106 受付の前で

「どうしたんだ。皆何か疲れ切っているようだけれどさ」


 先に受付まで戻っていたライバーにそんな声をかけられる。

 一応体力だけは回復魔法で回復させた。

 だから肉体的な疲れはそれほどない筈だ。


「ミリアよりハンスの方が厳しい。それがよーくわかったぜ」


 クーパーの台詞。

 半ば冗談めかした感じでは言っているけれど、言いたいことはよくわかる。

 あとの皆さんはただジト目で俺の方を見るだけだ。


「何をやったの、ハンス」

「攻撃魔法なしでもこのパーティはかなり戦える。それを実感して貰った」


「ボス部屋を4回、罠部屋を3回やらされた。しかも半分以上はショーンが攻撃魔法を使えない状態でだ」


 ケビンも何とか口がきける状態のようだ。

 このパーティの貴重な前衛戦力の1人なので相当に消耗したと思っていたけれど。


「うわっ。そんな事をやったのか」

「確かにそれ、かなり酷いんじゃない」

「辛そうだよねそれって」


 モリさん、アンジェ、フィンはそんな意見。


「なるほどね。でもその経験は確かに必要よ。いざ逃走しようという時、魔力が残っていないなんてのは普通にある事態だわ。その上でどうやって、どこまで戦えるか。

 それを知れば役に立つのは逃げる時だけじゃない。普段でもかなり魔力を節約できるようになるわ」


 ミリアは俺がやった訓練の意味を理解してくれたようだ。


「確かにそうすれば魔法なしで罠部屋を何度も攻められるだろ。お金儲けし放題じゃないか」


 ライバーはもともと脳筋。

 だから理解してもらえなくていい。

 もう俺は諦めた。


「確かにそうだけれどねえ。流石に魔力無しの状態まで必死に戦った後、『それじゃ次は此処を攻撃魔法なしで』なんて言われるとちょっとね。殺意すら覚えるわよ。絶対勝てないからやらないけれど」


 メラニーも何とか回復したようだ。

 流石このパーティの前衛2枚看板の1名。

 回復力に優れている。

 しかしどうにも穏やかではない感想だ。


「うんうん、わかるわ。私もあの雨の日の魔力訓練の時そう思ったもんね」

 アンジェがうんうんと頷く。


 しかしだ。

 この後、俺の立場が逆転する事態になると俺自身は予想している。


「計算が出ました。合計で小金貨770万円正銀貨28枚28万円小銀貨21枚2万1千円正銅貨35枚3,500円になります」


「えっ!!!」

 ミリアと俺以外全員からそんな声が出た。


「何だよこの金額は」

「罠部屋とボス部屋を何度も攻めたんだ。当然だろう」


 精神的に疲れすぎて気付く余裕がなかったようだ。


「午後だけで1人小金貨1枚10万円以上とは……」

「あの野外演習以来の衝撃です」


 よしよし、これで疲れが半分以上飛ぶだろう。

 勿論俺もいじめでやった訳じゃない。


 今の戦力でどこまで出来るか。

 どうすればもっと強い敵と出会った場合に対処できるか。

 そういった事をわかってもらう為にやった訳だ。


 罠部屋やボス部屋を使うのはそう言った工夫の成果を確認して貰う為。

 これらの場所は毎回ほぼ同じ状況で戦えるから。


 ただ、俺は経験上厳しくなってしまいがちかもしれない。

 俺自身がメディアさんにギリギリ程度のマージンで鍛えられたから。


 せめて訓練強度を学校程度くらいまでで抑えておけばよかったかな。

 今にしてみればそう思わないでもなかったりする。


「まあ、魔法なしメイスだけで何処まで戦えるかわかったから、それはいいんだな」


 やっとショーンも会話できる程度まで回復したようだ。

 ショーンには少々済まない事をした。

 ほぼ魔力が切れる状態まで魔法を使わせて、その上で戦うなんて事をさせたから。


 ただショーンの魔法は範囲拡散型で多数の敵に対して使いやすい。

 これに頼りすぎるといざという時に危険だ。

 そう思ったからこその今回の訓練というのもある。


「取り敢えず帰るか。そっちのパーティは今日は何処まで行った?」

 歩き出しつつ俺はミリアに尋ねる。

 

「第15階層の階層主を倒して、ついでに罠部屋も2回やって、後は第15階層をふらふら探索ね。第16階層まではまた階段が長そうだから」


 クーパーがうえっという顔をした。

「何気にそっちも過酷そうだよな。第15階層のボス部屋だの罠部屋だのなんて考えるだにぞっとするぜ」


「大したことないぞ。罠部屋は魔狼が大挙して襲ってくるだけだし、ボス部屋はコボルトのナイトとソルジャー以外は雑魚だしさ。それに罠部屋をやればお金になるしよ」


 ライバーは自分の実力がどれほどとんでもない事になっているか理解していない。


「コボルトって、ゴブリンより数段強いよね」

「必ず集団で連携攻撃をしてくるから、B級以上で攻撃魔法持ちのパーティ以外近づくなって授業では言われたな」

 メラニーとケビンの言っている事は正しい。

 正しいのだが……


「ゴブリンとそんなに変わらねえぜ。殴れば死ぬしよ」

 ライバーの前では全てがそれで解決してしまう。


「そっちのパーティと別行動にして正解だったようです。やっぱり元の実力がかなり違うようですから」

 ケイトの言う通りだ。

 なお今の台詞にケビンがうんうんと頷いている。


「まあ今日も儲かったしいいじゃないか。夕食食べたら街に出てぱーっと使おうぜ」

「ライバーはもっと貯蓄という事を考えた方がいいと思うわよ」


 この辺はまあ、いつもの通りだ。

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