終わらない週末

魔方陣は目立つところに書かなければならない。それも、消えない方法で。


半端な覚悟では悪魔は呼び出せない。リスクを恐れるくらいなら、普通に生きればいいのだから。


私は通学カバンの背中側ど真ん中に、新品の油性ペンではっきりと正確な円を描き、それに内接する完璧に正確な六芒星を描いた。(筆記用具を付け替えられるタイプのコンパスを使った)

そのあと、ネットで拾った画像を見ながらできる限り正確に、円の周りの謎の文字を書き写した。


3時間が過ぎ、日曜日が終了した。真夜中12時2分、完璧な魔方陣から悪魔が出現した。悪魔の姿は黒い霧のようで、顔も形もわからなかった。


「お前の願いを聞き届けた」と闇の塊が言った。


「まだ、言ってません」と私は言った。


「『週末を永遠に』と確かに聞いた」


「あ、それです」


「聞き届けた。今日からお前だけが、恒久の週末を生き続ける。取り消しはきかないぞ。分かっているな」


「ありがとうございます!」と私は叫んだ。


「永久にだぞ。取り消さないぞ」


「当然です! このカバンで二度と登校できるはずがありませんから」

私は油性ペンででっかく魔方陣が書き込まれた通学カバンを抱きしめて、悪魔に何度もお礼を言った。


「これは附属品だ」闇の塊が、何かを差し出した。


リモコンのようなもので、ボタンは大きく3つだけ。


① ② ③


「これは何ですか?」


「アフターサービスだ。『終わらない週末』は、一生使ってもらう魔法だからな。使い方や効果について疑問があったとき、最大3回までは回答する」


「へえ。ではさっそくひとつ聞きますが、私が一生、週末を過ごすとすると、私の生活費は私が稼がなくても良いのでしょうか? 親が死んでも?」


すると、リモコンの①のボタンがサッと色を変えて平らになった。


● ② ③


悪魔は答えた。

「生活のことはうまいこと回るようになっている。それが、『終わらない週末』の最も強力な効果でもある。親や親戚が何くれとなく、何の疑問も抱かずに世話をし続けてくれるし、彼らがいなくなればまた別な者が手を差し伸べる。不自然ではない形でだ。いよいよ誰もいなくなったときには、宝くじが当たるかもしれん。とにかく全部うまいこと手配される。安心して週末を過ごすがよい」


「ありがとうございます!」


私はそれから丸3ヶ月、家にこもってゲーム三昧の日々を送った。

両親は当たり前のこととしてそれを受け入れた。世間にはいつも通り平日がきて、父は会社へ、母はパートへ行く。だが、私はぐうたらしていた。学校からも何のお咎めもない。だって、私は週末を過ごしているのだから。

なお、カバンに落書きをしたことに関しては、週末であろうと関係なく、激しく怒られた。


さらに3ヶ月が過ぎ、私はさすがにそれほど楽しくなくなってきた。誰かと遊ぼうと思っても、平日はみんな学校や仕事へ行っている。誘っても、「ごめんね、わたしは休みじゃないんだよね~。いいなあ、せいちゃんは週末で」。

世間が週末を迎えたときに、何度か友達と遊んだけど、学校へぜんぜん行っていない私はどんどん同級生とも会話が合わなくなっていき、やがてお声がかからなくなった。


私は2番目のボタンを押した。


● ● ③


悪魔が来た。

「質問をどうぞ」


「週末に学校へ行くと、ペナルティがありますか」


「悪魔からのペナルティはない。人間の作ったルールについては、何とも言えないな。お前の学校が『週末に授業を受けてはならない』という規則を設けているのなら、それに応じたペナルティはあるかも」


私は生徒手帳を隅から隅まで読んだが、そのような校則は見当たらなかった。


そこで、世間が平日を迎えている間は、学校へ行くことにした。


「週末に勉強しに来るなんて」と、先生は私を褒めた。「なかなか、できることじゃない。このモチベーションをもっと皆に見習ってもらいたいもんだ」


「週末まで根を詰めてやることないんじゃない?」と母は心配したが、少し嬉しそうでもあった。


「最近熱心だな。お前も大人になったんだ」と、父は心底誇らしげに言った。


テストを受けると、「週末に受けに来なくても良いのに。えらいなあ」と言われた。


そのテストがそれなりの点数なら、「田宮さんは週末なのにテストを受けに来て、平均以上の点を取ってるぞ。それに引き換え、お前たちはなんだ」

先生のお説教のネタとして使われた。


点数が悪くても、「まあ週末に受けたものだし」と母は呑気に頷いた。「受けようと思うだけでも大したものじゃない。あなたは本当に真面目ねえ」


「人生にはな、息抜きも大事だぞ」と父。「週末は週末らしく過ごしてもいいんだぞ。パパもそうしてるだろ」


私は3つ目のボタンを押した。


● ● ●


「質問をどうぞ」

と悪魔が言った。


「私が永遠の週末をもらったということを、全世界の人間が知っているのですか?」


「いや、そこまでやるとだいぶ面倒なので、このS県内の人間だけにしている。一生働かない予定なら、お前が県外に出るのは旅行のときくらいだろうと思って。旅行先の人間にまで、お前の今日が週末かどうかを気にしてもらう必要はないと思ったんだが……ご不満だったかな?」


私は次の日から、真剣に勉強した。


そして、親に頭を下げ、首都圏の専門学校へ行きたいと頼んだ。


親は、週末にも関わらず熱心に勉強し続けてきた私に、反対をできるはずもなかった。母はパートを増やして学費と一人暮らしの家賃を工面してくれた。


私は、私が週末を過ごしているということを知らない人たちのあいだで、勉強し、資格を取り、就職した。


職場の人の紹介で知り合った人と付き合うようになり、1年半の交際を経て、プロポーズをされた。


「実は転勤が決まったんだ」彼氏は言った。「君がキャリアを大事にしているのは分かっている。こんなことは俺の身勝手すぎるお願いだと、分かっている。俺の仕事は、転勤が多い、だから君には苦労をかけるかもしれない……でも、もう君しか考えられないんだ」


「ありがとう」私は彼の真剣な眼差しに胸が熱くなった。「お受けします。どこへでもついて行くわ。S県以外なら」


そうして彼は私の夫になった。

その後、3回の転勤をする間に、3人の子が生まれた。


「君は資格持ちなのだから。働くママになりなよ。サポートするよ」夫はいつも繰り返し言ってくれたが、3人目の子がつかまり立ちを覚えた頃から、だんだんその話は出なくなった。


それから更に10年が過ぎた。


「ああ、サザエさんか!」

世間が日曜日を迎えたある夜、夫は頭を抱えて叫んだ。

「サザエさんの顔を見るたびに、目の前が暗くなるよ。反射的にだ。明日また会社に行かなきゃいけない。週末が終わらなければいいのにって! お前、分かるか、この気持ちを?」


「そうね」

私はいつもの5倍量に積みあがった皿を洗いながら、ほほ笑んだ。

「でも、主婦に週末は無いのよ」




(了)

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