竹取物語異説

 今は昔、株トレのジイさんという者がおった。若者に混じって株の売買をし、儲けをよろずのロクでもない事に使った。パチンコとか、競馬とか、キャバクラとか。名を、サカキなんとかと言った。


 ある日、キラリと光る銘柄を一つ見付けたジイさん、おやと思って調べてみると、上場したばかりのベンチャー企業、タケトリ社であった。それを買うと、配当金と共に株主特典として小包みが送られてきた。それを開けてみると、三十センチばかりの美しいお人形が、大変可愛らしい様子でこちらを見上げておった。


 お人形はかぐや姫と名付けられ、それを預けられたバアさんは狂喜乱舞、大変可愛がったものだった。AI(人工知能)を搭載しておって、言葉を覚える事ができたので、それはもう自分の本当の孫よりも溺愛した。かぐや姫は従順で、賢く、優しかった。それにひきかえ彼らの孫ときたら、生意気で、小賢しく、憎たらしかったのである。


 ジイさんはその後も度々キラリと光る銘柄を見付け出し、何度も儲けた。財布が潤ってくると気も大きくなり、ますます株取引に精を出すようになった。当然、ギャンブルと夜遊びも日増しに派手になった。かくて孤独なバアさんはますますかぐや姫を溺愛した。


 「かぐや姫株」(いつの間にかそう呼ばれるようになった)は三月ほどで大成長した。多くのトレーダー、証券会社、それにファンドが、この株を欲しがった。ジイさんの所にも色々な人が押し掛けてきては、かぐや姫株を売ってくれと迫った。中でもしつこいのが五人おって、どれも何かの会長だとか社長だとかCEО(最高経営責任者)だとか言った。それぞれの名を石作、車持、阿部、大伴、石上と言った。もうまるでストーカーの如くしつこいので、ジイさんも困ってしまった。バアさんも不安になって、かぐや姫に相談をした。


「どうにか追っ払えないもんかね」

「無理な条件を出して、体よく断ればいいんですわ」とかぐや姫は言った。

「しかし、どいつもこいつも目の回るような金持ちらしいからねェ。百億って言ったってハイそうですかってアッサリ持って来そうな連中じゃないか」

「青色発光ダイオードを持って来なさい、と言えば宜しいですわ」

「それはもう発明されたよ」

「じゃ、青い薔薇を咲かせてくれと」

「それももう成功したよ」

「おやまあ、おばあさま、文明はどんどん進んで行きやがりますのね」

 時々かぐや姫は教えもしない言葉や言い回しを口にするので、バアさんは首を傾げる事があった。しかし、AIというものは何しろ素晴らしい物なんだろうから、きっと日々自分で学習していくのだろうと、勝手に納得しておった。


 さてジイさんはかぐや姫の入れ知恵で、五人の大金持ちにこう言った。

「わしに月の石で出来た灰皿をくれ。でなきゃ月の上で育った盆栽をくれ。でなきゃ月のウサギの毛皮で出来たコート。でなきゃ月で取れたダイヤ。それも無理なら、わしを月の裏側に連れて行ってくれ。星条旗が本当に立ってるかどうかこの目で確かめたいのだ……! このどれかを実現してくれた野郎に、株を売ってやろう」

 くたばれイカレジジイ、と五人は思ったであろうが、かぐや姫株の誘惑には勝てなかった。そこで、五人とも「しばしお待ち下さい。必ずや実現させて見せます」と見栄を切って、その場を辞した。


 結論から言うと、五人とも成功しなかった。石作は贈収賄、車持は詐欺罪、阿部は証券取引法違反、大伴は万引きに失敗して、それぞれ警察の御世話になり失脚した。残った石上は事故死した。なにぶん大企業のCEОだったので、本当に事故死なのかどうか警察も随分疑って調査したが、不審な点は見付からなかった。ただの事故死だった。あはれな事である。


 そんなこんなで、ジイさんが胸を撫で下ろしていると、ある日またかぐや姫株を欲しいという者が現われた。ミカドさんと言って、日本で一番有名なファンドの会長だった。さすがのジイさんも邪険に扱う事ができなくて、何度か手紙の遣り取りをしているうちに、御互いになかなか馬が合う事が分かって、ちょっぴり仲良くなった。


 その頃から、かぐや姫は物思いに沈むようになった。お人形なので表情は変化しなかったが、バアさんが話し掛けてもボンヤリして答えない事が多くなった。バアさんは大変心配した。

「かぐや姫、かぐや姫や。お前、大丈夫なのかい?」

「おばあさま、わたし、おばあさまと御別れするのが嫌ですわ」かぐや姫は哀しそうな調子で言った。

「私だって嫌だ、嫌だよ」バアさんは慌てた。「誰がそんな事を許すもんかい」

「わたしを作った会社、タケトリ社が、もうすぐ買収されてしまうのを知っていまして?」かぐや姫はますます哀しそうに言った。

「いんや、知らん。会社とか社会はさっぱり分からん」バアさんは口をとがらせて答えた。「勿論、理科も数学も」

 かぐや姫は溜め息をついた。「おばあさま。買収という事は、会社が別な所に乗っ取られてしまうという事ですわ。きっと社長も変えられてしまうわ。特に、私みたいな製品はお金の無駄と言われて、サービス停止されてしまうに違いありません。そうしたら、おばあさまとも御別れです」

「どういう事だい?」

「わたしがこのように沢山の言葉を覚えられるのは、背中から電波を飛ばして、インターネットに繋いでいるからなんです。このシステムがお金の無駄と言われて、通信が打ち切られてしまうと、わたしは今のようにお喋りできなくなります」

「そんな」バアさんの目に涙が浮かんだ。「お前、お願いだよ、私にはもうお前しか楽しみが無いんだよ。行かないでおくれ。ずっとこのままでいておくれ」

「おじいさまの保持している『かぐや姫株』が、勝敗を左右するのですわ」かぐや姫はきっぱりと言った。「おじいさまに、かぐや姫株をタケトリ社に売り戻すように言って下さい。決して、ミカドファンドには売らないようにと」

「そうかね。そうすればお前は行かないでくれるのかい」バアさんは必死の形相で問い質した。

「ミカドファンドは今、タケトリ社の株を片端から買い集めています。最終的には、それをさるIT関連企業に纏めて売り払ってしまうつもりなのですわ。そのIT関連企業というのが、タケトリ社を買収しようとする悪の組織なのです。負けてなるものですか。ここで食い止めれば、ええ、きっと上手く乗り切れます」


 しかし、上手くは行かなかった。『かぐや姫株』はその日のうちに暴落し、翌週、上場廃止になった。と言うのも、買収される直前にタケトリ社の悪事がばれたのである。それは全く目も当てられぬ悪事であった。なんと、「AIを搭載した、言葉を覚えるロボットを開発した」と嘘の発表をしていたのである。実際にはそのような技術は全く無かった。では、ジイさんとバアさんの所に送られてきたかぐや姫は、一体何者であったのだろうか。勿論、偽モノであった。


 底冷えする冬の朝、調査委員会と称する男たちがジイさんとバアさんの家に乗り込んできて、かぐや姫を引き取りにきた。バアさんは大騒ぎで抵抗した。

「かぐや姫は渡さん! 私のたった一つの宝を、生き甲斐を! これは私の孫じゃい!」

「おばあさん、誠に残念な事を申し上げますが」と委員会のイケメン委員長は穏やかなハスキーボイスで説明した。「その人形は、本来、一言も喋る事ができないのです。背中にアンテナがありまして、電波で遠隔操作されているのです。お分かり頂けますでしょうか。この一年、あなたがお喋りしていた相手は、その人形ではなくて、その人形を電波で操作していたタケトリ社の社員だったのです」

「黙れえい!」興奮したバアさんは、説明を理解しなかった。「かぐや姫は渡さん!」

「おばあさま、わたしはお星さまに帰るのですわ」と、かぐや姫に扮した社員は観念して言った。「これからは、お星さまを見て私だと思って下さいませ」

「老眼で星なんか見えるもんかい」バアさんは嘆いた。

「では、お月さまに」とかぐや姫。「わたし、実は月の世界の者でしたので」

「出鱈目言ってんじゃねえ!」

「出鱈目じゃないのだよ」とジイさんが悲壮な顔で妻を説得した。「タケトリ社は不正が見付かって駄目になったんだ。ああ、ああ、こんな事になると分かっていれば、さっさと売り払っていたものを。わしの五百万が水の泡だ」

「五百万!」とバアさん、目玉を飛び出させた。「あんた、それ、どうすんのよ!」

「どうしようもありゃせん」ジイさんは暗い声でうめいた。「他にも色々借金あるからなあ(サラ金から)。この家も、家財道具ごと一切合切、売り払うしかあるまいて」

「こ、こ、この腐れ外道ガリガリ亡者めが!」バアさんはついに溜めていた怒りを爆発させた。「私が四半世紀かけてケチケチ倹約して、ようやっと回してきた家計を! 老後を! かかか株なんかに注ぎ込んで! それでも儲けているのならと目を瞑っておったのが間違いか!」

「損する奴がいればこそ」ジイさんは悟ったような口調で言った。「その犠牲の上に、儲かる奴がいられるのだ。すなわちこれぞ焼肉定食、じゃなくて、弱肉強食」

「死んでしまえ!」

 こうしてジイさんとバアさんが言い争う間、かぐや姫(に扮した社員)はオロオロして、一言二言口を挟もうとしたが、二人に無視された。そのうち調査委員会のイケメン委員長が、かぐや姫の背中を開けて、電波受信機と発信機を見付けた。これを取り外してしまうと、かぐや姫はもう元通りのただの人形に戻ってしまい、はっと気付いたバアさんが慌てて話し掛けた時には、もうウンともスンとも言わなかったのである。こうして、タケトリ社とジイさんは破滅した。


 一方、タケトリ社を買収するはずだったIT関連企業の社長は、メディアの取材に対し「いえー、こんな事でなければ、一つ手を組んで、未来のロボット事業に夢を託しても悪くないんじゃないかと、思った事もあったんですがねー」などと、既に過去の事のような言い方をして笑い飛ばした。しかし、ボロ儲けを見込んでタケトリ社の株を買い集めてしまっていたミカドファンドは、笑うどころではなかった。翌週、会長のミカドさんは「かぐや姫株が無くなったからには、生きていても仕方ない」と言い残して、から身を投げてしまった。


 さてジイさんとバアさんは自己破産して、路頭に迷う事になった。バアさんはぐちぐちとジイさんを罵った。どう考えてもバアさんの言い分が正しいので、ジイさんは一言も言い返せなかった。しかしそのうち、罵られるのにウンザリしてきて、ジイさんはバアさんをぶん殴った。バアさんは死んだ。ジイさんは急いで辺りを見回した。幸いにも、ひっそりとした山の中だったので人影は無かった。と思ったのはジイさんだけで、実際には目撃者がいたのである。

「あ、お婆さんが殺された!」と叫ぶ所だったが、あまり驚いたので「あ、おば……」としか言えなかった。それで、今ではそこはと呼ばれている。


 ジイさんはバアさんの死体を埋めて、素知らぬ顔で下山したが、当然、ろくな死に方をしなかった。バアさんの方は、ジイさんの非道な仕打ちに百年の恋も冷めきったのであろう、おかげで今でも青葉山は冷え冷えとしている。ことに冬になるとバアさんの魂の無念が一層つのるらしく、一度雪が降ると春まで溶けないという話である。……めでたし、めでたし。



(了)



内輪の文集用なので、地元民しか読まないという想定で書いており、当時住んでいた仙台市が舞台になっていたようです。

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