第29話 最悪を回避する方法

 ガッッ! とディンゴの腕が勢いよく伸びてフルッフの胸倉を摑んだ。

 小柄な彼女の体は簡単に浮き上がり、ディンゴの眼前へと引き寄せられる。


「おい! 彼女を離せ、ディンゴッ」


 クロコの剣が、フルッフの胸倉を掴む腕に向けられている。

 彼女を苦しませるのなら斬り落とす、と言っているのだ。

 だが、フルッフが手で制し、クロコが不満を見せながらも剣を引いた。


「……なにを怒っている」

「なにを、だって……ッ? こんなのはお前らの事情じゃないか! 勝手に争い、勝手に捕食されたらいい、僕たち人間が関与する義務はないはずだ!」


「ああ、ないね。いいよね、きみたちは竜の餌にはならないんだから」

「どうしてッ、そんなふざけた内輪揉めに姫様が巻き込まれなくちゃならないッ!!」

「だからさぁ……!」


 胸倉を掴まれたままのフルッフにも、言いたいことはある。


「どうして、ぼくが責められなくちゃならないんだ……! きみの言うその姫様に悲劇を押しつけたのは、アルアミカだって言っているじゃないかッ!!」


 フルッフがディンゴの手に噛みつき、緩んだ拘束から抜け出して今度は逆に、彼女の方がディンゴの胸倉を掴む。

 背伸びをして、両手で胸倉をぎゅっと掴んで、引き寄せる。


 額を叩きつけ、星が飛び散るような衝撃に視界が明滅した。


「あの子を助けるためにも、アルアミカを捕まえて、元の通り、渦中に引き戻そうと言っているんだろ!? アルアミカが他人を巻き込まなければ、小さな女の子の人生を滅茶苦茶に歪めることだってなかったんだからッ!」


「方法はあるのかよ!? 魔女の力が姫様に移った、あの魔女は参加資格を失い、命の危機に怯えることのないこの状況が! 元に戻せる方法が、本当にあるのか!?」


「ある!!」


 フルッフが放った力強い言葉に、ディンゴの勢いが削がれた。


「だからこうして提案してる、協力者も取り付けた――後は時間だけの勝負なんだッ!」 


 今日の零時に、敗者が決まる。

 フルッフは生き続けたい、アリス姫を救いたい――。

 だから敗北者は、アルアミカでなければならない。


 つまり、


「あの子から魔女の権利を再びアルアミカに戻し、その上でぼくがアルアミカを倒す!」

「……できるのか、そんなことが……?」

「できるできないじゃない、それしか方法はない――」


 蘇生魔法は禁忌とされているだけで魔法自体は難しい行程を必要としない。

 誰にでもできてしまうがゆえに、禁忌魔法と設定されている。


「同じ方法で、蘇生魔法を使い魔力を移してしまえば、辿った道を逆に戻れば、魔女の権利をアルアミカに戻すことが可能なはずだ」


 一旦、アルアミカを殺し、アリス姫を媒介にして蘇生させる。

 殺してしまうとフルッフが問答無用で最下位になってしまうが、元より最下位である彼女に関しては大した制約にもならない。

 彼女だからこそ、手を下せる状況だ。


「……示したぞ、阻むのであれば容赦はしない、賛同するなら手を貸してほしい。きっとぼくだけでは上手くいかないはずだ……、ぼくだって死にたくないッ。最悪、あの子を犠牲にしてでも生き続けようとするだろうさ……」


 もしもそんな行動に出れば、ディンゴが黙っていない。


「関係のない人間を犠牲にしてまで、生きたいわけじゃない……なんて、聖人君子みたいなセリフを吐く余裕はないんだ……だから、そんな手を下すしかない選択肢しか残らない状況を防ぐためにも――きみの力が欲しいんだよぉッッ!!」


 声が枯れるほど叫んだフルッフが、顔を俯かせる。

 胸倉を摑んでいた彼女の手が、ふるふると震えたままだった、が。


「……………………………………離せ」


 ディンゴの手が伸び、胸倉を握り締めるフルッフの手を掴む。

 すると、あっさりと、彼女の手が力なく解かれた。


「……少し取り乱したみたいだ。でも、だからこそぼくの本音は伝わっただろう……?」

「そりゃあ、充分に」

「なら――」


「目的は一致した。僕は姫様を守る、君はあの魔女を殺す……それだけだ、その関係性で手を組もう。――ただし、僕は君を守らない」


 たとえ期限内に間に合わず、竜の捕食を前にしても、

 彼女が怯えていようが、大した葛藤もなく見捨てるだろう。


 冷徹なセリフにクロコが顔を真っ赤にさせたが、だからこそ、ディンゴは言ったのだ。


「君を守ってくれる騎士はたくさんいる、今更、僕一人が抜けたところで大した差もないだろう……それに、僕は、姫様だけの騎士だ」


 繰り返すようなやり取りも、内情を知る前と後では感情の温度が違う。

 それでも、ディンゴが向ける熱量は変わらなかった。


 ……確信が持てる。

 彼を動かせるのは、アリス姫だけだ。

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