第31話 仮面の姫
「私たちも加勢するわ、エナ……」
草の茂みから出てきたのは、男たちを見送り、壊れた家の中で待っているはずの妻……女性と子供たちだった。
似合わない武器を持っている。
さすがに剣などは持てないため、調理器具の刃物などを恐る恐る握っていた。
アルアミカを囲うように、周囲から次々と顔を出す。
「その子が国王様と、王女様を殺したのだと、聞きました……」
髪の長い女性が胸に赤ん坊の抱きながら。
「町のため、子供のため、気持ちを押し殺していましたけど、私たちだってやっぱり、許せないんです……っ。国を滅茶苦茶にされ、家も壊され食糧だって満足に採れなくなった――子供たちはお腹を空かせて、時間が経つにつれて衰弱していくんです……それを見ていることしかできない。……悔しい、なにもできないことが。許せない……、私たちをこれだけ苦しめておきながら自分だけは助かろうとしている、あなたのことがッ!!」
すると、男の子が一人、耐え切れなくなって飛び出した。
アルアミカの背後から迫っている。
彼が握る刃とアルアミカを繋ぐ軌道の上には……アリス姫が。
「え」
アルアミカが間違っても危害を加えないように、纏うローブを取っ払って、走ってくる男の子の頭の上からかける。
暗闇に包まれた彼が止まってくれることを期待したが、まだ高い雄叫び声と共に、そのまま突っ走ってくる。
ドンッ、という衝撃が背中から伝わった。
アリス姫を庇って抱きしめたアルアミカの力が一気に抜けて、横に倒れた。
ローブが落ち、結果を見た男の子が尻餅をつく。
……覚悟がなかったわけではないのだろう、こうなることは予測できていたはずだ。
しかし、いざ目の前にしてみると、やってしまった罪悪感に胸を押さえ、息苦しさに表情を歪めていた。
アルアミカの背中に深々と刺さったナイフ。
男の子の力では抜くことができない。
不幸中の幸いで、栓をしているように血が流れていないのがまだ救いだった。
もちろんこのままでは助からない。
だが出血多量よりは、時間的猶予は残されているはずだ。
――なのに、彼女は背中に刺さったナイフを、思い切り引き抜いた。
「な、なにをしてるの!?」
アリス姫が叫んだ。
慌てて、溢れ出てくる血を止めるように両手で塞ぐ。
「…………アタ、シ、には、なにも、武器が、ない……ッ。守り、たく、ても、アリスを、守れない、のよね……困って、た。……だけど、そのナイフ、一本、でもあれば、対抗でき、るはず……よ」
震える足を無理やりに動かし、彼女が立ち上がる。
「やり返される、覚悟は、ある、のよね……?」
アルアミカは立っているのもやっとだった。
しかし、王族殺しをおこなった相手の脅しに、男の子が悲鳴を上げて後ろにいる母親の元へ駆け出した。
アルアミカは血塗られたナイフを周りに向けて、敵対の意思を見せる。
ただ、これは誤解を解くため、まともな話し合いの場を設けるための手段であり、他者を傷つけるための道具ではない。
無防備だからこそ小さな男の子にああも飛び出させてしまった。
自分でももしかしたら倒せるかもしれないと思わせてしまったのは、アルアミカのミスだ。
弱者を巻き込まないためにも、ある程度の強さは必要である。
このナイフ一本で男たちの帰りを待つ女性の手も止められたら僥倖だ。
「アタシは、あなたたちの王を、殺してなんかいないッ!!」
その時、複数の足音が近づいてくる。
女性たちが握るナイフを、後ろからそっと取り上げたのは契りを交わした男たちだ。
「お前たちが握る物じゃない。……ここから先は俺たちの領分だ」
夫となる、武器を持った男たちだ。
どうしてこの場所が分かったのかは簡単な話だ。
広い森の中だが、拠点は各地に設置されており、元々国があった場所から外側にも手が広がっていた。
当初より拠点の数も増えている。
幾重にも分岐する拠点を通して伝言していけば、情報が届くのは早い。
場所さえ分かれば拠点を目印にして迷うこともない。
この辺りの基盤の案を出したのは国の修復のために動いていたエナの功績だ。
司令塔が優秀であれば、実際に肉体労働をおこなう男たちも動きやすい。
結果、とても早く仕事を終えられる。
別々に行動していながらも互いに助け合えるようになっていたのだ。
「殺していないのなら聞いてみればいい。きみが言ったって、誰も信じないのは明白だろう。……なら、誰が否定すれば、全員が信じるんだ?」
男たちの間から現れたフルッフの言う通り、
国王と王女が殺された場面に居合わせ、魔女の息がかからない人間――。
決して、嘘を吐けない相手となれば――、一人しかいない。
アルアミカも気付いたようだが、しかし……、
「アリスは、だって記憶喪失なのよ……確認のしようがない! この子はディンゴのことも忘れて……、最低でも四年間の記憶が飛んでるんだからッ!」
「でも、だとしたらおかしいのよ」
記憶喪失について、否定をしたのはエナだ。
「いや、全部が全部嘘とは思わないけど……、少なくとも私と会った時、姫様は私を見てエナと呼んだ……だけどね、ディンゴを知らないなら、私のことだって知らないはずなのに」
四年前であればディンゴは騎士の従者として落ちこぼれであるし、エナは真面目であったがそれゆえに、父親を使って王族と会おうとは思わなかった。
正式に騎士になるまでは控えていたのだ。
だから知るはずがない。
四年前の記憶で、ディンゴを知らないなら、エナのことだって知らないはずなのに。
しかも当時の記憶であるなら、もしもエナと直接会っていなくとも名前と顔だけでも知っているのであれば……、
だとしても現在の顔を見てエナと結びつけることはできない。
今のエナを見てエナと呼べるのは、今の記憶を持つ者だ。
つまり、
「姫様……、途中から記憶、戻っていませんか?」
アリス姫がびくっと肩を震わせた。
「え……、記憶、戻ってるの……?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます