第二章 事件解決のプロセス

第7話 第一の考察(前編)

「それは骨折り損のくたびれもうけって奴だね。いやあ、やっぱり外に行くのは良いことだらけじゃないから、助かったよ」


 そう言って麗奈はゆるふわロールケーキを――一応言っておくと、ゆるふわロールケーキを事務所で切り分けたのはぼくだし、お茶を淹れたのもぼくだ――フォークで一口大に切り分けると、それを口に入れた。


「いやー、やっぱりこれが一番美味しいにゃー……。江ノ島と黒露っていう地方都市に、冠天堂のフルーツパーラーがあるらしいけれど、そこに向かうのはちょっち厳しいにゃー……」

「頑張れば電車に乗って行けるだろ。江ノ島も黒露も」


 黒露は関東地方にある、十万人規模の地方都市だ。何の変哲も無い土地ではあるけれど、田舎であることも確か。冠天堂がそこにお店を持っているのは聞いたことがあるけれど、そこまで買い出しに行けなどとは言わないでしょうね?


「……で、どうだよ。何か答えは見えてきたか?」

「何でもかんでも、結論を急ぐのはあまり宜しいことではないと思うよ。それに、その質問はナンセンスだね。警察だって未だ犯人がどういう感じかということすら、見立てがないんだろう? 普通、誰か目撃者が居たらそれを元にモンタージュを作るけれど、それも出来ない訳だしね。ただ、良い証拠を見つけたとは思うよ」

「証拠?」


 そう言うと、麗奈はぼくに手帳を見せてきた。手帳、それは単純な単語のニュアンスで言った訳ではなく――被害者の部屋に残されていた手帳だった。


「どうやら、被害者はメモ魔だったようだね。これに沢山色んなことが書かれているよ。それから見てみると……昨日は、約束があったようだね」

「約束?」

「一つは民生委員との面談、そしてもう一つは……夫の面談と書いてあるようだけれど。被害者はシングルマザーだったんだよね?」

「ああ――」


 ぼくは自分の手帳を取り出して、被害者の家族に関する部分を見つける。それぐらい警察も把握しているし、調べている。何なら聞き取りだってしているぐらいだ。


「確かに彼女はシングルマザーだよ。一年前に離婚したばかりだったらしい。そして、養育費を毎月支払っていたとも夫……正確には元夫が言っている」

「約束については?」

「確かに会う約束はしていたらしい。けれど、待ち合わせ時間になってもやってこないし、LINEに連絡しても繋がらないしで、そのまま帰ったんだと」

「待ち合わせ場所は何処?」

「ショッピングモールだよ。駅前に新しく出来た」


 ぼくは一度も行ったことはないのだけれど。


「駅前にショッピングモールなんてあったかにゃー……。情報もアップデートしないといけないにゃー」

「……出来たばかりと言っても、出来たのは数ヶ月も前だぜ? ……まあ、ぼくも行ったことないから、何とも言えないけれど。まさか最初の訪問が仕事で訪問になるとは思いもしなかったな」

「アリバイはあった、ってことかにゃー」

「そうだな。アリバイはあったよ」


 僕はロールケーキを切り、それを口に入れる。そして自分で淹れたお茶を飲むと、さらに話を続けた。


「ショッピングモールには待ち合わせ場所として大きな招き猫があるのだけれど……その招き猫の前でじっと待っている元夫の姿が監視カメラで確認されたよ。ぼくも確認したし、写真と照らし合わせて本人であることは確認した。だから、彼はシロだろう」

「死亡推定時刻を偽装した可能性だって、有り得る訳だにゃー」

「は?」

「……死亡推定時刻。まさか、あれを絶対的な指標として捉えてはいないだろうね? まあ、確かにあれを指標として捉えることは間違いじゃない。けれど、それに囚われると、色々と面倒なことになる。そう、例えばその元夫が何らかの工作をして被害者を殺すことだって」

「動機は? 確かに離婚はしているけれど、その理由は元夫がちゃんとした職に就いていないことが原因だとはっきりしている。そして、もし次の人が見つかるまでに元夫が定職に就いたら、よりを戻すことも考えていたそうだ。そんな彼が……果たして元妻を殺害するだろうか?」

 

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