第5話 現場調査(前編)

「……それで、どうして行きたがらないんだか」


 ぼくは今、マンションの一室にやって来ていた。

 自分の家に帰ってきたとか、そんな単純な話ではない。

 警察がこういうマンションにやって来てやることとすればただ一つ――事件調査である。


『むむ……もちっと、もちっと下にして』


 ほんとうに、今は便利な時代になったと思う。麗奈は簡単に言ってしまえば、安楽椅子探偵の一人になるのだと思う。つまり、家から一歩も出ないで事件を解決する探偵のことだ。そういう探偵ということは、空間把握能力だとか妄想力とかが、とてつもなく強いのだと思う。そして、探偵全員に言えることだろうが、頭の回転が速い。しかしながら昔はそれで罷り通ったかもしれないが、この情報社会である現代社会ならば、安楽椅子探偵を簡単にやり続ける方法がある。

 今、ぼくと麗奈はビデオ通話アプリで電話をしている。正確に言えば、テレビ電話って言えば良いんだっけ? 単語の意味をあまり理解していないから、正確に言っているかどうか微妙なところはあるのだけれど、しかしながら、こうやって簡単に遠隔で情報を把握することが出来るようになったのだから、科学技術の進歩も馬鹿に出来ないといったところだろう。


『ういうい、それで良いよ。……ええと、現場は結構荒らされているんだねえ。物盗りを疑うのも分かる気がするよ』

「……その話を聞く限りだと、ぼくの意見を全く信用していないってことになるんだが?」

『信用していない訳じゃないよ。情報をすりあわせただけの話。情報を一つのソースから得て、それを鵜呑みにしたら、間違った方向に進んでいたとき、それが間違っていたかどうかははっきりと見えてこないだろう? それと同じだ。今、私がしているのは……より正しい方向に事件を導くための精査といったところだね』


 精査、か。

 言いたいことは分からないでもない。そんな単純なことはぼく達警察だってやるからだ――それが直ぐに思いつかなかったぼくもぼくだけれど。まだまだ警察に脳が染まっていないらしい。


「……で、見えてきたのかよ。その『精査』とやらは」

『君は簡単に事件が解決するとでも思っているのかな? はっきり言って、今は未だ事件解決の糸口すら見えていない状態だよ。その状態で事件を解決に導くには……並大抵の努力じゃ出来ない。決定打となる証拠も見つけないといけないし』

「決定打となる証拠……ね。まあ、それは警察も同じことか……」


 しかし、現場検証がしたい――麗奈がそう言い出したときは、毎回思うけれど、警察が粗方捜査した現場を良く再調査しようと思うものだよな、と思う。しかし、ぼくは何度か――いや、正確には両手の指では数えられないぐらいかもしれないけれど――麗奈の意見に従って進んでいった結果、犯人が見つかったケースが殆どだ。

 よって、ぼくは麗奈に従うしかない。

 彼女が探偵シャーロックならば、ぼくは助手ワトソンに過ぎないのだから。


「……しかし、君でも分からないんなら、正解は未だ見えてきそうにないな。大体、警察が既に色々と実況見分した後だってのに……そんなに警察が気に入らないのかね?」

『縦割り組織というものは、意外と考えが凝り固まっているものだにゃー。だから、未だ一般人に近い私が見て色々と判断した方が良いってケースもあるのだよ』


 そういうケースもあるのかね――ぼくはこういう変わった人間は麗奈しか会ったことはないから分からないのだけれど。というか、麗奈は一般人寄りだと思っているのか? 嘘だろ? 誰がどう見ても変人向きのような気がするのだが。


『……何か、変なことでも考えていないだろうね』

「考えている訳がないだろ。……で、何も見つからないなら帰るぞ。ぼくだって暇な訳じゃない。こういう業務をこなしながら日常業務もこなさないといけない。激務なんだ、警察官って」

『それより』


 それより、って何だよ。ぼくの労働環境に関する意見は全無視か。


「それより?」


 麗奈の言葉を、ぼくは反芻する。それしかぼくが出来ることは思いつかなかったからだ。麗奈の言葉が途切れたから、続きを聞きたいがためにそう言っただけに過ぎないのだけれど。


『あれ、何だと思う?』


 麗奈の指さしたその先にあったのは――一冊の手帳だった。

 

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