とりあえず、勇者はわからせるってことで

「セラフィ、レリア、ティール。それにカグラ……お前らのせいで俺は……どうしてこの街に居るんだ?」


 聞き覚えのある怒声。


 振り返ると、そこには勇者が居た。


「特にカグラァ、お前だ! お前のせいで俺は仲間を、ハーレムを失ったんだ!!」


 下種な罵声を投げかけながら、修羅もかくやというほどの怒りを出しながら。勇者は俺の胸ぐらを掴み上げてくる。

 そんな勇者の様子を、セラフィたちはゴミでも見るかのような目で見ていた。


 そういうとこだぞ、勇者。


 そう言ったら多分、火に油なんだろうけど。

 力を使った後に、荒事は面倒くさいなぁと思った。


「そうか。そうなのか。ところで、勇者。どうしてお前はこの街に来たんだ?」


「この街に、悪魔が出たって言われたからな。……教皇に、そいつを倒せば新しく仲間を――今度は飛びっきりの美人だけのパーティにしてやるって言われたんだ。

 お前こそ、どうしてこの街に居るんだ?」


「いや、俺は八咫烏が五月蠅……と言うか、家業で」


 って言うか、教皇……。勇者に失望したとは言ってたけど、殺すことないじゃん。


 あの悪魔、魔王軍の四天王って言ってたし、儀式用とは言え、ある程度神気が馴染んだ剣で、しかも剣の舞で強化された上でもなお、木っ端みじんに切り刻んでも更に第二形態に強化した上で再生するような悪魔だ。


 少なくとも、『祈り』や『神楽』を使えない勇者じゃ絶対に勝てない相手なのだ。


 綺麗な女の子で釣って、殺そうなんて。教皇もまたえげつない真似を……


「そうか。って、そうじゃない。カグラ、俺はお前のせいでめちゃくちゃに「そうだ!」」


 折角話題を逸らせたと思ったのに、再び蒸し返してきた勇者に被せるように声を上げる。


「そうだ! 別にあの悪魔、勇者が狩ったってことにしよう! 別に、報酬とか出ないし、勇者が倒したってことにすればその、新しい仲間とか見繕って貰えるんだろ?

 それに、俺としてもお前が倒したってことにした方が色々都合が良いし!!」


 特に、勇者に絡まれるとか言う面倒ごとを回避できる。……それ以上のメリットは特にないけど、悪魔を倒した成果が俺のものになってもなんのメリットもないから、実質デメリットもない。


「それは助かるが……じゃなくて! お前、絶対俺を嗤って、見下してるんだろ!! 馬鹿にしやがって」


 しかし、勇者はまだ怒っていて。俺の胸ぐらを離してくれる気配はなかった。


 別に俺は、嗤ったり見下したりするほど勇者に関心とかないんだけど。

 とにかく俺は、穏便に勇者の怒りを宥めて早々に帰りたかった。


 しかし、そんな俺の思惑はセラフィの一言でおじゃんとなる。


「いい加減、見過ごせません。そもそも、勇者――貴方がカグラ様を嗤ったり、見下してたんでしょう?

 カグラ様は、一々貴方を見下すほど貴方に関心なんてないんでしょうが」


「なんだと?」


「今すぐ、カグラ様からその薄汚い手を離してください。カグラ様は心が広いから、悪魔の討伐の手柄を貴方ごときにくれてやろうって言ってるのです!!

 それに感謝して、今すぐ立ち去りなさい!!!」


「……うだ」


 おい。今、なんて?


「決闘しろ、カグラ! お前をぶちのめして、俺のハーレムを取り戻してやる!!」


「え?」


「ええ、構いませんよ? まぁ、貴方には不可能だとは思いますが、万が一カグラ様に勝つことが出来たなら貴方の奴隷にでも何でもなって差し上げます」


「え? いや、なんで勝手に決めてんの?」


「……済みません。でも、こんなにもカグラ様を侮辱され、蔑ろにされて。私、腸が底から煮えくりかえっているのです。

 レリアも、ティールも構いませんよね?」


「まぁ、私のカグラくんが負けると思わないし? 別に良いけど」


「か、カグラさん。そいつ、思いっきりぶちのめしちゃってくださいっ!!」


 えぇ~。なんでみんなそんなに乗り気なの?


 いやまぁ、勇者のやつ。セラフィたちのことずっとハーレム扱い――と言うか、モノみたいに言ってるのが受け付けないのは解るけど。

 年頃の男の子だと、そう言う奴偶に居るから俺としてはあんまり勇者を憎めないのだ。


「カグラ、どっちが本当に強いのかわからせてやる。その後はお前らも、覚悟しとけよ」


「……はぁ。やるの? はぁ、気乗りしないんだけど……」


 俺の胸ぐらから手を離した勇者から適当な距離を取って、俺は儀式用の剣二本を適当に構えた。

 いや、まぁ手を抜いたりしたら怪我するし。

 流石に本気でやるか。




                    ◇




 

「カグラ、なんだその剣は。刃がない……てめえ、馬鹿にしてんのか?」


「お生憎様、これが一番手に馴染むもんで。早速、武闘神楽『剣の舞』」


 俺は両手の剣をときに打ち付け、ときにくるくると舞わせる。そして俺も舞う。

 舞えば、刃がないこの剣でも鋼を斬り裂くことが出来るようになる。


「くっ、悠長に舞わせるわけないだろ!!」


 勇者は踏み込んで、俺のところに向かってきた。


 まだ舞っている途中。剣の切れ味は、未だ刃のついていない儀式用の剣のままだ。


 対して、勇者は聖剣。

 どんなものでも斬れる斬れ味と、どんな攻撃を受けても刃こぼれ一つしない頑丈さが売りの、名実ともに最強の剣だ。


 ヤバい。――決して、そんなことはない。


 ザンッ、と踏み込んだ勇者の聖剣を流々と受け流し。その勢いで勇者の喉を斬り裂こうとして、流石に躱される。

 しかし、こうして躱されている間にも俺の『剣の舞』は完成に近づいていく。


「『剣の舞』は、祈祷神楽ではなく武闘神楽だ。神様に祈るんじゃない。舞そのものが武道としての型なんだ」


 ただ、全うして真剣に舞っていれば、その努力に神様が応えてくれる。

 武闘神楽は決して、祈っているわけではないのだ。


「なんだよそれ……カグラ、お前。勇者パーティに居たときはそんな技一回も使ってなかったじゃないか。実力を隠してたのか?」


「隠していたわけじゃない。勇者パーティの聖騎士としては、ちゃんと全力でやっていた」


 ただ、聖騎士の剣術と祈り。祈祷師の神楽は系統が、型が違うだけなのだ。


 そこに優劣なんてないし。ただ、俺の本職が祈祷師で――神楽は幼い頃から何千、何万回と舞ってきたから。ちょっとだけ得意なだけなのだ。


「ただ、本業を隠していたのは紛れもない事実だ。それは謝る。ごめん」


 俺はそう言って頭を下げた。


「そこで、頭を下げるからお前はやっぱり無能なんだよ。そっ首叩き切ってやる、死ねぇぇぇえええ!!!!」


「卑怯な!!」

「最低!!」

「卑劣っ!!」


 俺は、勇者の聖剣の一振りを流々と舞うように躱し、流した。

 剣の舞が完成した儀式用の剣は、聖剣を受け流そうと刃を当てただけで、鰹節のようにするすると聖剣の刃を削いでしまう。


「なんで。せ、聖剣が……欠けてる……不壊のはずなのに。どうして!?」


「聖剣は聖神ルーナ様から地上に授かりし剣だって言われてるけど、剣の舞は本当に神様が剣に宿っちゃう技だから」


 俺はそのまま流々と、流して剣の一本を勇者ののど元に突きつけた。

 俺が軽く手を振るうだけで、勇者の首は胴から離れる。


「俺の勝ちってことで良いよな」


「あぁ……」


 虚ろな返事をして、勇者は膝から崩れ落ちた。

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