第55話 恋手紙な妹だけど、どうしよう。

「最近、初音さん、変わったよね?」

「そうかな?」


 っと、登校中、クラスメイトとの他愛もない会話だ。


「つい最近まで、『私、生徒会』みたいに細かい風紀を取り締まってたのに、柔らかくなったというか、事情を鑑みてくれて……甘くなったのとは違うんだけど」

「そうかな……?」

「悪い事では無いと思うけどね?

 ちゃんとダメな人は取り締まってくれるし」


 とはいえ、思い当たる節はある。

 一つは姉ぇの影響だ。

 心の底では少なからず嫌悪があった姉ぇへの誤解が解けて、理解を示せるようになった。だから、杓子定規という感じではなくなった感じがある。


「コンタクトにもしたし。

 眼鏡の時もあるけど」

「色々あって」

「色々ねぇ?」


 コンタクトだけではない。

 今、姉ぇにお洒落を習って色々やっている。

 校則違反にならない程度にアレンジはしているが、髪や爪先などの手入れは抜かりない。後、肌の保湿なども始めている。

 髪の毛もゴムなどで留めず、後ろで編んでいる。


「好きな人でも出来た?」

「……出来た」

「初耳。

 恋愛禁止の学校じゃなくて良かった、良かった」

「流石の私でもそれは時代錯誤だとおもうよ」


 前までの私が聞いたら驚きそうなことを言っている自覚がある。学校では勉学にいそしむべきだと思っていたし。


「で、どんな人?」

「頭が良くて、カッコよくて、正義感が強い人で……」


 聞かれ、溢れ出そうになる。

 下からもだ。

 抑えろ私、うん。


「……あー、はいはい、判った判った」


 と呆れ顔で引いてくれるので抑えることに成功する。

 危ない危ない。

 私の体質は明らかに校則違反に直結する……というか、社会的に死んでしまう。


「?」


 そんなことを考えながら開いた下駄箱。一枚の封筒がヒラリと落ちた。


「まさかラブレター?」

「……かな?

 名無しだけど」


 開けてみる。

 初音・さんさん、放課後、校舎裏で待ってます。

 果たし合いみたいな文面である。

 名前もない。

 ただ、封筒が可愛いカエルがあしらわれており、これを果たし合いに使う人はいないだろう。


「どうしよ」

「私、ラブレター貰ったことないから判らない」

「私も始めて貰った……どうしようかな……」


 校舎裏は人目の付かない場所だ。

 いきなり襲われることも無いだろうとは思うが、怖く感じるのは事実だ。

 私は痴漢を受けてからというモノ、閉所で異性との接触は避けるようにしている。

 体が固まることがあるからだ。

 現状、一対一で居ても気楽で居られるのは、パパと誠一さんだけだ。


『ラブレターねぇ……』

『……かは多分だけど』


 困ったときの姉ぇラインである。

 お昼休み。

 スマホ自体は禁止されていないが、流石に手紙は他人に見せるものではないと、生徒会室へ。

 会長や副会長は居たので挨拶をし、私の席へ。

 庶務席と書かれたプレートが置かれている。

 生徒会庶務兼風紀委員、これが私の学校での肩書だ。


『まぁ、レディコミなら誘い出された所をレイプとか有るわよね。

 人が居ない茂みに誘い込んでとか……。

 お試し期間だと言ったのに、下の方も試されるとか』

『どんな荒れ果てた高校……』

『いやいや、人を脅す材料があると魔がさすということは往々に有るものでしてね?

 恋愛禁止の学校でキスを写真に写されて、脅すとか。

 万引きをでっち上げられるとか』


 襲い掛かってくる狼のスタンプを押してくる。


『進学校だからそれは無いと思うけどねー。

 なんか妹が男に対して恐怖心をもっていると感じてね?

 からかったわけよ』


 っと、おどけた様な兎のスタンプで安心させてくる。

 とはいえ、恐怖心の部分はある。

 痴漢されてから特にだ。


『姉ぇ?』

『めんごめんご。

 このネットが跋扈しているご時世にラブレターねぇ……、わざわざ手書きの手紙を出す方が勇気もいるし、お金もかかるのに』


 確かにメールアドレスとかなら、友達やクラスメートに教えて貰うことが出来そうなものだ。


『私も無いこともないけど。

 陸上部してた時に何回かだからビフォーアービッチよね。

 その時は部活があるからって断ってたけど』

『そういえばあったね、そういうこと』


 姉ぇが手紙を観てはため息をしていたことを思い出す。

 昔から活動的な姉ぇは男子と距離が近い為か、告白されることが多かった。

 その時はまだビッチでは無かったし、男をたぶらかす趣味も無かった筈だ。


『とりあえず、行くしかないとは思うのよ、姉ぇは。

 ただ危ないと思ったら逃げることは忘れずに。

 逆恨みとか怖いからね?』

『逆恨みって……』

『冗談じゃないからね、これは。

 得てして、自分のモノにならないと人間思えば、とんでもない事をしてくる人もいる訳でしてね?』


 実感がこもった言葉だった。

 私も痴漢されたことがあるが、歴戦の姉ぇはもっと危ないことにあったことがあるのかもしれない。


『断るなら、感謝を示しつつもしっかり断った方が良いわよ』


 強い姉ぇの口調が見える。


『しどー君みたいな返答すると、泥棒犬に困らせられたりするから』


 グサッ。

 私のことだ。

 とはいえ、ウサギがニシシと笑うスタンプ付きなので、


『意地悪!』


 と返しておいた。


 そして授業が終わったスグの放課後。

 部活動なども始まる前の間だ。

 結局、私は指定された校舎裏に行くことにした。

 木陰になっているためか、夏にしてはちょっと涼しいぐらいだ。

 人の気配はほぼ無く、ひっそりとしている。

 不安が無いと言えばウソになるが、流石に校舎内だ。

 イザとなったら私も陸上部だった経験がある。逃げる。


 校舎裏、男性が一人。

 私は近づいていき、


「こんにちは、私を呼ばれた方ですか?」


 後ろから声を掛けた。

 とはいえ、男性と一対一である事実はそれを打ち消し、体に不安がはしる。

 同じ学年で見たことがある人で、背は高い。

 ハニカミながらの笑顔が似合う、何というかイケメンという感じで、昔の私なら好みな感じだ。

 今の好みは誠一さんだけなのでピクンとも心がなびかない。


「ああ、そうだよ」

「で、何のご相談ですか?」


 とりあえず、ラブレターとは限らなかったので生徒会庶務として話しかける。

 目的が何もなかったのでこれも有りうるだろう。

 相手は面と喰らったのか、一瞬、言葉を失う。

 そして吹き出してくれるので、それが冗談だと思ったようだ。


「何も理由が書かれて無かったモノで。

 果たし状かとも考えて来ないことも考えてました」

「それは配慮不足か、悪かった

 ――ぇっと、俺のこと知ってる?」

「知りません。

 ただ、姿は何度か拝見したことがありますね?

 どこだったか思い出せませんが」


 相手がガクッと項垂れる。

 とりあえず、精神的な優位には立てたからか落ち着いてくる。


「サッカー部でそれなりに黄色い声を掛けられてるから……自信あったんだけどなぁ」


 言われれば、脳裏に引っかかる。


「あー、生徒会で応援をサポートしに行ったときに、一年なのに後半怪我の選手の代わりにスタメンで走ってましたね」

「⁈

 そうそう、覚えてくれたんだ」

「名前は全く思い出せませんがね?」


 再び項垂れる彼は同情でも誘っているのだろうか。

 私には通じないのだが。


「……俺、日野ひのみつるって言うんだけど」

「はぁ、日野……さんですね?」


 日野、確かにどこかで聞いたことがある苗字だ。

 ただ、私の記憶が合致される前に、彼から、


「初音・燦さん付き合ってください」


 手を差し出される。


「お気持ちはありがたいですが、お断りします」


 なので即答。

 姉ぇのアドバイスに従った形だ。


「……何故?」

「私、好きな人が居るんです」


 聞かれたので端的に応える。

 隠しておくことでもない。


「……どんなやつだ?」

「別の学校の人です。

 カッコよくて正義感が強い人です。

 私は彼に恋して、だから色々してるんです」


 彼は考えるように、手を顎に当てる。


「これでおいとましてよろしいですか?」

「待って待って、試しに付き合うとかもダメ?」

「私、マジメだと有名ですが、イエスと答えるように思えますか?

 ドア・イン・ザ・フェイスは通じませんよ?」

「確かに」


 彼は苦笑で降参を示してくれる。

 ドア・イン・ザ・フェイス、つまり最初に強い要求を出して、次に本命を出すやり方だ。

 よく姉ぇも使う。


「うーん、自信なくすなー」

「私なんかよりも、いい人居ますよ。

 私は最近、自分が美少女だということに自信が持ててきていますが、まだまだですし、それを好きな人以外にアピールする気はさらさら有りませんので」


 姉ぇしかり、私より優れている人はいるのだ。


「……いや、容姿とか別にいいんだけど。

 確かに最近、可愛くなったなーとは思うけど」

「ありがとうございます。

 でも、容姿では無いとするとくそ真面目な委員長キャラが好きとか、マゾか何かですか?

 あるいはそんな人を自分に色に染めたいとか?

 ……怖い人ですね?」

「そんな発想が出てくる方が怖いんだが……?」


 日野さんが眼を見開いて意外だと言わんばかりだ。

 おっと、姉ぇのネガティブ脅し発言の影響が出てしまった。

 良くない良くない。


「さておき、私としてはお付き合いするつもりはございませんし、これから委員会の活動が有りますので。

 日野さんも練習始まるのでは?」


 そうペコリと頭を下げる。

 すると彼は手をこっちに向けて……拳を作って、その場に立ち止まったまま踏みとどまった。


「あー……時間切れだな。

 今度、また話しかけてもいいか?」

「……それぐらいなら。

 ただ、私、あまり男性が得意ではないので」


 そしてこの日は別れた。

 次の日、ちょっと生活が変わった。

 休み時間ごとに、日野さんが私に声を掛けてくるのだ。


「おはよう」

「ご飯一緒に食べない?」

「生徒会ご苦労さん」


 ......etcetc。

 どうしたものかと思う。

 ストーカーで学校側に言いつけるかとも考えたが、そこまではと抑えた。

 風紀に抵触してるわけでもない。


「初音さん、あの日野君を袖にしてるって?」


 よく話すクラスメイトにそう問われた。


「彼、有名なの?」

「そりゃそうよ、女子の中には何名も狙っている人が居るよ。

 俺様系だけど、サッカー部の次期エース、イケメン。

 何がダメなの⁈」

「私、好きな人が居るから……」

「そうだったわね。

 キープとかしないの?

 付き合ってみたら案外、仲が良くなって好きになるかもよ?」


 言われ、浮かぶのは姉ぇの顔であって、


「ビッチみたいなことは出来ない……」


 とはいえ、今は一途である。

 脳内で謝って置く。


「まぁ、そうよね。

 マジメが服を着ている初音さんだもんね?」


 実際はそうでもないのだけどと、誠一さんを浮かべながら放課後を今か今かと待っている私が居た。

 今日はデートの日だ。

 生徒会の後、少し遅くからスタートのいつもの時間帯。

 何をするかは決めていないが、勉強をするだけでも心躍るから問題ないのだ。

 そして私の頭を撫でてくれたり、キスをせがんでみたり、それだけでも幸せである。

 出来れば、毎日のように疼く私の体を貪るようにして欲しいが、我慢である。

 この前みたいな積極的な誠一さんとは限らないのだ。

 実験だと、そう言われたことは良く覚えている。

 それでも、半月毎であろう暴走したら誠一さんに抑え込んでもらえるかもしれないと思うと、嬉しさで身震いが起きた。

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