第58話 狂乱の教皇。いや、ただの変態ジジイです。
教皇ラーゼライトと呼ばれた老人は、声高らかに笑い声を上げる。
「ハッハッハ! よくできました、皇女殿下。改めまして、ご機嫌麗しゅうございます」
左右に不死者の軍勢を従えたラーゼライトを睨みつけ、エリーは尋ねる。
『彼らは
「左様。儂が蘇らせた芸術作品ですな」
エリーはラーゼライトの答えに不快感をあらわにする。
にしても趣味わるぅ……。
流石のポーラも若干引き気味だ。
『死者を冒涜するなんて……堕ちたようね』
「ハッハッハ! 何とでも言うがよい。皇国のために尽くしていたのに、狂信だなんやと言われ、挙句の果てにこやつらに殺されたのですぞ? 皇国滅亡の危機の際に、何もせず、手をこまねいてばかりの皇女には言われとうは無いですな。それに、むしろ儂に対して感謝して貰いたい位ですがねぇ」
「何に感謝するのよ」
しびれを切らしたのか、強気の発言をするポーラに視線を向けて、ラーゼライトはクツクツ笑う。
「儂のお陰でこいつらは蘇った。しかも、闇の力でより強力になってじゃ。今も昔も人殺ししか能のない愚かな人種族どもなど、儂が駆逐してやろうじゃないか。お前さんらエルフも、人種族の事は快く思っておらんのだろ? ならば、感謝されることはあっても、批判される謂れはないなぁ」
「いつの時代の話しをしている。今では人種族もエルフも共存する者同士。そんな考え、時代遅れも甚だしい」
「ほう……それはそれはよろしい事で。ですが、こやつらの敵ではないですがね」
そう言いながら、ラーゼライトは背後に控える不死者の軍勢に視線を向ける。
だがポーラは先ほどよりもさらに冷たく、そして鋭く言葉を発する。
「……永遠の平穏を得た者たちを辱めるなどと、そんな事をする奴に、感謝する者など居ないわ!」
「それは貴様等の勝手な価値観の押し付けではないのか?」
「罪も無く生きている人まで殺す理由にはならない」
「ククッ。良くもまぁ次から次から詭弁をのたまう輩じゃのぉ」
「そっちこそ」
ポーラとの会話を愉しむように続けていたラーゼライトだったが、不意にエリーに目を向ける。
「とはいえ、随分とまあ成長されましたなぁ」
『昔のままよ』
「ハッハッハ! 見た目は麗しき乙女なのに、辛辣な物言いですなぁ」
『あなたに拘束されていただけでもおぞましいのに、一体どこに好意を寄せる要素があると思うの? 妄想もたいがいにしなさい』
「好意なんぞ無いのだがねぇ。ま、儂の後継を作らなければならないから、その道具にしようとは考えたこともあったがね。クククッ」
うげぇ、気持ち悪っ。
「気持ち悪いわね」
「同意」
「ですなぁ」
ポーラの呟きに思わず同意すると、ガイロスも同意したのか大きく頷く。
「愚者には賢人の行いなど理解できまいて」
一笑に付すラーゼライトだったが、若干不愉快そうな声音が混じっている。
「だが、その様子ではまだまだ足りなさそうですねぇ」
『だから何の話しよ』
エリーが苛立たしげに吐き捨てると、ラーゼライトは声を掠らせながら笑い声を上げる。
「ハハハ! 既に何体か
『……それがどうしたと言うの?』
「ククク……まあ、もうすぐ満ちるでしょうから良しとしましょう」
『何の話しよ!』
「いやね、もうじき蝕が始まるのですよ。800年もの間、待ち続けていた蝕がね」
何を言ってるんだ、このジジイは。
「意味不明ね」
「だねぇ」
「ですなぁ」
再び呟いたポーラの率直な感想に同意すると、ガイロスもまた大きく頷く。
そんな俺たちの事など無視し、ラーゼライトは続ける。
「まあ、蝕が始まれば、儂の言っている意味を理解するでしょうから、今はまだ、その力を蓄えておればよい」
『別にあなたに指図される覚えは無いわ。それよりも、その蝕って何?』
「ククク……知らんでよいわ。どうせすぐ無に帰すだけ」
『なら、あなたを捕らえて吐かせるまでよ』
「出来るならやればいい。そんな脆弱な力では到底儂には敵わんぞ?」
余裕を見せるラーゼライトは、手にした長杖を地面に突き刺す。
「まだまだ贄としては未熟なようじゃ。後で用意してやるから、有難く取り込むがいい」
『その言い方。まるで
エリーが苛立たしげに吐き捨てると、ラーゼライトは肩を震わせ、高笑いをする。
「ククク。だったらどうする」
『あなたを始末する』
「ハ! できんと言っておろうが」
『後で吠えずらかいても知らないわよ?』
ひとしきり笑うと、長杖を地面から抜き取り、腹の辺りで杖を横にして持つ。
「随分と自信があるようですが、まあいいでしょう。少なくとも順調に育っているようですからのぉ」
『……気色悪い』
吐き捨てるエリーに、ラーゼライトは愉快そうに笑い、肩を震わせる。
物凄くムカツク。
「クククッ……まあ精々足掻きなされ。まだまだ足りぬようじゃから、後で儂から贈り物をしてやろうかね」
高らかに笑いながら、ラーゼライトが背を向ける。
だが、そんな様子を見ていたポーラが鋭く告げる。
「逃げる気?」
「……まさか。今日は見逃してあげようというのですよ? まあ、これも何かの縁ですから、儂の芸術作品と戯れてみますかね? 一応は手加減してあげますが、どれくらい持ちますかねぇ……クハハ!!!」
そう言い放つと、ラーゼライトが突如として腕を振り上げる。
その動作に反応するように、不死者の軍勢が一斉に身構えた。
「クククッ……では、ごきげんよう」
「はぁ……変態ジジイが……」
背を向けながらその場から一歩踏みだしたジジイに、俺は思わず苛立ちを投げかける。
すると、一瞬だけ肩をピクリと震わせ、おもむろに顔だけこちらに向けてきた。
「ほう、皇女殿下のお気に入りか。何か言ったかの?」
「聞こえなかったのか?」
「……ただの人種族風情が、至高な儂に向かって生意気言っている様に聞こえたのだがのぅ」
「そうなのか? 何が至高か知らんが、耳が耄碌したんじゃないのか? 別に生意気な事なんか言ってねぇよ変態ジジイ」
顔だけ振り返り、視線を俺の方に向けると、口元をにやけさせてそう尋ねてくる。
ま、言いたいことは言っておこうか。
「まあ、あれだ。死体を弄ぶことしか能がなく、生身の女に欲情しちゃう思考の存在なんだろ? 変態ジジイって言って何が悪い」
はぁ、気持ち悪い。
胸糞悪い。
やっぱり、ここは目の保養が必要だね。うん。
という事で、俺はエリーに視線を向ける。
『煩わしい視線を向けないで欲しいわ』
「何でよ。単に大丈夫かなと思って見ただけだけど?」
『それでもよ』
「そっか、恥ずかしいのか」
『どうしてそうなるのよ、バカ』
まあいつものやり取りをしていると、ラーゼライトが不愉快そうな表情を浮かべて俺を睨む。
「……随分と余裕だな。まあ良い。今回は皇女殿下が無事に成長しているのが分かっただけでも良しとするかのぉ。そのうち、嫌でもお前らからこちらに来るじゃろうて」
クツクツと気持ち悪く笑う変態ジジイ。
嫌悪感丸出しにして睨んでやると、奴はニヤリと笑って鋭く告げる。
「まあ良い、出直すとするかの。じゃが、そうだのぉ…………おい、適当に遊んでやれ」
そう言いながら、ラーゼライトは手にした杖を掲げると、無造作に振り下ろす。
氷を割ったかのようなキーンという音が響き渡ると、横一列に並んでいた軍勢が一斉に踵を返すと、何事も無かったかのようにその場から離れて行く。
だが、そんな彼らの間から、異様な姿の偉丈夫が現れる。
その者はくすんだ甲冑を纏っているが、何故か左腕が無い。
手にする大剣はとても分厚く頑丈そうであり、しかもその者の身長ほどある。それどころか、遠目でもわかるほど所々がどす黒い染みを纏わせていた。
異様な雰囲気を纏ったその偉丈夫は、軍勢がその場から去っていくにもかかわらず、エリーと対峙する様に静かに佇み、こちらをじっと見つめているようだ。
まあ、甲冑で顔は見えないけどね。
『……バールゼフォン』
エリーが声を震わせながら呟くのが聞こえた。
知っている相手の様だ。
「誰?」
『
「強い?」
俺がそう尋ねると、エリーは目を細めながら俺に向き、そして小さく頷く。
『ええ。少なくとも、
「そりゃ怖いね。彼だけが一人残っているという事は、そう言う事かな」
『遊んでやれ……ってこと?』
「ああ。あの変態が考えそうなことだね」
バールゼフォンと思しき者は、去っていく軍勢とは裏腹に、精霊正教国の軍勢を目の前にしてもなお動じる素振りは無い。
まあそうか。死んでるもんな。
とはいえ、残ったという事は俺たちを相手にするという事だろう。
なら、とりあえず考える事は一つだね。
「よし。じゃあ、ここは……」
『ここは?』
エリーに向かってニコリと笑って見せる。
「逃げる」
『……はい?』
「逃げる」
大切な事なので2度言いました。うん。
『逃げれるのかしら』
「逃げるのだよ。エリーくん」
『いや、でも……
「いいからいいから。さっさとずらかろう」
「無理そうよ、ダリル!」
俺が踵を返そうとした時、急に身構えたポーラが鋭く警告を発したかと思うと、いきなり腰に帯びたレイピアを抜き放って一気に躍り出た。
カイィィィン!!!
剣がいなされる音が鳴り響く。
「は?」
俺が振り返ると、ポーラがレイピアを斜めに構え、振り下ろされた大剣を見事なまでにいなし、流された大剣が地面を抉る異様な光景が目に映る。
いやいやいやいや。
あれだけの距離が離れていたのに、攻撃してきて、しかも一気に距離を縮めたのか!?
「気をしっかり持ちなさい! ……強敵だわ!」
「そのようで」
俺が呑気に応じると、身構えたガイロスが大楯をバールゼフォン目掛けてバッシュする。
だが、無造作に振り抜かれた大剣が盾を弾き、後ろに飛び退いて距離を取られる。
「……やりますね。これが生者なら怯むところですが」
「そのようで」
繰り返し俺がそう言うと、エリーが鋭く前を睨みつける。
『ダリルは下がって』
「何で?」
『手に負えないでしょ?』
「うん。そうだね」
『なら、ここは下がりなさい』
「そうか。わかった」
俺は頷き、そして……。
一気にバールゼフォンへと距離を縮め、手にした
「「え?」」
『え?』
3人が驚きの声を上げているが構わない。
俺だって一応……うん、一応銀等級冒険者だい!
とはいえ、急な攻撃だったにもかかわらず、バールゼフォンは大剣の平で俺の剣を受け止め、無造作に振り払った。
『ダリル、何をしてるのよ!』
「え? 戦ってるんだけど?」
『無茶するものじゃないわ!』
「無茶じゃないんだけどな……お前さんと組んでいる以上、こんな強敵といきなり対峙することなんて、日常茶飯事だったからなぁ」
そう言いながら体勢を立て直すと、同じように剣を手にしたまま平然と身構えるバールゼフォンを見据える。
「腕をもがれた騎士様か」
そう呟いてみたが、さっきからなんか引っかかるんだよなぁ……。まあいいか。
「まあいいか。物理攻撃が通じるなら、俺が相手になってやる」
エリーとポーラ、そしてガイロスを背にして、俺はそう告げた。
だが……。
『カッコつけても、さっきまで逃げるなんて言ってたから台無しよ?』
「旦那様を傷つけられるのは見てられないわ!」
「ハッハッハ!」
あ、あれ?
これって、きゃーすてきーって場面じゃないの?
なんでよ。
「酷い言われ様だ。ポーラはまだいいけど」
阿保みたいな雰囲気のまま、俺はバールゼフォンらしき騎士と対峙するのだった。
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