デコレーションキラー VR探偵事務所ファイル

巫夏希

序章 デコレーションキラー

第1話 デコレーションキラー

 霧前あずさは、忘れっぽい性格の人間だった。

 だからといって、自分の誕生日を忘れてしまうというのは、流石に自分の記憶力を疑ってしまうものだった。

 一年に何回か、特別な日と言えるものは訪れる。それがクリスマスだろうが、バレンタインデーだろうが、ホワイトデーだろうが、それはあくまで自分だけに限った話ではなかった。バレンタインデーに至っては渡す側の立場だ。そりゃあ、自分の気持ちを伝えるという大切な役割はあるけれど、しかしながら、今日の誕生日に限っては特別だった。

 今日祝ってもらえるのは、自分だけなのだから。

 三歳になる息子、瑞希は一人ゲームに夢中になっていた。扉を挟んで向こう側に居るから、いつ声をかけても別に問題ないのだろうが、こういうゲームやスマートフォンに夢中になっているのを見ると、何だか疎外感を覚えてしまう。

 とはいえ、今日の誕生日において、彼はその役割を果たしていない。仲が悪い訳ではないのだが、彼が母親である霧前あずさに誕生日のメッセージを送るのは、夕方になってから。それも、外に出て見つけた三つ葉のクローバーをプレゼントにしながら、だ。去年始めたことだから、それが継続されるかどうかは分からないけれど、どことなく彼がそわそわしているのは、流石のあずさだって分かっていた。

 シングルマザーとして過ごしていたあずさにとって、唯一の誇りであり楽しみとなっていたのは、息子である瑞希だった。瑞希は保育園に通いつつ、徐々にその成長を実感しつつある。今は世界中に感染症が広まってしまったために、保育園は閉まってしまった。あずさのレストランでのウエイトレスの仕事だって、今は開店休業状態だ。有難いことに、パートを含めた社員を切ることなく、さらに給料も全額補填してくれている。そうでなければ、このご時世、母子家庭が暮らしていくことなど出来る訳がない。


『今日はとても晴れやかな一日となるでしょう。――時刻は、正午になります』


 ラジオから聞こえる音声を聞いて、あずさはそろそろ昼食を作らなければならないと思い、椅子から立ち上がった。とはいえ、昼食は既に作っていた野菜炒めに梅干し、それに瑞希のために作った唐揚げとサラダという感じとなっていた。シングルマザーとして生き抜くために、彼女は様々な創意工夫をして、日々過ごしているのだった。

 インターホンの音が部屋中に広がったのは、ちょうどその時だった。


「……あれ、こんな時間に何だろう?」


 霧前家は、マンションの五階に住んでいる。郵便受けは共同として一階に設置されているため、直接配送する手紙を除けば郵便配達をしに来たという訳でもない。

 ならば宅配便だろうか。あずさは考えた。しかし、それは即座に否定する。確かにインターネットのショッピングは、実店舗に出向かなくても様々な商品を購入出来るからとても快適ではあるのだが、今日届くような商品を購入した覚えはない。

 購入した覚えはなくとも、サプライズで届くものなのかもしれない。

 何となく、彼女は前向きにそう捉えることにした。誕生日を知っている友人は何人か居る。だったら、友人がサプライズで誕生日に何か送ってくれたのかもしれない。家に出向くことが出来ない昨今、こうやって誕生日をお祝いしようとしているのだとしたら――そう思って、彼女はインターホンを覗くのだった。


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