派生

 焼け野原に最初のツリーを植えた人は偉大だった。ハンノ氏の仕事は独創的で、唯一無二のものだった。初めてその前に立ったとき、私は宇宙を感じた。


 今、街は雨後の筍のように増殖したツリーで埋め尽くされている。

 どれもこれも粗雑で安っぽい、ハンノ氏の二番煎じ、三番煎じ、四番煎じである。誰もかれもが、ツリーを植えたがる。人のツリーには見向きもせず、ひたすらに自分のツリーを飾り、誰かに見せつけようとするばかり。ハンノ氏のスピリットを継ごうとする者はいない。というより、全員がある意味では、自分こそがハンノ氏のスピリットを継ぐ者だと思い込んでいて、実際にはゴミを量産していた。


 通りに、建物に、庭に、路上に、境目に、隙間に、とかくありとあらゆるところにツリーが林立する。ツリーとツリーの枝葉は絡み合い、互いに歪にぶつかり合いもつれ合い、押し退け合い、そこにオーナメントとイルミネーションがくちゃくちゃにぶつかり合って、混沌とした景色を作り出す。


 ハンノ氏の最初のツリーがどこにいったか、もうわからない。あまりにも沢山の劣化コピーに埋もれてしまい、二度と見つかりそうになかった。

 私は苦々しい思いで、街はずれへと続く緩やかな長い坂を上っていった。でたらめに植えられたツリーの枝葉を掻き分け、そのチクチクする葉先に辟易し、イルミネーションの配線に足を取られ、不用意な位置にぶら下がったオーナメントに殴られながら。


 やがて私は舗装された坂道の終わり、雪深い山道への入口にたどり着く。そこに小さな手作りの丸太小屋があり、小屋の前でハンノ氏が薪割りをしていた。

 ハンノ氏の引き締まった身体はコート越しにもはっきりとわかった。一線を退いてこの山小屋に住むようになってからの数年で、ハンノ氏はすっかりアウトドア向きの身体に変わり、もともと高かった背丈も更に高く見えるようになった。


「おや、久しぶりだね」ハンノ氏は薪割りの手を止めて私を見た。

「今年も、ツリーは作られないんですか」私は挨拶もそこそこに切り出した。

「ああ、まあ、作りたいものは作り尽くしたからな」ハンノ氏は特に感慨もない口調で言った。

「もう一本だけ……今度こそ、どこにも埋もれない場所に……ええ、つまり、懸命に探しているのですが、見つからないもので……他のツリーに埋もれてしまって」

「いいじゃないか。ツリーが沢山あるのは、良いことだ」

「でも、あんな、ゴミばかりですよ。私があのとき見たツリーは、」私は思わず勢い込んで言った。「傑作でした。完璧でした。だから……なのに……」


 私には耐えられなかった。ハンノ氏の作品が埋もれ、ハンノ氏の生きた証が忘れられていくのが。


「いいじゃないか」ハンノ氏は笑った。「俺も君もいつか死ぬんだ。ツリーも枯れる。永遠に残るものなど何も無い」

「そんな」

「でも」ハンノ氏は坂の下に広がる街を指差した。「人に受け継がれるものは永遠だ」

「あんなもの全部ゴミです。劣化コピーですよ」

「そう思うかね? 俺が残したものはツリーではない。この景色だよ」


 言われて、私は来た道を振り返った。

 眼下に広がる、無限に入り組んだ樅の木の海。



 そこに宇宙が広がっていた。




(了)

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