第3話 手口

 遺体は、十字架に磔にされているかのような見た目をしていた。要するに、両手を開き、両足を閉じ、十字の形になっていたのだ。いや、それだけではない。両掌には釘を打った痕も残っており、ほんとうに十字架に磔にしたような感じに見える。

 服装だっておかしくなっていた。服はビリビリに破かれ、下着も脱がされている。上半身は完全に裸で、下半身のみ隠されている形だ。それもパンツやズボンといったちゃんとした服装ではなく、布を腰に巻いただけという乱雑なものであった。


「……死因は?」


 写真を返した彼女は、ぼくにそう告げる。普通の人間であったとしても、それに興味を持つのは案外普通のことなのかもしれない。


「死因は絞殺だ。ほら……ここに首を絞めた痕が残っているだろう。大方、首を絞めて殺害したんじゃないか……というのが医者の見解だ」


 もっとも、ただの医者ではなくて解剖医なのだけれど。それについては別に彼女に但し書きする必要もないだろう。


「現場は荒らされているようだけれど? 泥棒の線は考えなかったのかな」


 椅子をクルクル回しながら彼女は言う。話がつまらないとでも言いたいのか。


「……それはとっくにこちらでも調査しているよ。けれどね、現場は荒らされていたものの……通帳や財布は無事だったんだ。つまり、金目の物が目当てだった訳ではなさそうだ」

「ふうん、つまり怨恨?」

「その線も当たって捜査しているよ。けれど、証拠も何一つなくてさ……。何とか犯人を見つけ出したいところなんだよ。残された子供も不憫だろ」

「子供?」


 しばし考えて、彼女は呟く。


「あー、そういやさっき雅人くん泣いている子供が云々言っていたっけ……。子供はその被害者の子供で間違いないの?」

「霧前瑞希。彼はどうやら異変に気づいて一人で押し入れに隠れたらしいんだよな……。それがあったおかげで、犯人に見つからずに済んだらしい。そして、静かになったタイミングで外に出てみると……」

「母親が死んでいた、と。そりゃ相当トラウマもんだね」


 トラウマで済めば良いが。


「じゃあ、こっちにわざわざやって来たのは……調査依頼ということで良いのかな?」

「そうじゃなきゃ、ぺらぺらと捜査情報を話したりしないだろ」


 一応、これでも優秀な探偵なのだ。

 少しは働いてもらわないと困る。


「……成る程ねえ、それじゃあ調査しても構わないけれど」

「そう言ってもらえると助かる。何せ、君は優秀な探偵だ。一応、警察からも信頼は得ている。それだけは充分に理解してもらいたいところではあるけれど」

「警察はお堅い組織だからにゃー。簡単にクリア出来る問題でも、あれこれ小難しく考えるもんだから、そう簡単にクリア出来ないのが警察組織もとい縦割り組織の辛いところだよね」


 ……それは、痛いぐらい分かっていた。

 分かっていたけれど、小さい頃からの夢だった警察官を叶えた以上、そう簡単にこの職務を放り投げる訳にもいかない。

 大人というのは、存外難しい生き物なのだ。


「ちょっと待ってね。今、栄養補給するから……さ。これでも一応事件を解決したばかりなのさ」

「事件?」


 ぼくは首を傾げる。


「そ。雅人くんには興味のない案件かもしれないけれど。『ミストウォーカー』というゲーム、知っているかな?」

「聞いたことはあるような気がするけれど、詳細を教えてくれ」


 ゲームは小さい頃に遊んでいたけれど、今は忙しくて全く触れていないからな。


「まあ、簡単に言えばアクションゲームだよ。その世界観を利用したオンラインゲームも世に出ていて……その中で起きた殺人事件について調査していた訳」

「殺人事件? でも、ゲームの中なら……それはデータだろ?」

「分かっていないなあ、雅人くんは」


 椅子を器用に操って、机の下にある冷蔵庫へと向かい、冷蔵庫からエナジードリンクとサンドイッチを取り出す。というか、冷蔵庫の中エナジードリンクだらけだったぞ。あれじゃ栄養バランスも何もないような気がするが。


「ゲームのアバターと簡単に言っても、何もかかっていない訳じゃないんだよ? アバターを作るだけでもお金はかかるし、勿論時間もかかる。今のオンラインゲームは時間をお金で買うようなシステムが一般化しているとはいえ……ある程度のアバターを構成するにはそれなりの時間が必要となる訳。アバター一体を作り出すのにこれぐらいかかったりするんだから」


 人差し指を一本出して、彼女は言った。

 ええと……一万円?


「違う違う、もっと高い。……答えは百万円。一応言っておくけれど、ゲーム内通貨じゃなくて、現実のお金だからね。リアル・マネー・トレードは出来ないから、現実のお金を使うしかない訳だけれど……今はこういうビジネスモデルが流行っているんだよねえ。時間と強さ、あらゆる優位性を、お金で解決する。資本主義の象徴とも言えることじゃないのかな?」

「……で、その殺人事件はどういう意味なんだ。まさか、アバターを消去でも……」

「もっと単純。アバターを殺したのさ、毒で」

「毒?」

 ぼくは訝しんだ。毒というと、恐らく現実で言うところの毒じゃなくて、状態変化としての毒を示しているのだろう。

「毒なら、どんなプレイヤーだって使えるんじゃないのか? さっき解決した……って言ったけれど、犯人が特定出来たのか?」

「えらーくシンプルだったよ。犯人はかつて被害者と一緒のギルドを立ち上げたメンバーだった。今はそのギルドを脱退して自らのギルドを作成しているそうだけれど……それでもかつての規模と比べたらほど遠い。つまり、彼からしてみれば元のギルドを掠め取ったと思い込んで恨んでいた訳だね。これもまた、怨恨って訳さ」

「デメリットでもあるのか? その……アバターが殺害されると」

「一定時間、ゲームにログイン出来なくなる」

「それはお金で解決は?」

「出来ないね。一日の復活回数には限りがあって、それはいかなる方法を使っても無限に増やすことは出来ない。その時間は自分がログイン出来なくなる訳だから……ギルドにとっては大打撃だよね。敵のギルドからしてみれば、そのうちにそのギルドより多く点数稼ぎすれば良い訳だし」

「……何というか、現実でもゲームでも、辛気臭いことだらけだなあ……」

 

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