10 別離

 複数のカメラが、ある一室を捉えている。

『博士』

 アルヴィが語りかける。

「ん?」

 ベッドの上で静かに呼吸の起伏を見せる博士が、アルヴィの問いかけに反応した。

『彼が着いたようです』

「また、余計なことを」

『……』

「お前は、勝手に奴の知り合いに成りすまし、わたしとの接点を作っただろ」

『バレていましたか』

「当たり前だ」

『ですが、当時は機械人間が戦場にいたことで、世間は騒いでいました。それに博士も懸念なさっていましたでしょう』

「それだけか?」

『話し相手が私とだけでは、味気ないと思いまして』

「そんなものなのか?」

『そんなものです』

「ふっ、そうかもな‥‥だが、それはそれで愉しかったがな」

『……』

「お前と一緒に、人の一生分の倍を過ごしたのだ。貪欲に科学技術を使い、自分の新しい身体を得、好きなことをした。本望だろ」

『神がいるのなら罰せられますね』

「ふっ、死んだ後のことを今悔やむのか? そんなものは死んだ後で考えるさ」


「博士」

「お前か‥‥暇な奴だな」

「……」

「ロクサーヌも来ているのか?」

「はい、居ります」

「済まないな、こんな姿で」

「そんなことはありません」

「わたしには優しい言葉をかけてくれないのですか?」

「お前がそれをわたしに言うのか?」

「博士が手を休められているから、わたしが忙しくしなければならないのです。労って貰って当然です」

「わたしはもう十分だろ。それにお前で事足りる」

「そんなことは……」

「お前が学んだことを、機械人間を通して伝えればいいだけだ」

「分かっていますよ、博士と出会ったときから。だからわたしは軍を辞め、機械人間の修理師としての道を進んだのです」

「そうか」


「バァ」

「どうした」

「バァ、いなくなるの?」

「そうだな」

「いなくならないで」

「わたしがいなくても、お前を守ってくれる者がいる」

「バァ、おめめ見えない?」

「済まないな、お前の顔を見たいんだが」

「これだよ」

「ああ、ミイロの顔だ」

「そうだよ」

「エイルはいるのか?」

「はい、ここに」

「科学者の興味で、お前には業を背負わせてしまった」

「わたしが望んだことです」

「辛い道だな」

「博士は辛かったのですか?」

「いや‥‥意外と悪くはなかったのかもな」


「いずれお前たち機械人間は消えるであろう。人間がお前たちの手を借りずとも自立できたか、新たなツールの出現で必要としなくなるか。だがな、必ずそこに至るまでには、お前たちの存在が必要なのだ。済まないが、人間につきあってやってくれないか」


 複数のカメラが、ある一室を捉えている。

「さて、そろそろわたしは‥‥神と議論してこよう」

 博士はそう微笑み、永遠の眠りに就いた。




 しめやかな葬儀が営まれた。

 ただ棺に移され、彼女の縁の物が添えられていく。

 先代の婦人の娘とプライマスが訪れ、花で飾る。

 ミイロとエイルが博士の帽子とコートを入れる。

 古い箱。

「それは何だ?」

 彼はグェンの持ってきた箱をロクサーヌと見つめた。

「私たちの始まりであり」

「私たちであり」

「「総てです」」

 アンディとグェンがそう言うと、

『私はお側にいると誓いました』

 とアルヴィが答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る