第21話 少年の頃はあんなに恥ずかしがっていたのにっ
ガタンという音と共に馬車に振動が響くと、それに合わせるように御者のアルクから声がかかる。
「まもなくトルレの街に着きます」
街につくという案内に、俺は腕組を解いてポーラに目を向ける。
「そっか…………じゃ、今日はここまでにしようか」
俺がふぅと肩をすくめながらため息をつくと、目を丸くしたポーラがきょとんとした表情を俺に向けてくる。
「……え?」
「え?」
目をぱちぱちと瞬かせたポーラが、急に顔を俺に向かってずいと寄せてくる。
「『ぱんぱかぱーん!』で終わりなんですか!?」
「え? だって、もうすぐ街に着いちゃいそうだよ?」
「それはそうですけど……」
ポーラは少し残念そうな表情を浮かべると、元居た場所に座り直し、いつの間に出したのか手にしたクッキーを一口齧り、小さな口をもぐもぐと動かす。
俺はクッキーになりたい……。
「……まあ、続きはまた明日にしよう。それよりも、そのクッキー美味しそうだね」
「美味しいですよ? 食べますか?」
「うん。欲しいかな」
「わかりました。では、あーん」
おおっ! これってかの有名な、恋人になったらやってもらいたい不動の第1位「あーん」じゃないですか!
ふ、不肖ダリル、いきまーす!
「あ、あーん」
『はい、しゅーりょー』
エリーがひょいとクッキーを魔力操作で取り上げると、阿保みたいに目を閉じて口を開く俺の口内にぽいっと放り込む。
こんな貴重な経験なんて滅多にないからと、薄目を開けて堪能しようとしてたんだけど……こらエリー! 俺は見てたぞ!
お、俺の初めての「あーん」を奪いおってからに……。
とはいえ食べるけどさ……くぅっ……。
「……美味しいけど、味気ない」
『愛情たっぷりよ?』
「お前さんは愛情を放り投げちゃうのね。それはそれで悲しいからな?」
「ウフフ。仲が良いわね」
ポーラが微笑みながら俺たちを見守る。
いや、その視線、明らかに子供を優しく見守る親のような目をじゃないか。
とはいえ、俺は不細工と言われた男。でも、こんな美人に結婚しようとまで言われたのだ。それにあのおっぱいは捨てがたい……うーん。
気がつけば、目の前で俺の方に身を乗りだしてくるポーラの豊かな双丘に目が向かう……。
『やっぱりおっぱいが好きなのね? 見るならこっちを見なさい。ほら、私の方が大きいわよ?』
というよりもさ、なんで俺の考えている事が分かるんだよっ!
それに胸を突き出すんじゃない。
「……触れないじゃん」
『雰囲気だけでも楽しんでください』
「虚しいだけじゃん」
素っ気ない回答をする俺に目を細め、手を額に当ててよろめくエリー。
『ああっ……あの頃のダリルは純真で、私がこんな風に言い寄ったら顔を真っ赤にしてとーっても恥ずかしがっていたというのに……いつの間にか大人のえろえろ路線に突入しているだなんて……ヨヨヨ』
なんだよ、そんな路線知らないぞ。
……いや、知っているけどさ。俺はそんな路線を突き進んではいないぞ。
「ところでダリル。あなたの出身って、あのリッシナだったの?」
ポーラが真剣な表情で尋ねてくる。
まあ確かに驚くよな……。
今では『リッシナの街』と言えば、大抵の人は怖い話の一部として知っている事だろう。とはいえ、そんな話は俺も旅をして知ったことだけどね。
「そうだよ」
「そうだったのね……」
「驚いた?」
「それはもう。ですけど、今はこうして一緒に居られるから嬉しく思いますけど」
「え? そう言ってくれると嬉しいな」
やばい、恋しちゃいそう。
『実らないわよ?』
エリーさんや。あなたうるさい。
「でも、エリーちゃんと出会った話はまだ出ていないけど、そのリティさんが何か関係があるから話に出したのよね?」
「そうなんだ。まぁリティこそエリーと出会うきっかけをくれた人だったからねぇ」
そんな質問に、俺は苦笑いを浮かべて答える。
「そうなのね。でも『バークレオス神殿』に『リティ』かぁ……」
「ん? どしたの?」
「うーん……なんだか聞いたことがあるようなないような……ま、そのうち思い出すでしょう」
「はぁー。やっぱりエルフって博識なんだねぇ」
「そんなことないですよ?」
言葉とは裏腹に、純粋に少し嬉しいみたいで、長い耳が小さくぴくぴく動いている。うん。可愛い。
そんな様子を見ながら、俺は両手を後頭部に預けて背もたれによりかかる。
「まあ、エリーと出会ったことは明日にでも話すよ」
「ええ。明日また聞かせてね?」
微笑みながら俺を見つめてくるポーラの目は、気のせいかキラキラと輝いているが、今日はもう話す気力がない。
それに、外を見ればうっすらと陽が暮れかかっている様に見えるしね。
すると、御者台で手綱を握るアルクから声が掛かる。
「いつもの宿でよろしいですか?」
「ええ、いつもの場所でお願いね」
「わかりました!」
応じたポーラに嬉しそうに応じるアルク。
俺は、視線を外へと向ける。
すぐ隣でエリーが物憂げに外の景色を眺めているが、不思議と何も言ってこない。
「何か考え事かい?」
声を掛けられ、ふと俺の方に視線を向けるエリーは、小さく首を横に振った。
『何でもないわ』
「そうなのか? 傍で見てるとなんか感傷的だよ?」
『……昔を思い出していただけよ』
そう言って、再び外の景色へと視線を戻すエリー。
何だか、寂しそうな表情を浮かべている。
うーん。調子が狂うなぁ……。
「そうか……じゃあ、宿に着いたら少し散策でもするかい? どんな店があるのかも見てみたいし」
『あら……今日は優しいのね』
不意に俺の方に視線を向けると、目元だけを僅かに緩めているのが分かる。
ふっ……こういう時に言うべき言葉ぐらい、俺だってちゃんと理解しているさ。
「何を言ってる、俺が優しいのはいつもの事じゃ「私もご一緒しますわっ!」ないか……」
ポーラが俺の言葉に見事に被せてくる。
エリーがしばらくキョトンとした表情を浮かべていたが、次第にその目がゆっくりと細められていく。
『……フフ……フフフ…………ポーラ、あなた、やっていい事と悪いことぐらい、当然理解出来るわよね?』
エリーがポーラをじろりと睨む。
だが、当のポーラは素知らぬ素振りで首を傾げる。
「ええ。もちろんですよ?」
『……今のは、絶対に邪魔したわよね?』
「あら? あなたが『邪魔をする』という感覚をお持ちだったなんて、初めて知りましたわ?」
微笑みながら返すポーラに、エリーは身体ごと振り返る。
『……ヤル気? 金髪色ボケエルフ』
「……あらぁ? 私の実力はご存じのはずよ? 私はただ仲良くしたいのに、これではいけませんねぇ」
『フフフ……宿では覚えてなさい』
「あら。変にわたしに嫉妬なさっても、醜いだけですわよ?」
いつしかエリーとポーラが睨みあう様に視線をぶつけ合う。
あのさ……喧嘩するのは仲がいいとは確かに言うけど、ちょっと落ち着こうよ。
「あのさ、まずは落ち着こう。で、トルレの街に着いたらみんなで街を散策しような? なっ?」
俺はとりあえずこの場を取り繕うことにする。
美人が俺を巡って争う光景はなかなか嬉しいものも有るにはあるが……。そもそもだ、片や実体のない悪霊で、片や不細工好きのエルフですよ?
ああもう、誰か助けて欲しい……。
「み、皆さん。もう間もなく入り口の門へと着きます。中を確認されるので、準備してくださいね」
アルクの一言で、エリーもポーラも互いに視線をぶつけ合うのを止め、エリーは静かに消え去り、ポーラは俺とは反対の席に座って大人しくする。
最初から、こうしてくれていればいいのに……。
俺は素直にそう思うのだった。
結論から言えば、トルレの街にはすんなり入ることが出来た。
理由は簡単。荷台からポーラが顔を出したから。
あの時応対してくれた衛兵さん、面白かったなぁ……。
顔を真っ赤にして、物凄く恥ずかしがって……。
わかるよ、うん。美人だもんね。
でもね、注意事項があるんだよね。なぜなら、彼女は顔に似合わず不細工好………。
「着きましたよ、ダリル…………何か失礼な事を考えてません?」
荷台の縁に腕を乗せて頬杖をついてぼんやりしていると、美しきエルフの司祭長様からお声が掛かる。
ギルドマスター並みの勘の良さに脱帽ですよ、ホント。
だが、顔には出さんぞ!
「ま、まさか。ただ、着いたんだなーって思っていただけだよ?」
「そうですか? ならいいですけど」
そう言いつつ立ち上がり、俺は荷台を降りる。
腰を軽く数度叩き、顔を上げて周囲を見渡すと、そこには質素だが夕日が映える街並みが続く、とても美しい光景が目に留まる。
ふと横を見ると、大きな2階建ての建物が立ち、開かれた扉からは何かの肉を香辛料で焼き上げている香ばしい匂いが漂ってくる。
昼は立ち寄った村の小さな酒場で食べた、パンとサラダとベーコンだけだった。それを思い出すと急激に食欲をそそられ、次第にお腹が減っていくのを実感する。
「いやぁ……これはたまらないな。空腹には強敵だよ」
「そうですね。私も食べたくなってきました」
俺の呟きにポーラが同意する。
すると、エリーが静かに俺の耳元で囁いてくる。
『……同衾ダメ、ゼッタイ』
「……へいへい」
そもそも、空腹の方が勝っていたから、一緒の部屋に泊まるとかどうとか考えてなかったよ。
「さあ、まずは部屋を確保するために入りましょう。アルク、食事は一緒に食べますから、準備が出来たら宿の1階フロアで待っててくださいね」
「はい。では、お荷物は如何しますか?」
「必要な物は全て部屋に運んでください。ダリルは特に荷物が無いようなので、私の分だけで結構ですわ」
「承知しました、ポーラ様」
そう言って笑顔で馬を引き、宿のすぐ側にある厩舎へと向かうアルク。
そんな彼の後姿をぼんやりと眺めながら、俺はゆっくり宿へと入る。
トルレの街は、ノルドラント王国の南西に位置する小さな街であり、街を出て真っ直ぐ南に向かうと、目的地であるフランティア聖王国に入ることが出来る。
昔から、この街は聖王国にあるルストファレン教会の総本山を目指す巡礼者にとっての宿泊拠点として機能しており、この街にある宿はどこも比較的大きい。
宿に入ると、ポーラは迷わず受付に向かい、自身の王国教区司祭長の権限を活用して話を進めているようだ。
窓口で応対するのは壮年の男性だったが、見目麗しい司祭長とのやり取りはかなり緊張するらしく、額にハンカチをあてつつ説明されるがまま応じているようだった。
傍に近づくと、俺の気配を察したポーラが振り向いて笑顔を見せる。
「ダリル。お部屋を確保しました」
「そうですか。ありがとうございます」
そういうと、ポーラは笑顔で頷く。
「では、お部屋へご案内しますね」
笑顔で俺の手を取り、足取り軽く部屋へと向かう。
階段を上がって2階へ。
そのまま廊下を進んで一番奥の部屋へとたどり着く。
「ここですわ」
鍵を開け、中へ入るポーラ。
俺は訳が分からずその場で立ち尽くした。
「? どうされましたか?」
「……俺の部屋は?」
「え? ここですよ?」
キョトンとした表情を浮かべるポーラ。
というよりもさ、鍵を開けて入ったよね、今。
あれ?
「ポーラは?」
「え? ここですわよ?」
『……コラ』
案の定、俺のすぐ傍にエリーが現れる。
『どういうつもりよ、色ボケエルフ』
「どういうつもりも何も……王都を出る前に言いましたよね? 聖王国へ向かうまでは一緒の部屋だって」
言ってた。確かに言ってた。
「ささ、入りましょう!」
俺を強引に部屋へと連れ込むポーラ。
『ま、待ちなさい!』
「え? なんです?」
若干慌ててエリーがポーラの前に立ちふさがる。
『ふ、二人で一緒の部屋なんて、絶対ダメ!!』
「おかしなことを言いますね?」
『どこもおかしくないでしょ!!』
「あら? エリーも一緒ではないのですか?」
エリーと俺の口があんぐりと開く。
「あら、ごめんなさいね? いつもお二人は一緒の部屋で寝泊まりしていると思ってましたから、そこに私も加わろうと思っていただけなんですけど……違いましたか?」
目を丸くしてポーラが告げる。
そうだよね……考えてみたら、エリーと俺っていっつも部屋が一緒だった。
指摘されるまで気がつかなかったよ……。
『……やられた』
そう小さく呟くエリーに、ポーラはにっこり微笑んだ。
「さあ、じゃあ問題ないようですから、入りましょっ」
そうして、俺は何だかモヤモヤしたまま部屋へと入った。
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