第59話 指輪
目の前にいる
だって甲冑に顔が隠れて見えないしな……。
「強いって聞いたけど、この場は見逃してくれないかな?」
「……ウゥゥゥ」
答えてくれないか。
「ダメかぁ」
『当たり前でしょ』
「当たり前でしょ」
俺の背後から聞こえてくる見事なまでのハーモニー。
仲が悪いと思っていても、実は仲がいいみたいな?
でもさ、言うだけならばタダなんだから、言ってみた方がお得でしょうに。
そんな思惑など他所に、バールゼフォンらしき
「ぬおっ!」
突然の攻撃に、慌ててバックステップで躱す。
どう? カッコいいでしょ?
『余韻に浸ってないで早く反撃なさい!』
厳しい事で。
と思いつつ、素早く踏み込み、手にした黒い
だが、返す手で大剣の平を正面へと持ってきたことで、俺の突きは見事なまでに弾かれる。
『変なこと考えているからよ!』
「お、俺が何を考えていたって言うんだ!」
『絶対カッコいいでしょとか思ってたでしょ?』
「ま、まさかぁ」
こめかみから汗が一筋流れる。
「……思ってたわね」
「ハハハ……そのようですなぁ」
呑気に頷きながらそう言うポーラとガイロスを一瞥するが、すぐさま殺気が俺のすぐ側で沸き上がる。
「とんでもない膂力だなぁ」
その場で思い切りしゃがむと、頭上を勢いよく風が切り裂かれて通り抜ける。
攻撃に無駄が無いが、動きは大振りだ。
「うはぁ、怖いなぁ」
大剣の大振りを躱すと、すぐさまその場で身体を捻って回転させて蹴りを繰り出し、その勢いで足を払おうとするが、すぐさま飛び退かれて空振りに終わる。
「参ったな。この人強いね」
『だから言ったでしょう』
「だねぇ。
『実力に等級は関係ないわよ。それを一番よく知ってるのはダリル、あなたでしょうに』
俺の背後で控えているエリーがそうぼやく。
確かに、実力に等級は関係ない。
何せ、何故か知らないけど俺だって強敵と対することが出来るからね。
例えば、悪霊とか。
「まあ、この人も悪霊並みって事かな? ……っと」
そう呟きながら、俺は後ろに転がる。
「ダリル! 私も手伝うわ!」
「某も参りましょう!」
助かるなぁ。
「有難い。正直、俺一人ではどうにもなんない」
「その割には随分余裕そうに見えるけど」
「気のせい。気のせい」
ポーラがバールゼフォンのフルフェイスヘルムと鎧の隙間、つまりは首筋目掛けて
しかも避けただけにとどまらず、すぐさま身を屈めながらポーラ目掛けてタックルを仕掛ける。だが、すぐさま支援に回ったガイロスが大盾で防いだ。
「くっ! 3体1なのに……しかも、相手は片腕なのに強い!」
「もの凄い脚力ですな。一瞬腕が痺れましたよ」
バールゼフォンと距離を取りながらそう呟く二人の間に、突如としてエリーが姿を現した。
『バーゼ……許して』
そう言いながら、エリーは右腕をバールゼフォンへと突き出す。
『
腕の先から現れた漆黒の焔がバールゼフォンを覆いつくす。
エリーの練られた魔力による闇の炎。普通に喰らえばひとたまりもない。
だが……。
「……嘘だろ?」
漆黒の焔を纏ったまま、バールゼフォンは何事も無い様にゆっくりとこちらへと歩み寄る。
不意に大剣を大きく振りかぶって振い去ると、纏わりついていた漆黒の焔が瞬く間に消え去った。
『……さすが
すかさず距離を縮めたエリーは、懐に入り込みながらその身に漆黒のオーラを纏わりつかせ、胸部装甲目掛けて両腕を突き出す。
『
エリーの掌に生成された巨大な氷の槍が、バールゼフォンの胸部甲冑を強打する。
だが、当のバールゼフォンは数歩下がるだけでその場に踏みとどまった。
『っ……流石ね、バーゼ』
苦い表情を浮かべてエリーが呟いた矢先、大剣を鋭く突き出してきた。
「おっと、そうはいかないな」
俺が体制を立て直し、突き出された大剣の力を大地へといなすと、姿勢を崩し、上半身をぐらりと前のめりになったバールゼフォン目掛けて漆黒の剣を振り下ろした。
だが、地面に剣を突き立て、ぐらついた姿勢を強制的に耐えさせると、片腕を振り上げ、手甲を剣の平目掛けて弾き返す。
弾き返されて上背が反り返った瞬間、俺は好機とばかりに剣を繰り出そうとしたが、そんな希望を打ち砕くかのように、バールゼフォンは大剣を地面へ突き刺し、俺の胸ぐらを掴むと一気に地面へと押し倒した。
「ぐぅっ」
何とか回避しようともがいた左手でバールゼフォンの胸部装甲を掴んだものの、背中から地面に叩きつけられた勢いで手甲が外れてしまった。
しかも手にした
『バーゼっ!!』
すると、すぐさま俺のすぐ側にエリーが現れ、勢いよくバールゼフォン目掛けて腕を突き出し、魔力を集中させる。だが、バールゼフォンはすぐさま反応して身体を捻ると、その勢いで俺を持ち上げ、さながら盾にするかのように突き出される。
『っ!!』
手のひらを目いっぱい広げながら集中させていた魔力を、俺が急に現れたことで手を握りしめ、一気に魔力を霧散させる。
その一瞬の隙を突き、左右からポーラとガイロスが、バールゼフォンの顔めがけて斬撃を繰り出した。
攻撃が当たったと思った瞬間、流石は
だが、ガイロスの繰り出したメイスは完全に避けきれないと判断したのか、自ら頭部を突き出して打撃威力を減退させる。
たが、その衝撃でフルフェイスヘルムが顔から脱げ、宙を舞った。
ヘルムを飛ばされたバールゼフォン。そんな彼の顔を、俺はまざまざと見せつけられる。
黒眼が消失した真っ白な目。
剥き出しになった頭蓋骨を見え隠れさせるボサボサの白髪。
そして、幾百年もの年月を経ながらも、朽ち果てることを許されずに眷属化し続けた結果からか、唇をほぼ無くし、幾本か欠けた歯を剥き出しにした、表情など一切読み取れない、そんな哀れな男の姿がそこにあった。
だが、そんな風に哀れに感じたのも一瞬。
物凄い力で俺を突き飛ばし、突き刺した大剣を一気に掴んで抜き放つと、体勢が崩れたポーラの頭蓋目掛けて容赦ない斬撃を斬り下ろす。
「させるか!!!」
踏ん張れ、俺!
突き飛ばされながらも、左足で地面を蹴りつけ、その勢いに任せ、今まさにポーラに斬りかかろうとしているバールゼフォンの顔めがけ、握りしめた左手の拳を叩きつけた。
「!!! グアゥァっ!!」
俺の拳がバールゼフォンの顔の側面を捉えた瞬間、下顎に入った拳の先が微かに輝き、即座に霧散する。
頬に受けた打撃の影響か、ボロボロになっていたであろう歯が1本、音も無く口から零れ落ちる。
不意な殴打を受けて姿勢がぐらつき、一瞬よろけて大剣を地面へと突き刺してよろけた姿勢を瞬時に持ち直す。
レイピアを蹴り飛ばされて姿勢が崩れていたポーラだったが、すぐさま距離を離して呼吸を整えると、その正面に割って入ったガイロスが大盾を構えて守る。
俺は落とした
束の間の、空白の時が流れる。
俺達はバールゼフォンを左右から囲むようにしてじりじりと近寄るが、当のバールゼフォンは動かない。
数瞬の間を開け、僅かに顔が俺に向く。
何も映さないはずの白濁した目。だが、何故か確かに俺を見ている様……な気がする。
突き刺した大剣の柄から手を離し、姿勢を正して立ち上がる。
すると、おもむろに腰を屈め、落としたフルフェイスのヘルムを拾い上げると、再びそれを被り直した。
「強いなぁ……流石は団長さんだね」
一連の動作を見ながらそう呟き、口に僅かに入った土を、唾と共に吐き出すと、エリーがため息を吐いた。
『お行儀が悪いわよ?』
「……それ、今注意する?」
若干の余裕が出たのだろうか。エリーが少しばかりいつもの調子に戻ったようだ。
「ダリル!!」
ポーラが鋭く俺の名を呼ぶ。
瞬間的に声の方へと視線を向けると、慌てるポーラの視線と交わるが、俺の目には瞬間的に俺の方へと大剣を繰り出そうとしているバールゼフォンの姿が視界に入る。
「なぁっ!?」
『
エリーがすぐさま手を翳し、俺達の目の前に漆黒の焔の壁を出現させる。
だが、バールゼフォンはそれを全く意に返さないかの如く、焔の壁を突っ切って俺に突進してくる。
漆黒の焔を纏いながら、バールゼフォンは俺目掛けて大剣を振り下ろしてくる。
「くっ!」
振り下ろされた大剣を身体をずらして交わすと、大剣の剣先が地面を抉る鈍い音と共に俺の足元に僅かな振動を伝えて来た瞬間、俺の身体にバールゼフォン自身が身体を押し付ける様にしてぶつかると、その勢いのままエリーから離される。
「このっ!!」
何とかその突進を右脚を突っぱねて押し殺そうとし、身体を離そうと左腕を突き出した。
『……ルカ』
自分の耳を疑った。
俺の耳元に、聞き慣れないくぐもった声が聞こえたからだ。
『聞コエルカ? 俺ニ斬リカカレ。顔ヲ近ヅケロ』
混乱する。
これまでに聞いたことのない声が、俺の耳に入ってくる。
顔をバールゼフォンに向けると、フルフェイスヘルムの瞳の箇所が、明らかに俺を見据えていた。
罠?
いや、そんな小細工をしなくとも、こいつは俺を倒す力を持っている。
少し前までなら、バールゼフォンの本気の突進を喰らえば、俺は吹き飛んでいた筈。にも拘わらず、先ほどの突進は、俺でも食い止められるような力加減だったのは明らかだ。
物は試しと、俺は手にした
すると、バールゼフォンは大剣の平の部分でそれを受け止め、鍔迫り合いの様にして距離を縮めた。
「お、お前……」
『我ガ指輪ヲ持ツ者ヨ、聞ケ』
そう告げられ、俺は思わず左手を見る。
確かに、以前嵌めた指輪がそこにはあった。
一度斬り結んだ攻撃を弾き返すが、俺が再び斬撃を繰り出すと、身体を捻りながら大剣を俺の身体にぶつける様に打ち出す。
俺はそれを躱すと、待っていたかのようにバールゼフォンが俺目掛けてタックルした。
『アノ方ハ……エリザヴェート皇女カ?』
「だったらどうした」
『アノ方ヲ、コレ以上北ニ行カセルナ』
「何だと?」
俺が姿勢を崩し、地面に倒れ込むと、バールゼフォンもまた姿勢を崩して倒れ込む。
『魔神ガ蘇ル』
「魔神だと?」
『魂ガ身体ニ戻サレ、贄ニナル』
「身体に戻る? どういうことだ?」
『北ニ……皇国ニハ近ヅクナ』
俺が飛び上がり、体勢を整えると、バールゼフォンもまた勢いよく起き上がり、すぐさま大剣を振り抜く。
その攻撃をいなすと、再び斬り結ぶように顔を近づける。
「あ、あんた、正気に戻ったのか?」
『指輪ニ残ッタ我ノ魔力ト、姫ノ魔力ガ影響シタノダロウ』
あー……。
そう言えば、確かにエリーがこの指輪に何か込めてたな。
『頼ミガアル』
そう言い、バールゼフォンは大剣を振り上げた。
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