とりあえず、勇者は闇墜ちします

「どうして。どうして……お前は、無能で役立たずで。パーティで何一つ秀でた才能がないゴミクズなのに。俺は選ばれし勇者なのに。

 どうして、この俺がお前なんかに負けなければいけないんだ!!」


 勇者は、泣きながら喚いていた。


「まだ言いますか!――」


 俺への罵詈雑言を飛ばす勇者を叱ろうとするセラフィを止める。


「俺が勝ったんだ。これ以上、勇者のやつを責めないでやってくれ」


「カグラ様がそう仰るなら」


 セラフィは、渋々と言った体で引き下がった。


 別に俺は、勇者のことが嫌いじゃない。


 そりゃあ、俺のことを無能呼ばわりするところにはちょっと「ムッ」と来ることがないでもないけど。

 でも、それ以外の。

 下種でクズで、自分の欲望に忠実なところとか。身勝手で傍若無人で傲慢なところとか、そう言った部分は人間らしくて清々しいから嫌いにはなれないのだ。


 寧ろ、勇者にパーティを追放されなかったらあのキツい魔王討伐の旅路も、教会の聖騎士も辞めることなんて出来なかった。

 結果として、家業もブラックなことにはそう変わりなかったからアレだけど、転職の機会を与えてくれたこと自体には感謝すらしてるのだ。


 だから。こうして勇者を打ちのめして、プライドを傷つけてしまった罪悪感が心に重くのしかかった。


「カグラさん、やっぱり優しいですっ!!」


「ちょっと甘いと思うけど、そういうところ含めて好きだしね」


「わ、私だって好きですっ!!」


 そう言うんじゃない。


 優しいんじゃない。ただ、俺には勇者を打ちのめす理由がなかっただけだ。


「帰ろっか」


「そうですね」


 俺たちは八咫烏に乗って、舞神大社へ戻る。

 帰りもまた、丸一日の空路。


 帰ったら、一人でゆっくり風呂に浸かって、寝て。今日のことは忘れてしまおう。


 気分的には、一週間ほど鴉には静かにして欲しいところだ。




                   ◇




 勇者は地べたに這いつくばって泣いていた。


「なんで、なんで俺が。俺は勇者だぞ! なのに、あんな剣も祈りも何一つ秀でた才能はないクズ野郎に負けなければなんないんだ」


 悔しさと、プライドを傷つけられた屈辱。


 そして、「悪魔は勇者が討伐したことにしていい」「これ以上勇者を責めてやるな」と言ってセラフィから庇うなど、自分を追放した人に対して並の人間では見せることが出来ない優しさ。

 器の大きさの差をむざむざと見せつけられたのが不愉快で仕方がなかった。


「勇者よ、力が、欲しいか?」


「誰だ」


「今は、我のことなどどうでも良い。ただ、貴様に、絶大な力が欲しいかと聞いておるのだ」


 根源的な恐怖を誘う、深くしゃがれた声。


 振り返っても誰も居ないのに、確かに圧倒的な気配を感じる。

 悪魔。――いや、魔王。勇者に声を掛けた奴は確かに魔王だ。


 勇者はそれを、確信していて。

 それでもなお、その力が欲しいと切望していた。



                  ◇



 魔王は焦っていた。


「魔王様! グテーレス様が!!」


「解っておる。くたばりおったな……あれほど、舞神の神子を見たら、即座に逃げろと言っておいたが」


 それでも、舞神の神子が代替わりしていたこと。

 そして、今代の舞神の神子の戦闘を見れたこと。その二つは、幸いであり、不幸だった。


「……あ、悪魔狩り」


 グテーレスの殉職を伝えに来た魔王の部下は、魔王の水晶に映る――かつて、自らも悪夢を見せられた、忘れもしない顔に生唾を飲んだ。

 部下は、魔王に掴みあげられる。


「貴様、あやつについて何か知っておるのか?」


「ひぃぃぃ!!」


「知っておるのかと聞いておる!!」


「あ、あいつは、知っているも何も、ルーナ教の聖騎士――最凶最悪の『悪魔狩り』ですよ。たった三年で、我らの同胞を最も多く殺した男です」


「なんだと!?」


 悪魔狩り。言われてみれば、その容姿は同一人物と言って差し支えがない。


 だがしかし、魔王が部下の瞳を通して水晶越しに見て来た映像の悪魔狩りはただの一度も神楽を使う素振りを見せなかった。

 ただひたすらに、祈りと剣を高水準で使えるだけの。ルーナ教の聖騎士だった。


「……悪い夢を見ているようだ。いや、むしろ舞神の神子と悪魔狩り、その両方を相手せずに済んで良かったと思うべきか」


 しかし、だとしても。

 いや、少なくともグテーレスとの映像だけでも解る。


 今代の、舞神の神子は先代や先々代と比べるのも烏滸がましいほどに。圧倒的に強すぎるのだ。

 ……特に、剣の舞からの『瞬歩』で放たれた斬撃は、魔王を持ってしても視認できなかった。


 もし、予め『破魔神楽』を舞われた状態で対峙したら。

 いや、舞われてなくとも舞を止められずに、目の前で舞われて結局瞬殺される――そんな確証があった。


 あれだけ悪魔に強い神楽を持った人間が、あの速さと剣の斬れ味を持っている。


 元来悪魔は、聖職者に大きく不利を取る。

 それでも、多くの人間を苦しめてきたのは一重に『剣を高度に操れる祈り使い』が居なかったからだ。


 だからこそ人間は剣術担当と祈り担当二人一組でバディを組む。


 それ故に、悪魔は殴れない祈りを集中的に狙い。剣術に庇わせることで疲弊させ、それで勝ってきた。

 でも、カグラは違う。


 カグラは自分で祈れるし、舞えるから。

 庇うべき人間もおらず、その上、悪魔ではバディ相手のときのように祈りの妨害も出来ないから体力だって、回復されて実質無尽蔵。

 カグラは正に、存在そのものが悪魔にとっての悪夢だった。


 魔王は水晶を見ながら、カグラに敗北し泣き崩れる勇者を見て思った。


「あるいは、こやつが寝返れば」


 勇者は、神に愛されているが故に聖属性が効かない。

 もし、こいつが悪魔の再生力を手に入れて、勇者の聖・光耐性そのままなのであれば、対舞神の神子への最終兵器になるかもしれない。


 最早、魔王にはそれに賭ける以外の道は残されていなかった。


 そうと決まれば、善は急げ。魔王は、勇者の元へ、グテーレスの残滓と自らの居場所を入れ替え――つまり、実質的に。

 勇者の元へ、転移した。



                  ◇




 勇者にとって、自らに声を掛けてきた存在が悪魔か魔王なんて最早勇者にとってはどうでも良いことだった。


 ただ


「その力があれば、カグラをボコボコにして。あの生意気な女どもをぶち犯すことが出来るのか?」


「それは貴様次第だ」


 カグラに、この屈辱への復讐をしたい。勇者はその気持ちにのみ支配されていた。

 馬鹿にされ、見下され。貶められた仕返しがしたい。


「名を名乗れ、魔王。俺は、あいつらに報復が出来るなら、お前の剣になってやる」


「ほう。勇者が、我を魔王と知ってなお契約を望むか。面白い、気に入った。我が名は『リベンジ』報復と復讐を司る魔王なり」


「リベンジ。俺は今日から勇者じゃなく、ただの『レンヤ』だ」


「レンヤ――。これからは我が戦友として、共に舞神の神子を屠り、一二〇〇年の長きにわたる因縁を我らが勝利として終らせようではないか」


 舞神の神子。そう言えばさっきの悪魔も、謎の十字架に殺される前。カグラのことを舞神の神子と称していた。

 元勇者、レンヤは因縁になんて興味がない。


 ただ、魔王と自分の目的は同じ。


 カグラを屠ること。そして、カグラを屠ったら、セラフィたちを屈辱的にぶち犯して馬鹿にしてきたことを目一杯後悔させてやる。

 そう誓う勇者の聖剣は、どす黒く染まり上がっていた。


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