脱げ。(仮題)

苧麻

脱げ。

 ここへは九十八回もかよってきている。今日は九十九回目。


 その表情はまるでカメラのレンズを見つめるよう。私にではなく、今は見えない全ての客に向けて、彼女は夢を囁く。

「あなたが私を見ていると思うと、いつもより私、み‥‥」言いよどんだ束の間だけ、その目は現実を写した。「いつもよりきれいに踊れる気がするの。」

 そう。君は〝みだら〟なんて言葉を口にしちゃいけない。お上品振らなくてもいいが、下品なのはいただけない。

 私は微笑んで、「うん、そうだね。」と言った。

 彼女の首が手前にかしぎ、上目づかいになった。人形めいたぎこちなさ。

「ねえ、私、もっときれいになれる?」

 いや、それは違う。おもねるのではなく、淡々と望みを伝えるほうがいい。


 ここは楽屋裏。STAFF ONLYの扉から一歩入ったところ。舞台がはねて客席を立ったところ、いつの間にか側に控えていた男性スタッフに手振りで促され、はじめて彼女と間近に対面した。


 答えない私にふと不安を感じたらしく、彼女の組みあわされた手指がもじもじと動く。先ほどの台詞が訂正(私の偏見として)される。

「‥‥また来てくれる?」

「来るよ、もちろん。」

 笑みを深めてみせると、彼女は私を凝視して嘘のかけらがないか探った。そして、ふっと彼女の表情が変化した。

 彼女の頬が緩んだ。――言葉にすれば、ただそれだけのこと。けれども、それは彼女の内面がプロの踊り子ダンサーから一人の若い女性へと切り替わったことを意味するものであり、劇場内でこのほんの数分の間に起こるとは私も予想せず、彼女自身も意図していなかったのは明らかだった。

 彼女は戸惑いながらも花と綻んだ。若い女性が同性の友人に見せる共感と確信を込めた笑みだった。

 その変化は、彼女の舞台以上に私の心を震わせた。私は激しく揺さぶられ、すべての雑念が払い落とされ、私は悟りを得たかのようになった。

 女性を愛する気持ちはないのに女性の肉体に惹かれる、そんな自分に対する悩みが、罪悪感が、苛立ちが、重圧が、すっとほどけた。


 私は〝女性の肉体美を賛美する女性〟。

 他に烙印レッテルは要らない。


 言葉を交わさないまま、彼女は私を深く理解した。私も偏向なく彼女を理解したいと強く願った。

 見つめあい手を繋ぎあって佇みつづける私たちに男性スタッフがためらいがちに声をかけ、私は後ろ髪を引かれつつもストリップ劇場を後にした。


 九十九回もかよった道。今日で百回‥‥

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脱げ。(仮題) 苧麻 @mawo

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