サンタが禁止される日


 サンタは言った。「よろしい、では聖なる夜に死者を遣わそう」



 コロニーに襲来したのは多剤耐性インフルエンザウイルスだった。感染力が強く症状が重篤な上に、現行の主な抗インフルエンザ薬8種が全て効かないというスーパーインフルの猛威の前に、あらゆる乳児、幼児、若者、働き盛りの世代が次々と死に絶えた。残ったのは70代以上の高齢者ばかり、正確には、72歳以上である。このたびのスーパーインフルが72年前に大流行したA型インフルエンザの近種であり、その当時罹患した人々が免疫を獲得していたことが原因だった。


 労働力を失ったコロニーは自治区としての機能を停止し、生き残った老人たちは自動的に「難民」指定となった。周囲のコロニーから寄せられた救援物資で食い繋ぎながら、各自の受け入れ先が決まるのを待つ日々。しかしどのコロニーも致死性ウイルスの侵入を恐れ、難民受け入れへの腰は重かった。


 ほとんどの住民の今後が定まらないまま、10ヶ月が経過し、その年もクリスマスが近づいてきた。


 その日、セイヤ氏とその妻のもとを訪れたのは、赤い服に赤い帽子を身に付け、大きな白い袋を担いだ男だったそうだ。



(中略)



 パンデミックの被災地で国際テロ組織が動いているという報告を受け、連合軍の調査部隊が向かったとき、現地で出迎えたのは意志を持たない肉人形の一個師団であった。


 俗に「第一次ゾンビ戦争」と称されるこの紛争は終結までに8年を要した。後方で老人たちが資金と兵士の「素材」を提供しつづけていたのは明らかだったが、終戦時、半数以上の老人たちはすでに老衰で亡くなっていた。また、残った者たちも著しく認知機能が低下していた。彼らは異口同音に、「サンタクロースが来て子供と孫を生き返らせてくれた」と言い、他のことには口を閉ざし答えなかった。


 しかし私は介護士としてセイヤ氏の亡くなるまでの2年間をケアしながら、それとは別の言葉を聞いたことが何度かある。

「サンタじゃないのはわかっていた」セイヤ氏は眠りに落ちる直前に、たまに小さく呟いた。「ただ、話を聞いてくれたのが、嬉しかった。だから協力してやってもいいかと思った。ろくでもないヤツなのは知っていた」

 8年間に渡って計10万単位の戦死者を出した件の動機としては、随分と奇妙なものに聞こえた。


 しかし、他の介護士たちからも、似たような話をよく聞いた。


 現在では、クリスマスにサンタクロースの格好でプレゼントを配ることは殆どのコロニーで禁止、または自粛されている。



(了)

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