第57話 慟哭と嘲笑
『ふざけないで! ありえない……ありえないわ!!!』
エリーが大声を上げながら、瞬時に姿を消し去る。
驚いて周囲を見渡していると、気づけば不死者の軍勢の真正面にいた。
「お、おいエリー! 戻れ!!」
『何故よ………………何故あなた達が!!!』
驚いた俺がエリーを呼び戻そうと声を張り上げるが、全く聞く耳を持たずに両腕を大きく広げ、この場にいる者に聞こえるほどの声を上げる。
『何故……何故あなた達がここにいるのよ!? どういうことなの!? 答えなさい!!』
全く意味が解らない。
不死者の軍勢に向かって声を上げるエリーは、攻撃をするというより、何かに訴えかけている様に見えた。
『答えなさい!! …………答えよ!!!』
「……アアアアアア!!!!」
エリーの声に呼応するかのように、不死者の軍勢が声を上げる。
だが、それは全く言葉を為していない。
聞く者を不快にさせる、
呻き声の合唱を終えた全く異質の
「エリーちゃん! 戻りなさい!!」
「何をしている、こっちに来い!」
ポーラと俺がエリーに帰還を促すが、彼女は一向に応じる気配がない。
「ポーラ様、攻撃してもよろしいか?」
若干焦っている様な感情をないまぜた声で尋ねてきた隊長を一瞥すると、首を振りながら鋭く告げる。
「なりません! ですがいつでも攻撃できるように準備なさい!」
「はっ」
軽く一礼してその場を退く隊長から、不死者の軍勢の前で両腕を広げたまま浮かび続けるエリーに視線を戻す。
意味が解らないが、何が彼女をあのような行動に導かせたのだろうか。
「エリー! 一体何なんだ!!」
『黙って!』
チラリとこちらを見て、すぐさま視線を戻しながら拒絶したエリー。
ちとムカツクな。
「状況も理由も言わずに黙れはないだろう!」
『五月蠅い下僕!』
「う……ウルサイぃ???」
かちーん。
「ちょ、ちょっと!」
ポーラがすぐ近くで驚きの声を上げるが知った事ではない。
俺は頭に来た勢いでエリーの元へと走る。
彼女の傍にたどり着く直前、何故かエリーが俺の方へと振り返り、急にその場に崩れる様にして膝をつく。
何が何だかさっぱりだ。
とはいえ、言いたいことは言っておこう。うん。
「おいおい、うるさいとは何だ。それに下僕とか言ってお前さん酷いぞ。それよか、何があったのか説明しろよ」
『……私も知りたいわ』
さっきまでの威勢の良さはどこ吹く風。余りにも弱々しい返答に、調子を狂わされて思わず慌てる。
「ど、どうした、急に」
『ダリル……私、どうしたらいいの?』
泣き声に近い言い方に、思わずたじろぐ。
「オオオオオオオオオオオ!!!!」
不死者の軍勢は、緩慢ながらも着実にこちらへと接近してくる。
そんな切羽詰まった状況の中、俺は崩れ落ちるエリーの傍へと駆け寄り、彼女の顔を覗き込んだ。
力なく顔を上げたエリー。
その顔見て、俺は息を飲む。
泣いていた。
とは言っても、涙は流していないが。
「……どうした。何があった?」
迫る脅威を前に、努めて柔らかい口調で尋ねると、エリーは泣き顔の表情のまま、俺に縋るようにか細い声を絞り出す。
『……………………団旗』
「ん? 何て?」
一呼吸置いた後で、今度ははっきりと告げた。
『……皇国の……
「……………………はい?」
と、とりあえず整理しよう。
つまり何だ。エリーの言うとおりなら、目の前の敵は、彼女の故郷の住人の成れの果てという事なのか?
まてまてまて。
皇国は800年以上前に滅んでいるよな?
突然生じたおぞましい闇によって、死滅したんだよな?
じゃあ、彼らは一体どうしてここに?
あ……。
なるほど。
エリーもこんな思考になっていたのか。
「な、なるほど。じゃあ、とりあえず戻ろっか」
目の前の脅威を前に、俺の声は自分でもびっくりする程のほほんとしていた。
さっきまで泣き顔だったエリーの表情が急にポカンとする。
すると、気持ちを切り替えたのか、憔悴しきった様な表情ではあったが、静かに頷き、ゆらゆらと身を立てた。
『……もういいわダリル』
「もういいのか? なら、とりあえず逃げるぞ」
『仕方ないわね』
「攻撃できないのに仕方がないもクソもあるか」
『ふふっ……下僕のくせに生意気よ』
「言ってろ」
憎まれ口を叩くエリーをよそに、回れ右をしてすぐさまその場から逃げ去ると、俺の背後にピタリと縋りつくようにエリーが着いてくる。
俺たちの逃走にあわせる様に、急に不死者の軍勢の速度が上がる。
さっきまで
「こっちよ! 急いで!!」
ポーラが精霊正教国の兵士たちの間から手を振る姿が見える。
息が上がりそうになりながらも何とか帰参し、盾を構える精霊正教国の兵士たちの背後へと逃げ延びた。
「今よ!」
「はっ! 魔法部隊攻撃開始!」
隊長の声にあわせて、複数の風の刃が不死者の軍勢目掛けて牙をむく。
そんな様子を一瞥し、すぐさまポーラに視線を向けると、当の彼女はエリーに向かって鋭い声で叱責していた。
「いきなりどうしたのエリーちゃん! 急にいなくなったかと思ったら、あんな単独行動をして!」
『ごめん』
「え?」
いつものエリーと異なり、素直に謝辞されてポーラの口はパクパクと開閉する。
「……どうしたの? 大丈夫?」
『大丈夫』
「何か変な物でも食べた?」
霊体なのに食べる訳が無いだろ……なんてツッコミはしないでおく。
『なんでよ……それとも本気でボケた?』
相変わらずポーラには厳しい言い方するなぁ。
あ、俺にもか。
とはいえ、結構急いで戻ってきたから、若干息が上がってしまったな。
決して歳ではないぞ。うん。
「で、何があったの? 困った事でもあったの?」
『……困ってはないわ』
「じゃあどうしたのよ」
真剣な表情をするポーラに、エリーは若干困った表情をしながら目を伏せた。
『故郷の住人』
「え?」
『彼らは恐らく、皇国の住人の成れの果て。かつては、
沈痛な面持ちでそう告げるエリーの言葉を受け、ポーラは視線を迫ってくる不死者の軍勢に目を向ける。
「なるほど。そう言う事ね」
すると、ポーラは沈む表情のエリーの顔を覗き込む。
「エリーちゃん」
『なに?』
「戦えるの?」
ポーラの素朴な疑問に、エリーは沈黙で応じる。
「……なら、貴女はここにいなさい」
『え?』
「私がケジメをつけてあげる。ダリル、一緒に来て」
真剣な表情のまま俺に視線を向け、すぐさま盾を身構える最前列の方へと歩みを進める。
そんな急な状況に驚き、思わず声をかける。
「ちょ……ちょっと待て。ああ、もう、今行くから、待て」
慌てて追いかけると、俺の背後から少し上ずった声がかかる。
『ま、待ちなさい!』
俺と共に前へと進みだしたポーラに、エリーが慌てる様に声をかける。
「なに?」
『やるわ』
「……そう。わかったわ」
エリーの言葉を聞き、ふっと笑みを浮かべるポーラ。
うん。仲がいいのは良い事だ。
『そもそも、あなた達だけなんかじゃ危なっかしくて気が揉めるわ。ポーラはここで待ってなさい。私がダリルと行く』
「そこは譲らない」
『ウルサイ色ボケ』
「強がってもダメよエリーちゃん」
『ふん。相変わらずムカツクわね』
そう言いながらも、前へと出るエリー。
俺とポーラ、そしてガイロスは後に従うようにして着いて行く。
「そう……
俺の隣でポーラがそう呟く。
言われてみれば確かにそうだな。
そんな俺の感心をよそに、ぽつりと呟く。
「物凄く、嫌な予感がするわ」
俺たちが兵士たちの間をぬって前面に立つと、こちらへと迫っていた不死者の軍勢が不意にその足を止めた。
そんな彼らの正面に立ちはだかるようにして静かに佇むエリー。
目を閉じる、漆黒のオーラをゆらりと現し始め、長い漆黒の長髪がゆらゆらと宙を舞う。
すっと、彼らに向けて手を翳す。
『
次第に彼女を包み込むように大きくなっていく漆黒のオーラ。
『今の私ではあなた達に安らぎを与える事は出来ない。でもせめて、あなた達が尽くしてくれた故国への想いだけは、私が全て受け止める』
正面で整然と並ぶ不死者の軍勢を前に、エリーが告げた。
『
エリーを包むように広がった巨大な闇のオーラが、紡がれた言葉と共に地面へと突き刺さり、地面に伸びた影が無数の茨となって正面の軍勢へと迸る。
先ほど見せた闇の茨による拘束術とは訳が違う、非常に範囲が広く、数百もの軍勢全てを飲み込む勢いで襲い掛かる。
だが……。
「甘い……甘いですねぇ……」
若干しわがれた男の声が聞こえたかと思うと、パキンという氷を割った様な音と共に、地面を走っていた無数の闇の茨が瞬時にかき消される。
『な……!』
自身の最大拘束術を無効化され、エリーが驚いた表情を浮かべる。
すると、不死者の軍勢を押しやるようにして、一人の人物がゆらりと現れる。
至る所を煤で擦り付けたようなローブは、元は白色だったことを彷彿とさせる。
ゆっくりと歩きながら、緩慢な動作で伸ばした腕。ローブの裾から外気に触れる箇所は、見るからに干からびている様にやせ細っている。
そんな男がエリーと対峙する様にして、不死者の軍勢の前に立った。
「相変わらず甘いですねぇ。あなた方皇族は皆、その甘さ故にいつも後手に回るという事を、800年以上経った今でも理解出来ないとは、愚かですねぇ」
『私を愚弄するか』
現れたローブ姿の人物と対峙したエリーが呆然と立ち尽くすと、ガイロスが何かを察してか俺とポーラの前に立つ。
すると目の前のローブ姿の人物がゆっくりとフードに手を掛け、静かに取り去った。
髪の毛は抜け落ち、やせ細っていたが、明らかに瞳には光が宿る。
皺だらけの顔。それでも、口角は吊り上がり、嫌らしい笑みを浮かべていた。
ほとんど干からびたような状況の身体ではあったが、何故かそいつは生きている。見た目だけで言えば、まさに老人そのものだ。
「お久しぶりですなお嬢ちゃん…………いや、エリザヴェート・セーレ・トレスディア皇女殿下」
恭しくその場で頭を下げる老人を目の前にして、何故かエリーは若干後ずさる。
「おや? いかがされたのです?」
老人は更に笑みを深めてエリーを見据えるが、当の彼女はイヤイヤする様に何度も首を振る。
『そ、そんな馬鹿な……あなたは……あなたは
「ええ、ええ。確かに殺されましたよ? ですがこうしてここにいる。違いますかな?」
くぐもった笑い声を上げる老人。
相対する二人を見守っていたが、若干気圧されているエリーをフォローしようと尋ねる。
「お、おいエリー。あいつは何者なんだ?」
するとエリーは俺の方に顔を向け、そして静かに首を振った。
『ありえない……ありえない……』
「ハハッ! これは現実。さあ、教えてあげなさい、皇女殿下」
意味が解らないといった様子で首を振るエリー。
そんな彼女を見てか、老人は更に顔を歪め、下卑た笑みをエリーに向ける。
……何だか少しムカついてきた。
「あんな得体の知れない奴に、ああも言われたくないな。で、誰なんだ?」
少しばかりムッとしながら尋ねると、観念した様に小さく応じた。
『……よ』
「ん? 何て?」
顔を上げ、老人の方に真剣な眼差しを向けながら再び告げた。
『トレスディア皇国、ファレン教会教皇ラーゼライト……いいえ、彼に憑依した大賢者ルードよ』
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