第10話 状況報告

 神林瑞穂警視正は、警視庁の中でもエリート街道を突っ走った人物だと言えるだろう。次期刑事部長とも噂されているぐらいだ。仕事はバリバリ出来るが、仕事とプライベートにはきちんと区切りを付けている。しかし、常に仕事のことを考えていて、この国の平和を守るために日々働いているのだという。正直ぼくと比べると雲泥の差――或いは月と鼈ぐらいの立ち位置ではあるのだけれど、その警視正とぼくとは一本の電話でやりとりする関係でもあった。とどのつまり、神林警視正は警視庁捜査一課長――ぼくの上司に当たる訳なのだから。


「……で、だ」


 神林警視正――この場合、一課長と言うべきなんだろうか? 何かそんなドラマあったし――は電子煙草を加えながらぼくの前で座っている。というか、ここって禁煙だったような?


「電子煙草は煙が出ないから許可されているんだ。……別に電子煙草の有用性について問いたい訳じゃない。それぐらいは、分かっているはずだろう?」

「……あの事件のことですよね」

「そう。新聞ではこう呼ばれている訳よ。……『飾り付けの殺人鬼デコレーションキラー』と」


 デコレーションキラー。分かってはいるけれど、それを最初に名付けた人のセンスって凄いものがあると思う。きっとコピーライターか誰かがネーミングしたのかもしれない。


「新聞も一面で取り上げる程ではないものの……警察が無能だと書いているのだよ。相手は何も言わなければ言いたい放題だと思っているようだからね。それだけは否定しておきたいところだ。もしこちらが裁判でもしたらどうするつもりなのかね?」

「……マスメディアに対する不満でしたら、一人でなさった方が宜しいかと」

「別に私はマスメディアを批判したい訳ではないが……、まあ、良い。ところでどうなんだ? あの『VR探偵』サマは」


 VR探偵。

 それは彼女がヴァーチャルな世界を舞台に探偵活動に専念しているからその名前が付けられているだけであって、彼女自体は別にそれを好んでいない。要するに安楽椅子探偵っていうジャンルがあるのだけれど、それを現代に準えるとそういう形に落ち着くのが自然なのだという。そんなことを麗奈から聞いたような気がするけれど、ぼくとしてはあまり気にしたこともなかったので、適当に返事をして終わらせた覚えがある。ちょっと怒っていたような気がするけれど。


「VR探偵というのは良く分からないが……あれだろう? 自分で現場に出向いてあれやこれやかき乱さないんだろう? それはそれで有難いことではあるのだがね」

「シャーロック・ホームズとかコナン・ドイルとか……昔の名探偵は何かと現場に行くタイプですからね」


 そもそも。

 シャーロック・ホームズとかコナン・ドイルが書かれた時代に、インターネットすら存在しなかった訳であって。


「……まあ、良い。とにかくこれから人員を増やさないといけなくなった。理由は分かるだろう。この事件を嗅ぎ回っている記者が少しずつ増えてきた訳だ。我々としてもいち早く事件を解決に導きたいところだが……」

「失礼します!」


 そう言ってぼくと一課長の話に割り込んできたのは、ぼくよりも背格好が大きい男だった。

 ええと、名前は確か。


「……周防警部補、例の件かね?」

「はっ。嘉神製薬ご令嬢誘拐事件の捜査本部が立ち上がりました」

「……分かった。私も直ぐに向かおう。君も来たまえ」

「えっ?」


 だってぼくの仕事って、デコレーションキラーの逮捕だったんじゃ。


「事件に大きいも小さいもない。それは紛れもない事実だ。被害者はその事件しか関わっていない訳だからね。……しかしながら、我々も有限だ。必ず何かの事件に全力で向き合いつつも、全ての事件をきちんと解決に導かなくてはならない。そして、我々の一番の目標は事件を解決に導くこと。それは捜査一家一丸の願いでもある訳だ。とどのつまり――」


 捜査に参加して、掛け持ちしろってことですよね。

 ぼくはそう言い返したかったが、何せ相手はキャリアも職歴も上。逆らいたくても逆らえない。逆らったところで懲戒待ったなしでもあるし。

 そういう訳でぼくは手帳を持って小走りで捜査本部へと向かうのであった。


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