親父が魔王になった理由
「親、父……?」
黒い靄に包まれた異形の怪物――戦闘中に、魔王であることが発覚したそいつの靄が晴れて現れたのは、俺に舞神の責務を押しつけ新婚旅行に出かけたはずの親父の姿だった。
魔王が、俺の精神的な動揺を誘うためにその姿に変身したのか。それとも、本当に目の前に居るのが親父なのか。
いや、変身だとしたら途轍もなく高度な変身である。
儀式用の剣が脈を打つ。
斬ろうと意識を向けると、剣に向けた神様がふるふると首を横に振っているような錯覚さえ覚える。
それに、舞神の神子としての血筋が勘が、目の前に居るのは魔王が化けた姿などでは決してなく。
俺を一人前の神子に育て上げ、舞神の宿命を俺に押しつけて逃げた親父本人であると訴えていた。
「親父、どうして。どうしてここに居るんだ」
「話せば少し長くなるが……まぁ、制約の暇つぶしには丁度良いか。結論から言えば俺は一年半ほど前、一度ここに訪れて魔王に敗北している」
「敗北?」
「あぁ。一年半前。勇者選定の儀式の時――ここ五代ほど勇者が敗北を喫していることもあって、今代の勇者は舞神の神子がなる手筈になっていた。
つまり、カグラ。本来今代の勇者はお前がなる予定だったんだ」
忘れもしない。勇者選定の儀。
忘れもしない。勇者選定の儀。
それは伝統的に、ルーナの大聖堂にある『聖剣の台座』そこに刺さっている最強の剣――聖剣を抜いた人間がルーナ神の寵愛を受け、勇者に選ばれる。
そして、その儀式の日。世界では、大量の悪魔が蛆のようにわき上がっていた。
だけど、あの時。俺は『悪魔狩り』の聖騎士として、勇者候補が安全に聖剣を抜けるように、悪魔を狩るために駆り出されていた。
でも、思い返してみれば確かに。あの日はやたらと俺ばかりが悪魔に狙われていた気がする。
「……でも、俺は選定の儀に参加しろとは言われなかったよ」
精々聖騎士仲間が「お前も参加したらどうだ? 勇者になれるかもよ。ガハハ」と言ってきたぐらいだ。
少なくとも、そんな重要な話なら教皇に命令されてもおかしくない。
しかし、あの時の俺はまだ教皇様に会ったことすらなかった。
「だろうな。一応、俺からも教皇の奴に『強制するな』とだけは伝えておいたし。俺が伝えなくとも、舞神の神子の呪われた宿命を知っていれば、お前に『聖剣を抜け』だなんて言えないだろうよ」
「呪われた宿命?」
「あぁ。お前も知っての通り、初代勇者は初代舞神の当主だ。初代当主様が、初代魔王を殺すとき、魔王は初代当主様を最後の命を賭して呪った」
知らない話だった。
初代勇者が舞神の神子。そして、初代当主は呪われ、呪われた宿命?
「よく解んないけど、俺は別に呪われてるって感じたことは無いよ?」
「だろうな。舞神の神子は普通の人間よりも遙かに身体が強い。幼少期から特別な訓練を受けるってのもあるだろうが、それ以上に生まれ持った素質ってのがある。
だから、舞神の神子にかけられた呪いは実質的に五代目の時点でなくなった」
だが、と親父は続ける。
「聖剣は別だ。聖剣があの奥に奉納されている『アレ』と似た性質ってのもあるが、それ以上に、あの剣には代々斬られてきた魔王の怨嗟が恨みが色濃く残っているのも大きいだろうな。
ここで呪われた宿命の話に戻るが、舞神の神子が聖剣を抜くと初代当主様にかけられた呪いが先祖返りして、三年ほどで命を失う」
「命を失う。……なるほど、だから親父は俺が万が一聖剣を抜いて死の呪いに掛からないよう、魔王に挑んで――それで負けたのか」
「ば、馬鹿。違う!! ……そもそもお前、性格からして『抜け』って言われても断るタイプだろ。それに、魔王討伐だって本来は舞神の神子の務めなんだ。
舞神の神子は、基本的に雨乞いとか飢えた土地を再生するとかの役目の方で多忙だし、悪魔狩りや魔王対峙は祈祷神楽に比べれば代替が効くから、ルーナ教の聖騎士や勇者に仕事を分担させているだけであって」
と、親父はツンデレなのかそうじゃないのかよく解らない反応をする。
良いじゃん、別に俺のために頑張ったってことにしても。
とは言え、勇者の役割である魔王対峙や聖騎士の悪魔狩りが元は舞神の神子の使命で、分担させているだけという話は意外だった。
……じゃあ、俺が勇者パーティに所属していたってのは割と意味不明な話である。
うん。レンヤが俺の役目を肩代わりしているはずなのに、それの補佐を俺がするというファジー。
そう考えると、俺が追放されたときセラフィたちが勇者ではなく俺に着いてきたのにも少しだけ納得できるが。
「じゃあ、なんで親父は――」
「ぐっ、あがっ……」
親父は少し苦しそうに半分の顔を押さえた。
黒い靄がまた立ちこめようとしている。聖域展開は祭壇を壊したりさえしなければ効果は半永久的に続くはずなんだが……。
やはり魔王の居城は特殊な空間だ。
満たされた邪気のせいで、こうも聖域が浸食されるとは。
「聖域展開『舞神神楽』」
「ふぅっ、はぁっ。すまない」
魔王に浸食され、親父は辛そうに息を吐く。
親父がひょんなことで魔王に敗北し、魔王に喰われたか。あるいは、取り込まれたのか。それが意図的なのか、意図しなかったことなのかは解らないが、事情はなんとなく解った。
そして、親父は俺が聖域を展開したことによって一時的に魔王から支配権を奪えた――あるいは取り返せたのであろうことも。
ただ、一つだけ確かめておきたいことがあった。
「親父は魔王なのか? それとも、親父なのか?」
「なにを言っている。俺は、俺だよ。カグラ。――よし、制約はもう良いね。カグラ――お前は今すぐ、舞神大社へ帰りなさい。勇者が、舞神大社を襲っている」
「なっ!?」
セント・ルーナの時も思ったけど、あいつ――舞神の結界すらもすり抜けられるのか!?
教皇でも手こずった相手だ。今のレンヤの強さは、あの国を護る舞神の分家の奴らの手に余る。
大社にはティールとレリアが居るけど、あいつらは対悪魔に関してはめちゃめちゃ強いというわけでは無い。
寧ろ、レリアは不利を取るし。セラフィを連れてきてしまったから、教皇の話を聞く限り、今のあいつらに、悪魔化した勇者を倒す術は無いだろう。
「早く行って、舞神大社を護りなさい。カグラ、お前はもう舞神の当主なんだ」
「解った。親父……とりあえず、簡易の祭壇は置いたままにしておく。聖域が消える前に、舞っといてくれ。――必ず戻って、助けに来るから!!!!」
「あぁ」
俺は親父を置いて、魔王の間を出て行く。
本音を言えば助けたい。魔王に喰われてしまった親父を、魔王を倒し、助けて、一緒に帰りたい。母さんと新婚旅行させてやりたい。
でも、それは普通に魔王を倒す以上の長期戦を覚悟しなければならない。
下手すれば三日三晩、戦い続けなければならない。
そんなことをしていたら、勇者に舞神大社を壊され荒らされてしまう。
色んな封印が眠る舞神大社だ。多くの神様が宿る社なのだ。あそこが壊されてしまったら、全てが終る。
間に合わねばなるまい。
ティール、レリア。俺が行くまで、どうにか食い止めていてくれ――
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