


「…………ダメね、どれだけ考えても、アタシがあなたに言う言葉はないと思う」


 慰める? 説教をする? 

 どちらにしたって彼女に寄り添うような言葉は与えられない。


 火に油を注ぐだけの結果になるだろう。


 勝利した者と敗北した者。


 元々、かける言葉なんてない。

 なにを言われたって彼女は逆上するだけだ。

 ディンゴを奪った女としてしか見ていないのだから、和解は不可能――であれば。


 他人を傷つけてでも気を引きたいなんて行き過ぎた愛情ごと、彼女の間違いを打ち壊す。

 意図せずとも奪ってしまった、彼女の十数年の片想いに終止符をこの手で打つ。


 ……本当は、ディンゴがするべきことだと思う……けどね。

 こっちだって、彼女に同情して、やられてやるわけにもいかないのだ。


「それに、この状態はもう勝負ありでしょ」


 剣先を突きつけている今、アルアミカの裁量一つでエナの首は落ちる。


「そう?」

「――え」


 エナの余裕を笑みを見た次の瞬間、握っていた剣の感触が消えた。

 と思ったら、アルアミカの腹部に突き刺さる、剣が見え……――。


 エナが、握る剣をさらに強く押し込んだ。



 魔女にはそれぞれ、司る魔法がある。


 例を挙げれば、大罪であったり、自然であったり、感情であったり……生まれ持った資質により、魔女が得意とする魔法は変わる(アルアミカやフルッフがよく使う植物の成長促進や落下速度を減速させる魔法などは誰でも覚えられる基礎魔法である。蘇生魔法と同じく大図書館でやり方を覚えるか、学院側から指導されるかで取得可能だ)。


 そして、フルッフが司るのは『罪』である(大罪の下位互換であるとよく言われていたのが記憶に新しい)……そんな彼女が眷属へ分け与える魔法は、司る魔法から派生するものだ。


「罪から派生するなら……あなたの魔法は……」


 知らぬ間に剣を奪われたことで手がかりとなった。

 思い至った予想はあながち間違いでもないだろう、もしも予想して出した答えが正解ならば、間合いが一瞬で詰められたことも説明できる。

 途中から使わなくなったことに引っかかったが、魔法を使うにあたって必要な制約なのであれば、避けては通れない道だ。


「……強奪……いや、窃盗……かな」


 アルアミカが取っていた距離が盗まれていたとしたら、まるで瞬間移動したようなエナの移動速度も分かる。

 決定的だったのが、剣が奪われた時。

 強奪と言うよりは、気付かぬ内に盗られたと言った表現の方がしっくりくる。


「……だとしたらなによ」


「眷属に与えた魔法も決まっているわけじゃなくて、その人の資質によって左右される。つまりあなたが窃盗の魔法を受け取ったのは、あなたの意思がある程度反映されている証拠だったりするんだけど……うん、なんとなく制約も含めて分かったと思う」


 窃盗の魔法を否定しないなら、当たりなのだろう。

 その上で、窃盗という魔法を持ちながら彼女ならまず最初に手を出しそうなものがあるのに、それを奪わないのは(奪えない前提条件があるのかもしれないが)……――制約によって邪魔されているから。


 人のものを奪うにも制約がある。

 たとえば、実際に考えてみればいい……強く握っているものをばれずに奪うことは不可能だ。


 誰だって、奪われないように気をつけている。

 意識をしている。

 だからそうでないもの、気を抜いたものから奪われていく…………なら。


 意識を割いていないものなら、盗める。


 アルアミカにとって、エナと相対したことで嫌でも意識するのがディンゴだ。

 エナがまず最初に盗むだろうもの(人体は対象外としても、冗談でも盗もうと考えるのがエナだ)なのに、実際に盗めていないのは、できないから。


 意識されているものに関して、彼女は盗めない。


「距離も、間合いも、アタシが意識したから盗めなかった。違う?」


「だったら? 意識を割くとは言っても、更新し続ける項目を常に意識し続けられるほど集中している時点で、単純な剣の勝負であれば、負ける気はしないのよ!!」




「捕まえたぞ!!」


 フルッフがアリス姫を幹の上に押し倒す。

 ゆっくりと体勢を変えようとする竜の動きに足場も次第に斜めになっていくが、順位を奪うなど数秒で可能だ。


 ――このまま絞め落とす……。


「なにも知らずただ守られるだけのきみは、一人になれば無力さ。士気を上げるにも周りに仲間がいなければ、きみの生まれ持った特性は活躍しない!!」


「か……はっ」


「きみに最下位を押しつけ、ぼくはのし上がる……! アルアミカに復讐を果たして、他の魔女たちよりも上へ……! 餌になってやるものか……ッ、ずっと寂しかったんだ、苦しかったんだ――つらさを一番分かっているぼくが、クロコを一人にしてなるものか!!」


 アリス姫の首に触れたフルッフの両手に力が込められる。

 アリス姫の呼吸が止まった。


「――ぼくの、勝ちだ!」


「…………………………


 てへ、と舌を出すアリス姫の悪戯な笑みに戸惑うフルッフが、バチィィィッ!! という破かれたような音と共に、手に強い痺れを感じ取った。


 衝撃がフルッフの体を浮き上がらせ、幹の上をごろごろと転がす。

 落下しそうになったが飛び出ていた枝を掴むことでなんとか幹の上に戻る。


「……い、ま、のは……?」


 壁だ。

 フルッフと同じように、眷属がいる魔女を守るための、学院側から施された救済措置。


 アリス姫にも、眷属がいたのだ……なら。


「誰なんだ!?!?」

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