signing event (サイン会)

「あ、ありがとう、ご、ございます……。」


 虫の羽音ような音量で、誰かがお礼を言っている。


 老舗と量販店の中間のような書店の一角で、同じ本を抱えた老若男女が列をなして先ほどの中性的な声の主に向かって並んでいる。


「アルバート先生の大ファンなんです!初版から買わせてもらってます!先生の作品は・・・・」

「あわわ」

眼鏡をかけた男が興奮気味にまくし立てている。 話が半分も入ってこない。



「お会いできて光栄ですアルバート先生!まさかこんなにきれいな方だったなんて…いえ悪口では決してなくて!むしろ予想通りというか、先生の書く物語は・・・・」


若い女性が早口で嬉しそうに話す。聞き取れない……

「あはは……」



 苦笑いしながら聞いているのが現在のアルバート、19歳・作家である。


 短めの銀髪に色白な肌、整った顔立ちで細身、背も女性にしては高い。銀・白・青の印象の中に赤いチョーカーをしている。これは同居人のフレッドとおそろいにしたらしい。


 一見浮世離れしている見た目だが本人の隙だらけの雰囲気がアルバートをこの世に繋ぎ止めているようだった。いわゆる。しゃべるとボロがでるタイプ。


その見た目とか細い声で「ああ……」とか「うう……」とかいう気の弱い女性である。ぼーっとしているように見えて人の数倍ぼーっとしている。世界最弱級のメンタルで穴があったら入っている。



 人々が列をなしていた理由はいわゆる「サイン会」である。


彼女の作品に彼女のサインをしてもらうために書店に人が集まったのである。企画をしたのはもちろん消極的な彼女ではない。


「終わったぁ~」


 情けない声が机に向かってこぼれる。ほどなくサイン会は大盛況のうちに終了し、書店の店主からも


「頑張ったねえアルちゃん」


と激励とお小遣いをもらった。


この会は彼女の新作の宣伝も兼ねていたのにアルはお小遣いをもらった嬉しさでその本の売れ行きも聞かず「フフフーン♪」と足取り軽く家路についた。




 この街【アポロ・ポート】は芸術家、作家、職人など何かを作ることに特化した人間が多く集まる場所だ。「すべての創造はアポロへ通ず」と昔誰かが言ったとか、言ってないとか。皆思い思い好き勝手に創造しているため、刺激には事欠かない。不思議な街である。


 しかし人口割合的にそういった人が多いだけで普通に商人もいるし露店もある。そうじゃないとさすがに生活がうまく回らない。アルバートもこの露店をよく利用する一人だ。




「もう先に帰ってるかなぁフレッド。早く帰らないと飢えちゃうかな」


独り言を言いながらなじみの店で買い物を済ませる。と、


「あ、イチゴだ」と声を一段高くした。露店で珍しくイチゴが売っている。きれいなイチゴは赤い宝石のようだ。


「(フレッドも好きなんだよねー)」


 アルは心の中で独り言をつぶやきながら、お金を払って再び家路についた。


「買いすぎた…重い…助けて…」


今度は口にでていた。




「ただいまぁーフレッド」


アルが緊張の抜けた声を出した。


「おかえり。遅かったな。どっかいってたのか?」


 バディのフレッド。椅子にひざを立てて座っている。


「まっすぐ帰ってきたよ。ちょっと夜空を見ながらだけど……。」

「それは真っ直ぐとはいわん。星座で家の位置を思い出してんのか?」


半笑いで答える同居人。


「アルフレッドのいじわるー」

「フレッドと呼べ」


 この皮肉をいう青年、アルフレッド・クレインはアルバートの同居人で相棒(バディ)である。


「アルフレッド」も略すと「アル」になるため混乱を避けるために自分を「フレッド」と呼ぶことにしている。


 黒髪ロングをたまに後ろで結んでることもある。

童顔で茶褐色の肌、黒い瞳、アルバートより身長が低く、見た目はほとんど女の子。

よく街中で子供と間違われ飴をもらうことが多いが22歳でアルより3つ上。


性格は強気で包み隠さず物事をいうタイプ、信用される反面敵も作りやすい。


頭もきれるため推理も得意。

見た目の幼さに反して喧嘩が恐ろしく強い。 赤いチョーカーはアルバートとおそろい(でつけさせられている)。




 こんな正反対の二人で作っている物語だがこれがよく売れている。


 二人の仕事の進め方は分業性。


アルが考えた物語をフレッドがまとめ、文にして本に形成している。


天然でアウトプットが極端に苦手な彼女が考えたストーリーをまとめるのは至難の業だ。


 大きな湖からホース1本で水を取り出しているようなものでフレッド以外の人間には務まらなかった。


かつてアルは二人ほど相棒バディを組んだことがあるが、1人は自分では彼女の能力に見合わないと辞退し、もう1人はアルの才能に嫉妬して去っていった。


その後人攫いに連れ去られそうなところをアルフレッドに助けられたのであった。




「サイン会はどうだったんだ?」

「んーすごくたいへんだった。何回やっても慣れないねぇ~」

「宣伝にはなったろ?」

「えへへ、みんな喜んでたよぉ」

「ふーん。どんくらい売れたんだ?」


「あ」


「あ?」


「聞き忘れちゃった、ごめん」

「アルバートサン……まあ予想はしていたが。で、いくら小遣いもらったんだ?」


「…ナンノコトカワカリマセン」


「そのイチゴは俺にも分けてくれるんだろ?」


「あ、あはは」


「うそだうそ。今日頑張ったご褒美なんだからアルが食べろよ。」


「わーい!でも、一つだけならフレッド食べていいよ?」


「食べさせてくれ、ちょっと手が放せない」


「何も持ってないじゃん」


「んーアルを眺めることで忙しい」


「んん~!眺めるなー!」


「あ、赤くなった。面白ーい」


何気ない会話だがとげはない。運命的な凸凹コンビだった。

フレッドはなんとか、あーんしてもらうことに成功した。


「でもサイン会は前巻よりも人が少なかったような……?」


「前巻はまあ歌のサビみたいな部分だから、ファンも多いんだろ。新作【雨音】…タイトルが悪いな。古くさすぎ。カビの臭いしそう。これじゃ昔の歌謡曲だ。」

「えーでもアルフレッドが考えてくれたんだし、私は好きだよ。」

「フレッドと呼べ。そういう才能は俺にはないんだよ。まあいい勉強になった。あの時は酒も入ってたから、悪ノリだ。」


「そうかなぁ~?」

「お前の書く物語はいいんだから、原因はそれしかない。お前に……ん?」


急に会話が途絶える。見るとアルは顔をしかめている、というかむくれていた。

あるワードが地雷だったらしい。


「どうした?」


「……『お前』ってやだ」


「ん?ああ、ん?」


「名前で呼んで!4年も一緒に暮らしているのに二回もお前って言った……。バディなのに。アルって呼んでよー!」


「お前家にいると途端に面倒な女になるな……」


「また『お前』って言った!もう明日からご飯作らない!」


「待て、悪かったアルバート。アルバート様。お、おお今日はなんと麗しいお姿で……」


「もう部屋着だし!麗しくないよ……私怒ったよぉ……」


怒ったアルは怖くはないが結構しつこい。


ちなみにフレッドは家事全般をそつなくこなせるが、生来の味音痴のため料理だけは苦手だった。


「本当にスミマセン……。あ、あは、あー実はなアルバート、プレゼントがあるんだ。」


「???」


「今日俺も仕事の帰りに……露店で見つけてさ……」そういうとフレッドが部屋の奥から持ってきたのは、



イチゴ




「「……」」


「フレッド、イチゴ一個返してね」


「はい。全部どうぞ。」


「そんなにいらないよぉ。まったく…ふふ」


 正反対の凸凹コンビでも一緒に長く暮らせば考えることも似てくるのも必然である。


「アルバートさん。やっぱりちょっと返してください。」


「はいはい。もう。」




何気ない会話で今日も一日が終わろうとしていた。

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